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10. お~に~ぎ~り~波ぁぁ~! の方が良かったですかね





「霧之助様のために夜なべしてマフラーを編みました。どうぞ受け取って下さい」

「もうすぐ夏だし昨日出会ったばかりで手編みは受け取れないよ冥子さん」

 朝、教室に行くと、昨日転校してきたばかりの閻道冥子が霧之助に手編みのマフラーをプレゼントしていた。

 しかも冥子は霧之助の断わりをものともせず、十メートルはありそうな長いマフラーを霧之助の首にぐるぐる巻きつけている。

(……本当に熱烈なアプローチだなあ)

 そう思いながらのり子はなるべく気配を消しつつ自分の席に着いた。霧之助に近づいたら閻魔大王にうんぬんかんぬんと昨日言われたので、できれば関わりたくないのだ。

「うわあ、可愛いぬいぐるみ」

 のり子の机の上に、ふわふわとした可愛らしい犬のぬいぐるみが一つ置いてあった。

 しかし見覚えは全くない。誰かが置き忘れていったのだろうか。

「ねえ五治郎君、このぬいぐるみ誰の物か知ってる?」

 たまたま近くにいた五治郎に聞いてみる。

 しかし五治郎は何も言わずにサッとどこかへ行ってしまった。

(……どうしたんだろう五治郎君。なんか変な感じだったな)

 その後も、目が合った何人かに「おはよう」「このぬいぐるみ知ってる?」などと声をかけてみたが、なぜかみんなすぐに目を逸らしてしまう。

 のり子は妙な違和感を覚えたが、とにかくこのぬいぐるみを「落とし物として職員室に届けよう」と思い、ひとまず席に着こうとしたら、

「――危ないのり子おぉぉッ!!」

 突然、教育実習生(のふりをしている)神多が飛び込んできてのり子の机に強烈な勢いで激突した。

「危ないぞのり子大丈夫だったかっ?!」

「いや神多君の方が危ないよなんで飛び込んできたの? 額割れちゃってるけど大丈夫?」

「ここは魔界なんだぞ気を抜くな!」

「え?」

「魔物だらけの世界なんだ。気軽に椅子に座ってはいけない。爆弾が仕掛けられてるかも知れないからな!」

「椅子に爆弾仕掛ける魔物なんてあまり聞いたことないんだけど」

「やれやれ、のり子は警戒心がなさすぎる。危なっかしくて放っておけないなあ」

「額の流血がひどすぎて神多君の方が放っておけないよ。ちょっと誰か~救急車を呼んで下さ~い」

 ほどなくして保健委員がやって来て、神多をタンカに乗せて運んで行った。彼は一体何のために出て来たのか。神多のせいで時間がなくなってしまったので、ぬいぐるみを届けるのは後回しにして一時間目の支度をすることにした。



「今日はそれぞれの種族に伝わる、しきたりの移り変わりについて勉強したいと思います」

 一時間目は歴史の授業。

 担当の猫塚又子ねこづかまたこ先生が、黒板に大きな年表を張り出した。

「ではまず最初に、みんなのおうちでのしきたりを班で話し合ってもらいます」

 しきたりとは何ぞや?

 のり子は思わず首を傾げた。

「昔からずっと続いているしきたり、今はなくなってしまったしきたり、それぞれの家庭にあると思います。ちなみに先生の家は昔、夜中の二時に行燈の油を舐めるしきたりがありましたが今はやりません」

 そもそも行燈が今はもうないからねえ、と先生が笑うとみんなも笑った。

「さあみんな、班同士で机をくっつけて話し合って下さい」

 クラス全員が机をガタガタと動かし始めたが、のり子は動けずにいた。

(――どうしよう、しきたりなんて何にも知らない……)

 のり子は魔女としてこの学校に転入してきたが、本当はただの人間だ。魔女のしきたりや習慣なんて何一つ知らない。

 なんとか上手くごまかさなくては……と冷や汗をダラダラ流しながら机を動かそうとしたが、

「……あれ?」

 周りを見渡せば、どこもかしこもきれいに班ができ上がっていて、のり子の入る隙が無い。

 おかしい。授業で班になる時はいつも、隣や後ろの生徒と机を並べるのだが、みんな一体どこに行ってしまったんだ。そう言えば今日はカケルと咲子が欠席している。そのせいで班の作り方が通常とは変わってしまったのだろうか?

「御握さん、こっちの班に……」

 のり子がおろおろとしていたら、見かねた霧之助が自分の班に入るよう誘いかけたが、

「先生!」

 突然、閻道冥子が手を挙げて立ち上がった。

「御握のり子さんは転校してきたばかりで授業の流れがよく分からないから、今日は話し合いに参加せず見学したいみたいです」

 いやお前の方が後から転校してきただろう、とは誰もツッコまなかった。

 猫塚先生は「じゃあ御握さんはみんなの話し合いを見学しててね」と軽く受け流し、授業を続けた。

 御握さんてばヒトリボッチでかわいそうね~と笑う冥子の声が聞こえたが、のり子は内心「助かった……!」と胸を撫で下ろしていた。魔女のしきたりについてあれこれ作り話をしなくて済んだのだ。のり子はみんなの話し合いを安堵の表情でまったりと見学した。



「今日の体育は、一番簡単な念力をトレーニングします」

 二時間目は体育の授業。

 グラウンドに集まると、先生がボールを見せて「今日はこれを使います」と言った。

「火を吐くとか空を飛ぶとか、メインの能力は皆さん普段から使い慣れてると思いますが、基礎中の基礎、物を動かす念力を忘れちゃってる人が多いと思うんです」

 なんだろう。

 なんだか嫌な予感しかしない。

 のり子が再び冷や汗をかき始めた。

「二人ペアになって、一人が投げたボールをもう一人が念力で弾き飛ばす、という練習をします」

 そんなん絶対無理なんですけど!

 のり子は心の中で悲鳴を上げた。

「では、二人ずつペアになって下さい」

 先生の指示に従ってみんながペアを組んでいく中、のり子はまたもや動けずにいた。

 魔女の子孫としてこの学園に通っている以上、魔女のふりをしなくてはいけない。だが念力でボールを弾き飛ばすなんて、普通の人間であるのり子には不可能に決まっている。

「あらどうしたの御握さん、ペアになる相手がいないの?」

 はっ、と気がつくと、周りはみんな二人ずつのペアになっていて、のり子だけが取り残されていた。

「先生!」

 突然、閻道冥子が手を挙げて声高らかに宣言した。

「御握さんは体調が悪いから、今日の体育は見学したいそうです」

 助かったあああああああ!! と、のり子は心の中で盛大にガッツポーズをした。

「そうなの? じゃあ御握さんは座って見学しててね」

「はいっ! 力いっぱい見学しまあす!」

 のり子は張り切ってビシッと敬礼した。

 御握さんてばまたヒトリボッチでかわいそうね~と笑う冥子の声が聞こえたが、のり子はこれ以上ないくらいの美しい体育座りで体育をめいっぱい見学した。



「今日のお昼はみんなに嬉しいご褒美があるわよ!」

 お昼休みに入る直前、長子先生が嬉しそうに教室にやってきた。

「学園長がみんなの魔力アップのためにと、ムカデとヤモリの串焼きを全校生徒にプレゼントしてくれました!」

「マジでえー!!」と歓喜の声を上げる生徒たちの中で、のり子は全く別の意味での「マジでえー!!」を叫んでいた。

「あら? おかしいわね、のり子ちゃんの分はどこに行ったのかしら?」

 串焼きの入った紙袋が生徒全員の机の上に配られたが、のり子の机には何もなかった。心配した長子先生が探そうとしたが、

「先生!」

 突然、閻道冥子が手を挙げて立ち上がった。

「御握さんはお腹が痛いので、串焼きはいらないそうです!」

 ありがとう冥子さん! のり子は心の中で冥子にお礼を言った。

 御握さんてばヤモリの串焼き食べられないなんてかわいそうね~と笑う冥子の声が聞こえたが、のり子は涙を流しながら冥子に感謝した。



「ちょっとあんた、どういうつもりなのよ!」

 放課後、校舎裏に呼び出されたのり子は鬼のような形相の冥子に怒鳴りつけられた。

「さんざんみじめな目に遭わせてやってんのに、なに平気そうな顔してんのよ!」

「いやみじめどころか今日は冥子さんに助けられっぱなしでした! ありがとうございました!」

「え、そうなの?」

「はい! さすが閻魔大王の娘さんですね~、やっぱカリスマ性がありますよね!」

「そ、そお?」

「冥子さんの一声で教室の雰囲気が変わりますもんね! マジリスペクトッスよ!」

「ま、まあね」

 褒められて冥子もまんざらではなさそうな顔である。

「じゃあ私はこれで。冥子さんまた明日~」

「ちょっと待ちなさいよ!」

 帰ろうとしたら、思い切り首根っこを引っ張られた。

「痛いじゃないですか。何するんですか冥子さん」

「なに勝手に帰ろうとしてんの! まだ用件は済んでないのよ!」

「そうなんですか? 用件って何ですか?」

「え? えーと……」

 冥子が空を見上げて考え込む。

 用件が何だったかよく分からなくなってしまったようだ。

「……と、とにかくあんたが気に入らないのよ! ふざけないでよ!」

「どうしたんですか冥子さん。突然何をそんなに怒ってるんですか」

「うるさい! 何が何でもあんたにぎゃふんと言わせないと気が済まないの!」

 ぎゃふんでいいなら何度でも言いますが、と言おうと思ったがますます怒らせてしまいそうなのでやめておいた。

「――あれ、こんなとこで何してるの二人とも」

 突然、霧之助がひょっこりと姿を現した。

 バレーボールを手に持っているので、おそらく転がったボールを追って校舎裏まで来てしまったのだろう。

「助けて霧之助様っ!」

 おもむろに冥子が霧之助に抱きついた。

「御握さんが冥子のこと気に入らないって言って……こんな人気のないところに呼び出して冥子を殴ったり蹴ったりしてきたの!!」

 これは相当メンドクサイことになった。

 霧之助に抱きついたまま、したり顔でほくそ笑む冥子。霧之助はわけが分からないと言った顔でフリーズしている。

「……御握さんが、冥子さんを殴ったの?」

 首を傾げながら霧之助が訊ねてきた。

 のり子は困惑した。

 そんなことしていません、と答えるのは簡単だが、この状況でそれを言うとものすごく嘘っぽくなるのではなかろうか。そう考えると、上手く言葉が出てこない。

「――おやおや? のり子ちゃんもしかして困り事かな?」

 金色の髪をなびかせながら爽やか笑顔で登場したのは魔谷優也。一体どこから出てきたんだ。

「僕には分かるよのり子ちゃん。現在進行形で困ってるでしょ。僕と契約すれば悩みがズバっと解決するよ?」

 にこにこと契約を迫ってくる彼は、もはや悪徳商法の回し者にしか見えない。

 のり子が「結構です間に合ってます」と断ろうとした時、

「悪魔と契約するなんてヒキョーだわ!」

 突如、冥子が金切声を上げた。

「魔谷優也! あんた悪魔のくせに御握のり子なんかの味方をするつもりなの?!」

「僕は困ってる全ての女性の味方だけど」

「悪魔ふぜいが偉そうに!」

 吐き捨てるように言った後、何かを思いついたのか冥子がにやりと笑みを浮かべて、

「そう言えばあんたんち、人間との契約ノルマが達成できてないってサタン様が嘆いてたわよ」

 と、嬉しそうに言った。

 なんだかどこぞの会社の営業部みたいな会話だな、とのり子は思った。

「冥子、知ってるんだからね。なんであんたの家だけノルマが倍に設定されてるのか」

 目をギラギラさせながら冥子が微笑む。さっきまでのしおらしい態度はどこへ行ったんだ。冥子の方がよっぽど悪魔みたいな顔になっている。

「――魔谷優也、あんたの母親は人間なんですってね」

 のり子は驚いて思わず優也の顔を見た。

 冥子は今、何と言った?

 優也の母親が、人間?

 綾菓子学園の生徒のことは転入前にあらかた調べたが、優也の母親が人間だという情報は知らなかった。霧之助ものり子と同じく初耳のようで、驚いた表情で優也の顔を見つめている。

「汚らわしい人間と結婚した罰として、ノルマを倍にされちゃったのよね~!」

 冥子が心底おかしそうにケタケタ笑った。

 ――汚らわしい人間と結婚した罰。

 人間というフレーズが出る度に、のり子の心臓がドクリと跳ねた。

 当の優也本人は、まるで自分のことじゃないような涼しい顔で立っている。霧之助はそんな優也の顔を、何も言わずにただ黙って見つめている。

「人間との混血のくせによく平気な顔していられるわね! この悪魔のできそこないが! できそこないらしくさっさと消えてよ!」

 誰もいない校舎裏に、冥子の罵声が響き渡った。

 それでも優也は無言のままだ。

 代わりに霧之助が何かを言おうと口を開きかけた時、

「――謝って下さい冥子さん」

 のり子が冥子の顔前に立ちはだかった。

「今すぐ優也君に謝って下さい」

「な、なに言ってんのよあんた」

 のり子のただならぬ迫力に、冥子が思わず後ずさった。なんだかのり子がいつもより大きく見える。

「いいから謝って下さい冥子さん」

「な、なんで冥子が謝らないといけないのよ」

「とにかく謝って下さい。じゃないと私が許しません」

「のり子ちゃん」

 優也がのり子の肩にそっと手をかけた。

「やめなよのり子ちゃん。僕なら平気だから」

「優也君が平気でも私が平気じゃありません」

「彼女に喧嘩売るのはやめた方がいい。閻魔大王の娘だよ。後でどんな目に遭うか……」

「優也君!」

 のり子が優也の手を振り払った。

「閻魔大王が相手だろうと、一歩前に出なければならない時というのが人生には三回あるんです!」

 冥子の顔をギリッと睨み、のり子が声を張り上げた。

「一回目は友達をバカにされた時、二回目はお弁当のおかずをバカにされた時、そして三回目は……宝くじの当せん金額をバカにされた時です!」

 ああそれ順番が逆だったら少しはかっこよかったのになーとその場にいた全員が思った。

「さあ早く優也君に謝って下さい冥子さん」

「バカじゃないのあんた。謝るわけないでしょ」

「口で言っても分からないなら実力行使します」

 予想外の展開に、冥子はギョッとした。

 のり子はどう見てもどんくさそうで、攻撃を仕掛けてくるなんて微塵も想定していなかったからだ。

「謝るなら今のうちですよ冥子さん。そうでないと、必殺……」

 霧之助と優也も瞬時に身構えた。

 のり子の特殊能力は今まで一度も見たことがない。

「……必殺、おにぎりひゃくれつけん!」

 のり子が素早く何かを冥子に投げつけた。

「いやああああああああああああああああッッ!!」

 冥子が一目散に走って逃げた。

 姿が見えなくなっても冥子の悲鳴だけが遠くから響いていたがやがてそれも消え、辺りはしんと静まり返った。

「……のり子ちゃん、一体何を投げつけたの?」

 唖然としながら優也が問いかけた。

 冥子が走り去った後、地面に落ちていたのは――

「私もよく分かりません。今朝登校したら机の上にあったんです」

 ――犬のぬいぐるみだった。

「今日一日の冥子さんの行動を見て、このぬいぐるみを置いた犯人は冥子さんだと推理しました。それも私への嫌がらせとして。ということは……」

 のり子はぬいぐるみを拾い上げ、砂を軽くはらった。

「冥子さんにとってこのぬいぐるみは、とても嫌な物なんじゃないかと思いまして」

 霧之助と優也が無言で視線を合わせた。

「……つまり冥子さんは犬が嫌いってこと?」

「いや、ぬいぐるみが苦手なのかもよ」

「ふわふわした可愛らしい物全般が嫌いなのかも知れませんね」

 三人で意見を出し合ってみたが答えは出ず、しばらく考え込んでみたが、こんなことを思案するのはものすごく時間の無駄のような気がしてすぐに推理チームは解散した。




 ――翌朝、のり子が登校すると校門のところで涙目の五治郎が飛びついてきて、「昨日はごめんね御握さん! 閻魔の娘に『御握のり子と口きくな』って脅されて、怖くて逆らえなくて……。御握さんの串焼きを盗んだのも僕なんだ。もう二度としないから許して! お詫びのしるしにこれ受け取って!」と言ってムカデとヤモリの串焼き十本入りを渡してきたので、のり子は渾身のおにぎりひゃくれつけんで串焼きを突き返した。





 

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