恐慌対策
アメリカで起きた株の暴落で始まった恐慌状態は、世界中に瞬く間に広がり世界恐慌となり日本にも影響を及ぼした。
関東大震災からやっと立ち直りかけ、経済的に弱いながらも安定してきた日本にとって、アメリカの引き起こした大恐慌は一溜りもなかった。
為替相場では、金本位制度に切り替えたところで、円高になり輸出で苦戦している所に、アメリカやヨーロッパへの重要輸出品である生糸が、軒並関税が引き上げられ立ち行かなくなった。
しかも海外のブローカたちが為替差益を狙い、日本政府の用意した大量の金が海外へ流出することに。
物が売れなくて、小売業は次々と倒産に夜逃げが相次ぎ、銀行も取り付け騒ぎの果てに破綻、倒産する事態まで発展してきた。
そのなかで渡辺銀行は、さよりが返済した貸付金の現金が有ったため、大きな痛手にはならずにすんでいた。
当時の頭取は、この時のことを振り返って、
『あの時、渡辺投資投機株式会社(現渡辺証券株式会社)からの(貸付金)一括返済が無かったら、世界大恐慌の波に呑まれ当銀行が存続していたかどうか危ぶまれたことだろう。取り付け騒ぎの中、あれほどの現金が金庫に有って助かったと思ったことは、あの時ほどなかった。』
と渡辺銀行開行100年社史に寄稿している。
その世界恐慌の波は、銀河社に対しても容赦なく襲ってきていた。
木枯らし吹きすさぶ12月中旬
「覚悟はしていたが、結構きついなぁ」
幸一は、関係会社の外回りから帰って来るなり愚痴に近い言葉を吐き出した。同行していたサファイヤも
「これほどの影響があるとは思いませんでした。今まで経済のことが解った気になって、得意げに講釈していた私を叱りつけたいです。」
がっくりと肩を落としていた。
全ての物事が順調に運んで行き、初期の頃は失敗もあったが順風満帆の会社経営の中で、経済というものを知り尽くした気になっていたサファイヤにとって、この恐慌の嵐は今まで培った自信を、根こそぎ奪い取られたようなものだった。
「まるで、さよりさんの書いた筋書のような気がします。天狗になって何でもできると思っていた
私の気持ちを引き締めるために、恐慌を起こしたんじゃないでしょうか?」
銀河社の会議室兼居間になっている大部屋で、項垂れていた。
「まさか、いくらさよりでも恐慌を起こすことは出来ないって」
と、幸一は言いつつ、あいつならやりかねんなぁっと考えていたが、口に出すことはなかった。
物が全く売れない時代に、各社の状況を聞くと明るい物が無く、株価低迷の時に各社の購買力も落ち
頼みの綱の輸出も各国が保護政策に入ったため、関税が引き上げられたりして販売実績が伸びなかった。
「さよりの奴はいつ帰って来るんだ?」
幸一も疲れを滲ましていた。
「しかし、さよりさんが帰って来たら、事態は好転するのでしょうか?」
今のところ、銀河社の買収した企業はかろうじて倒産はしていなかった。
とは言うものの、見通しが明るいわけでもなく、打開策を考案中だった。
唯一助かったのは、銀河社関係の企業のメインバンクとしている渡辺銀行が各地で起こった取り付け騒ぎの中、落ち着いて対応し現金支払いも全て滞りなく終わらした点である。
さよりがアメリカに行く前に、借用金を全額返済していたおかげで現金が金庫にあり、窓口での対応がスムーズに行えたことが、世間的に渡辺銀行は大丈夫、破綻や倒産しない堅実な銀行と認識されつつあった。
この対応には、財閥系の銀行も一地方銀行に過ぎない渡辺銀行に一目置くことになった。
「この不況はいつまで続くんだろう?」
政史がつぶやくと、幸一が
「さぁな。でも、日本が割と早く立ち直ったって記憶があるから、1,2年で回復するんじゃないかな?」
「でも、その1,2年が長いよなぁ」
「確かに。なんか打開策を考えないと、いかんなぁ。大ヒット間違いなしの画期的な商品ってどっかにないかなぁ。」
「幸一、そんなもんがあれば、大手財閥たちが挙って生産してるって。」
「だったら政府が補助金を出してくれるような事業って無いか?」
「今の日本政府に、公共事業に金を出せるだけの力がないでしょう?関東の復興事業で大わらわなのに、為替で失敗しているのに。」
「そしたら、政府に売り付けれる物は無いか?」
「それも、有ったらすでに売り付けてるって。」
「まてよ?無くもないけど、伝手があるかな?」
「どうした?正。なんかいい考えでも閃いたか?」
政史は正の言葉を聞いて、何かアイデアでもあったか?と聞いた。
「軍関係に何か売りつけることが出来れば、国家予算から金を持ってくることが出来るよな?三菱や住友さんが使っている手やけど。」
「政商の真似か?でもなんで軍?政府機関の他の部署じゃだめか?」
「軍関係ならば、開発費や生産名目で国家予算とは別に大量の金を引っ張ってこれるはず。」
正が自分の思いついたアイデアを、自問するように声を出して考えていると
「確かに、軍関係ならば、機密費等の表に出さなくてもいいお金がありますね。私の国でも、用途不明のお金やどっから工面したかわからない公金がありましたから。」
サファイヤが同調するように言ったが
「しかし、軍関係に協力するとなると、民生品の優先順位が下がりますが、うまく立ち回ればかなり稼げます。しかし私達の関連会社で、軍関係の方が飛びつきそうなネタってありました?」
と首をかしげた。しばし考え込んでいると幸一が
「船はどうだ?」
政史が首を振って
「木津川造船所で出来る軍艦ってないぞ。主な戦艦や巡洋艦は呉か佐世保、あとは横須賀かな?軍機もあるから、民間のドックで作るなんて。」
と言ったが、少し考えて
「いや、出来るかもしれん。海防艦か駆逐艦のような補助艦ならば可能性が有るな。でも、発注や設計は海軍艦政本部で決まるからなぁ。そこに何とか伝手が有ったら、なんかいい話が無いか聞けるけど。」
と考え込んだ。
「そうか。軍艦なら結構稼ぎが期待出来るけど、伝手がないからな、仕方ない今は保留で、そういや正、電子部品の開発ってどこまで進んでる?」
幸一が正に任している、日本の技術開発の底上げの一環で行っている電装品の開発状況を聞いた
「そうだなぁ。自前で高品質の真空管が作製できるところまでできたかな?小型化の開発と同時に、電気回路を書かして高性能ラジオを作る様に進めているけど?」
美由紀が、
「ラジオが出来るの?」
と聞いてきたので、正が
「なんとか、真空管を使ったラジオは出来るようになったけど、まだまだだなぁ、あれは。」
と言って遠い目をした。
「どうして?何かあったの?」
美由紀が首を傾げると、はぁ~とため息をついて正が
「大したことじゃない。自前の部品が大きくて、電波感度が低くて、電力消費が大きいだけだから。」
と言ってスマホの画面を見せた。
そこに映っていたのは、縦横高さ50センチを超える巨大な箱だった。それを見て美由紀が
「なにこれ?」
「浪速電気精密加工社製、試作第1号ラジオ。ちなみに重さ10キロ」
「大きすぎるでしょう!もっと小さくできないの?」
「それを今研究している最中なんだよ。なんせ、他社のラジオとは一線を越えたラジオにしたくて、
開発してるからね。しかも全ての部品を自前もしくは純国産にこだわって作ったら、今のところ小型化できないんだよね。細密化の技術が無くて、どうしても大きなものになってしまいがちで。だから真空管を小型化して、色々なパーツの精度を上げて、感度も上げてって、もう研究課題が山のようで、浪速電気精密加工の社員達が寝る暇を惜しんで研究してるよ。」
「じゃ、真空管を使わないで半導体にすれば?」
「それも今並行して研究中で、やっとこさ大阪製錬所で、高純度のゲルマニウムが精製できたんで、大阪商工技術高等学校に持ち込んで、学者や研究員に丸投げしてきた。なんか連中狂喜乱舞してたけど、任していいよね、あの人たちに。」
ちょっと不安そうに正が言った。
たぶんとしか言いようのない空気が流れた。その空気を換えるように幸一が
「何とかなるだろう、たぶん。あと、なにわ汽船は、まだ経営はマシだったな。」
「南洋航路のおかげでね。日本で唯一、原油に天然ゴム、鉄鉱石に銅鉱石にボーキサイト。これらの南方資源である輸入品を一手に引き受けてる海運会社ですから。」
サファイヤがちょっとおどけて言ったあと、
「でも国内のシェアが低いんですよ。大手に握られてて何とかしたいんですけどね。海運ではもう隙間が無くて。」
「だったら、陸運に参入してみるか?」
「陸運?」
「そう、貨物自動車を利用して、配送するのはどうかな?宅配便までは出来ないけど
企業間を結ぶとか、港や倉庫から工場に運ぶとかの仕事ならあるんじゃないかな?」
「でも、今でもその仕事はされてますよ。あとから参入しても相手にされませんよ。」
と、外回りしてきて見てきたサファイヤは、活気のあった荷捌き場を思い出していうと
「そうじゃない。組織化して大口の貨物を取り扱う会社になればいいんだよ。貨物自動車で集めて、船で遠くに運ぶってことを生業にすれば、運送業の一角を占めることが出来るんじゃないか?」
「そうすると、かなりの人員が必要ですが、不景気なのですぐにでも人の手配ができますね。しかし教育もしなきゃなりませんが。」
「とりあえずその線で、なにわ汽船は動いてみよう。」
「はい、やってみます。」
サファイヤから少し笑みがこぼれた。二人の話を聞いて
「だったら、木津川造船でカーフェリーを作ってみたらどうかな?」
政史が提案してきた。
「フェリーなら、貨物自動車ごと運ぶので積み荷の積み下ろしの手間がいらない。しかも、運送会社の規模を全国配送にしてしまえば、運転手は一緒に船に乗って目的地に行かなくても、フェリーに貨物自動車を載せたら、フェリーの載ってきた貨物自動車に乗ってもらえばいい。フェリーに載せた貨物自動車は着いた港でその地元の運転手に乗ってもらい、荷物を運んだ方が、道に迷わずに届けられるだろう?」
「それはいいかも!木津川造船の仕事になるし設計させるか。初めての船体だから時間がかかるかもしれんが。」
「フェリー埠頭も造らないと運用がままならないしね」
幸一がその案を採用するのに時間がかかると考えるが、美由紀が
「かまわないのじゃない?運転手集めや貨物自動車の手配にかなりの時間がかかるでしょ。その間に埠頭整備や船の方を用意しておけば、運転手が貨物自動車の運転に慣れたころに新たな運送手段が入手できるんだもん。他社の追従を許さない運送企業になるんじゃないの?」
と、時間の問題点は他の手配工程を考えると問題にはならないという。
「ですよね、美由紀さん。そうそう幸一さん。木津川造船と言えば、オーストラリア航路用に開発してたコンテナ船を、なにわ汽船に無事引き渡しが終了したので、コンテナ作成部が船舶用コンテナの量産に入りたいって言ってましたが、許可してもいいですね。」
「それは任した。ついでに車載するための車両の開発も言っといてくれ。陸運にかかわるならいるだろう?」
「わかりました。」
これからの方針を話し合っていると、
「夜分に失礼します。こちらに、津田幸一さんはいらっしゃいますか?」
玄関の方から声がした。
「私が津田ですが、あなたは?」
幸一が対応に出ると、玄関先に1人のスーツを着た若い男性が立っていた。幸一の姿を見ると一礼してから
「夜分すいません。津田様でしょうか?私、渡部投機投資会社の山田と申します。柿本さより様から手紙を言付かっており、お持ちいたしました。」
と言って鞄の中から封書を一通、幸一に手渡すと重大な事をし終えた顔になり、一礼すると踵を返しその場を離れて行った。
「誰だったの?」
美由紀が幸一に声をかけると
「さよりからの手紙を持って来てくれたみたいだけど?柿本さより様ってだれ?って思っただけ」
と言って、会議していた部屋に戻って、手渡された封書の封を切り中から便箋を取り出して、目を通すと
「はぁ~。」
とため息をついた。
「どうした?幸一。さよりが何か伝えてきたのか?」
政史が幸一から手紙を取り、一読して
「確かにため息が出るなぁ」
と苦笑いして、みんなに回し読みした手紙は
みんな!元気?あたしは、インドで途中下船しましたので、この手紙は、日本に帰る社員にお願いしました。
イギリスで知り合ったおっちゃんが、インドにおっきな邸宅が有るらしくて英国式のアフタヌーンティをごちそうしたあげるから遊びにおいでって誘われたので、
ちょっとおじゃましてから日本に戻ります。たぶん戻ると思う、戻るんじゃないかな?寄り道はしないと思うけど、確約はねぇ_(^^;)ゞ
そうそう、まだ会社倒産なんかしてないよね?
サファイアちゃん。あたしらの会社の強みは?もう一度思い出してね
1社だけこの恐慌を乗り切るのはしんどいけど、合わせ技ならなんとかなると思うよ。
軍の伝が欲しいのなら、勝山組の銀二さんに相談してみたら?海軍にちょっとした知り合いがいるって言ってたよ
ほんじゃ、あたしはアフタヌーンティーを楽しんできまぁす。(o^-')b !
「なんか、人生謳歌しているねぇ、さよりは。」
美由紀が手紙を読み終わってしみじみと呟いた。
「イギリスで知り合ったおっちゃんって誰だ?インドで英国式アフタヌーンティー?舐めてんなぁ」
「政史、でもインドに大邸宅が有って、優雅にアフタヌーンティーを楽しめるような階級の人物って、この時代ならもしかしたらエドワード・ウッドじゃないのか?」
「おいおい、さよりがどうやって知り合えるんだ?そんな人物と」
「ほら、さよりが株で稼いで目立って目を付けられたとか、さよりが金の力でわざと近付いたとか、いろいろ考えられるんだけど?」
政史と正がこそこそとしゃべっていると、
「あの、エドワード・ウッドってどなたです?」
「そうか、サファイアちゃんは知らないと思うけど、もしさよりがお邪魔するって言ってる人物がその人物だったら超大物人物なんだ。」
「簡単にさよりが、知り合えるような人物じゃないんだけど。あいつ時々不思議な縁で知り合いが増えるからなぁ。」
「そんなすごい大物なんですか?」
「民間人というと違うかな?イギリス政府の官僚で貴族だからねぇ」
「そうだよ。なんせイギリス領インド総督だからね。権力者だね。」
「そういや、この時期のインドって、ガンディーもいるんじゃないか?」
と、この時代のインド情勢に話が盛り上がりかけたが、幸一が
「そんなことより、さよりはどう考えても年内は帰ってこないな、これは。」
「でしょうね。下手するといつ帰って来るかわかんないよ?でもさっき言ってた軍との伝手って、銀二さんに聞けば何とかなりそうだけど?どうする?」
美由紀が手紙を見ながら言うと
「相談だけはしてみようかな?それで、仕事を回してもらえるとは思わないけど。」
「ま、そう上手くいくことないよね。でも、相談だけしておく方がいいか。」
「あと、さよりさんの手紙に書いてある、合わせ技ってなんでしょう?」
「技術提携?」
「でもそれが出来るって、播磨製鋼と木津川造船だけじゃない?」
「まとめて財閥化する?」
「それは、無理だなぁ。経営方針というか企業色が違いすぎる。それに誰をトップに持ってきたって、混乱が生まれるだけで、纏らないと思うよ。」
「だよなぁ。もともと別会社だから。財閥創立者があって派生した企業じゃないから、いくら株をまとめて財閥化しても、空中分解してしまうなぁ。」
「そうしたら、合わせ技ってなんだろう?これって絶対にヒントなんだよなぁ」
「持っている企業の強み?木津川造船は電気溶接技術かな?播磨製鋼所は新合金研究?あとは、電子機器の開発ぐらいか?」
「技術交流?でも、全然違う業種だしなぁ」
「異業種交流会でも開く?ほら元の時代で、他業種からの意見で新しいビジネスチャンスとかなんとかって、昔聞いたことがあったような?無かったような?」
美由紀が思い出すように言うと、幸一が
「美由紀!それだ!堅苦しい会議じゃなくて懇談会風にして二次会で宴会して仲間意識を作ってもらって新しい発想をしてもらう。」
「じゃ、偉いさんじゃなくて若手を集めての方がいいな。」
「その方向で各社に連絡してみよう!ちょうど忘年会のシーズンだし、口実が出来ていい感じだ。」
こうして始まった異業種交流会は、後に数十社を巻き込み民間の宇宙開発企業へと、進化していくのである




