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はじめて会った六歳のルクレッツィの婚約者は十三歳年上だった。
尾羽のような長い襟足の黒髪。
猛禽類に似た金目。
そして何より世界最速の鳥を思わせる、白地に黒褐色の模様が入った立派な羽を持つ先祖返りだった。
これはあんまりじゃないかな。
ルクレッツィ・ファーレンは自分の顔を見てそう思った。
齢六歳にして美しい顔。
その顔にあった包帯のとれた左目周りには、皮膚の色を変えた火傷痕があった。
背後では義母である王妃や腹違いの王子、王女がくすくすと笑っている。
わざわざ包帯を取る瞬間に来るなんて、性格が悪いにもほどがあった。
(ものすごく目立つ)
ルクレッツィはまじまじと鏡を覗き込むけれど、それもそうかと思いなおす。
手当が適当だったのだ。
目の前の包帯を取った医者は、まっすぐにルクレッツィを見ることも出来ないでいる。
それもそうだ。
小さな女の子。
しかも美しい顔をしていた王女の顔だ。
王妃に熱湯をかけられて意識がもうろうとしたときに聞こえた言葉。
『痕が残るように治療しなさい』
もう一度言おう。
性格が悪いにもほどがある。
それが最後の記憶だ。
そう、最後。
ルクレッツィは多分そこで死んだ。
心が死んだ。
かわいそうにと思う。
ルクレッツィは側妃腹とはいえ王女だし、気の弱い子供だった。
顔に火傷なんて耐えられなかっただろう。
(私はけっこう気にならないけど)
この世界には魔法薬やポーションなどがあるらしいから、痛みがまったくない。
ルクレッツィ的にはそれで充分だ。
「醜い顔ね。さっさと部屋に戻りなさい」
「……はい」
殊勝に頷いてルクレッツィは部屋へと戻った。
パタンと背中で扉を閉めて、王女としては地味な室内を見まわす。
テーブルの上には冷えた、かすかな量の残飯。
いつものことだ。
室内を見まわすと、ルクレッツィは期待満載で頬を紅潮させた。
「ひゃっほー!」
歓声を上げながら室内を走り出す。
「走れる! 私走ってる!」
すぐに足がもつれて転んだ。
あげくゼイゼイと、むしろヒューヒューと喉から息を出しながらも起き上がる。
前世は病室から出ることをほとんど一度もなく、そのまま記憶が途切れている。
死んでいても不思議はない状態だった。
そして現在、心の死んでしまったルクレッツィになってしまっている。
どうやらルクレッツィも病弱虚弱の持病持ちのようだが関係ない。
点滴も車いすもなく歩けている。
何なら走れた。
快挙だ。
「最高だわー!」
ルクレッツィは走ったせいで青くなった顔色のまま、テンション高く拳を突き上げていた。
ルクレッツィは複雑な立場だ。
父親である国王がルクレッツィの母親に恋をした。
すでに世継ぎもいたので、王妃にもちゃんと根回しをして側妃に迎え入れ愛を育んでいたのだが、他人のものになると惜しくなる人間というのが一定数存在する。
さらに王太后が思ってもみない行動に出た。
実は息子大好きな王太后が、王妃は政略に必要だからと許せても息子が誰かに恋をするのは許せなかった。
結果、王妃と王太后がら陰湿にいじめられて、母親はルクレッツィを産んでなくなった。
国王としては愛した人の忘れ形見を大事にしたかったけれど、開き直った王太后の過干渉とルクレッツィの美しい顔に自分の娘を比較して癇癪を起こした王妃の二人。
これらから守るには、気弱な王にとってルクレッツィへ関心を持たないのが最善だった。
そんなわけで冷遇されてみずぼらしくいじめられる王女、ルクレッツィの誕生だ。
料理は残飯を最低限だけれど、医者から持病の薬をもらうことは出来たので死ななかったと言っていい。
最低限の薬だが。
「ルクレッツィ……かわいそうだな」
家族と誰も仲良く出来ないなんて、寂しいだろう。
何より体調が悪いのにろくな薬をもらえないなんて最悪だ。
ルクレッツィとしても前世の自分としても、病気や虚弱体質の辛さは知っている。
「誰も心配してくれないなんて、寂しかっただろうな」
前世のルクレッツィには親身になってくれる家族がいた。
入院費を稼ぐためにあまり顔を出せなかったけれど心配してくれた両親。
毎日のように漫画やゲーム、小説にタブレットでアニメや映画。
病室から出られないルクレッツィのためにお土産を持っては来てくれた姉。
今生の家族は正直駄目すぎるけれど、ルクレッツィのなかには温かい家族の思い出はこの三人だ。
ルクレッツィは、そっと手のひらで胸を押さえると睫毛を伏せてふんわりと笑みを浮かべた。
「『ときめき戦記』のアザーズも言ってたもの。本当に大事なものは心のなかにある」
姉から貰った名前のわりになかなかシビアなゲームを思い出していたときだ。
ノックが外から聞こえた。
※ゲーム『ときめき戦記』
名前のわりになかなかシビアな内容だけれどアザーズというキャラの「本当に大事なものは心のなかにある」など前向きなセリフも多い。




