第2章『限られた時間の中で』 第1話 約束
余命一年。
その事実を知った日から三日が経った。
神崎悠真は、以前と同じように学校へ通っていた。
授業を受ける。
友達と話す。
昼ご飯を食べる。
一見すると何も変わらない。
しかし。
心の中はまったく違った。
教室の窓際。
空席になった結衣の席を見るたびに胸が苦しくなる。
「一年……」
小さく呟く。
たった一年。
長いようで短い時間。
その中で何ができるのだろう。
何を残せるのだろう。
考えても答えは出なかった。
放課後。
悠真は再び病院へ向かっていた。
最近では当たり前になりつつある道。
病院の受付の人にも顔を覚えられ始めていた。
病室のドアを開ける。
「こんにちは」
「神崎くん!」
結衣が嬉しそうな顔をした。
その笑顔を見た瞬間。
悠真の胸は少しだけ軽くなる。
「また来た」
「毎日来る気?」
「迷惑?」
「全然」
結衣は笑う。
「むしろ嬉しい」
その言葉に少し照れた。
今日は体調が良いらしい。
顔色もいつもより明るい。
「学校どうだった?」
「翔太が数学の小テストで三点取った」
「えっ」
結衣が吹き出す。
「本当に?」
「先生に呼び出されてた」
「高橋くんらしい」
病室に笑い声が響く。
そんな時間が心地良かった。
だが。
ふと沈黙が訪れる。
結衣は窓の外を見つめた。
夕日が差し込んでいる。
「神崎くん」
「ん?」
「怖くない?」
静かな声だった。
「何が?」
「私といること」
悠真は目を見開く。
結衣は続けた。
「だって私――」
そこから先は言わなかった。
言わなくても分かる。
余命一年。
その言葉のことだ。
悠真は少し考えた。
そして首を振る。
「怖くない」
「嘘」
結衣は苦笑する。
「少しは怖いだろ」
「怖いよ」
正直に答えた。
結衣の表情が少し曇る。
だが。
悠真は続けた。
「でも」
「?」
「それ以上に、一緒にいたい」
病室が静かになる。
結衣が固まった。
悠真自身も言った後で恥ずかしくなった。
だが本心だった。
「だから」
「うん」
「逃げたりしない」
結衣の瞳が揺れる。
そして。
少しだけ涙ぐんだ。
「ありがとう」
本当に小さな声だった。
その日の帰り際。
悠真は病室の机に一冊のノートを見つけた。
見覚えがある。
以前、結衣が持っていたものだ。
「それって」
「あ」
結衣が慌てる。
「見る?」
意外な返事だった。
「いいの?」
「うん」
悠真はノートを受け取る。
表紙にはこう書かれていた。
『やりたいことリスト』
ページを開く。
そこには手書きの文字が並んでいた。
友達を作る
学園祭を楽しむ
夏祭りへ行く
海を見る
花火を見る
好きな人とデートする
卒業式に出る
悠真は黙ってページを見つめた。
どれも普通の高校生なら当たり前にできること。
だけど。
結衣にとっては違う。
叶う保証のない願いだった。
「笑うでしょ?」
結衣が言う。
「そんなことない」
悠真は即答した。
「全部叶えよう」
「え?」
結衣が顔を上げる。
悠真は真っ直ぐ言った。
「全部」
「無理だよ」
「無理じゃない」
「だって……」
「やる前から諦めるな」
結衣は言葉を失った。
悠真は続ける。
「友達もできた」
「うん」
「夏祭りも行ける」
「うん」
「文化祭もある」
結衣の目に涙が浮かぶ。
「卒業式も」
そこで初めて悠真は言葉に詰まった。
本当は保証できない。
未来なんて誰にも分からない。
それでも。
「一緒に目指そう」
そう言った。
結衣はしばらく俯いていた。
やがて。
ぽろりと涙が落ちる。
「ずるいなぁ」
「え?」
「そんなこと言われたら」
涙を拭きながら笑った。
「期待しちゃうじゃん」
その笑顔は泣き顔なのに綺麗だった。
悠真の胸が強く締め付けられる。
守りたい。
もっと笑っていてほしい。
そう思った。
病院を出た後。
空には夕焼けが広がっていた。
悠真は歩きながら決意する。
残り一年。
短いかもしれない。
でも。
ただ悲しんで終わるつもりはなかった。
結衣のやりたいことを全部叶える。
思い出をたくさん作る。
そして。
結衣に幸せだったと思ってもらう。
それが今の自分にできることだった。
病室。
一人になった結衣はノートを見つめていた。
やりたいことリスト。
その隣には今日撮った写真。
そして。
悠真との思い出。
「神崎くん……」
小さく名前を呼ぶ。
胸の奥が温かい。
同時に苦しい。
好きになってはいけないと思っていた。
残される人を傷つけるから。
でも。
もう止められなかった。
窓の外の夕焼けを見ながら、
結衣はそっと微笑んだ。
「もっと一緒にいたいな……」
それは初めて零れた、本当の願いだった。
第2章 第1話 終




