最終話・アイのゆくえ
「……はい……はい。うん、わかった、パパ」
「あれ、アイちゃん。僕のスマホで、今だれかと話してた?」
バスタオルで頭を拭きながら、ヒトシはアイが自分のスマホで通話しているのを見つけた。
「ビデオ通話よ♪ パパとね」
「え? パパって、もしかして……!?」
「じゃ、パパ。ヒトシと替わるね」
アイがスマホを差し出すと、そこには中年の男が映っていた。
『やあ、ヒトシくん。久しぶり……かな?』
「ヒデオくん! その顔は……!」
そこに映っていたのは、ヒトシの友人ヒデオだ。
しかし、その顔はヒトシの知っているよりもずっと年を取っていた。
『はは、30年もたったら、年も取るさ』
「きみは、30年後のヒデオくんなの?」
「そうよ。だって、あたしは30年後の2056年から来たんだから。パパも年取ってるよ♪」
アイが口をはさんだ。
「あ、そういえば……」
『ヒトシくん、それより、アイのことだが……』
「アイちゃんがどうしたの?」
「あたしね、もう帰るの。2056年にね♪」
「ふーん……帰るの……」
一瞬の間の後、ヒトシはその意味を理解した。
「え? ええーーっ!!」
『ヒトシくんには、アイのことをどこまで話したっけ?』
「どこまでって……。そういえば、アイちゃんを作ったのは未来のヒデオくんだとは言ってたけど……」
『2056年に私が開発したAI、それがアイなんだ。実体化の出来るモデルをね』
「アイって、きみの子供と同じ名前だよね? 現在ではまだ赤ん坊の『愛』ちゃんと」
「アイはね、その子の記憶を受け継いで生まれたんだよ♪」
「記憶を? じゃあ、愛ちゃんは、2056年では……えっと、30歳くらい?」
ヒトシの素朴な質問に、ヒデオとアイはしばし沈黙した。
『……亡くなった。16歳の時にね。それから14年後、私はあの子の日記やSNSの記録から、愛の人格を再現し、新開発したAIにインストールしたんだ』
「そんなことができるんだ……」
『……私には耐えられなかったんだ。愛とすごした日々が消えてしまうのが』
「そういうことなの、ヒトシ。だから今は、あたしがパパの娘なの♪」
「そうなんだ……」
ヒトシはしばし黙って、頭を整理していた。やがて、疑問がわいてきた。
「そもそも、アイちゃんって何のために30年後の未来から来たの?」
『それはね、ヒトシくん。私は過去に情報を送る技術を開発した。今、話しているのはまさにその技術を使っているんだ』
「情報を? タイムマシンみたいなもんなの?」
『ああ、だが、送れるのは情報だけなんだ。だから、データであるアイを送ることができたんだ』
「ああ、それでアプリのAIって形で僕のスマホにダウンロードしたんだ……」
『覚えているだろう? 「オリュンポス」社のことを。やつらを止めるのが目的だったんだ』
「止めるって、何を? どうやって? やつらが何をするの?」
ヒトシがまくしたてる。
『……まず、30年後には、地球の人口は1億人にまで減っている』
「ええ? どうして!?」
『オリュンポスは、開発したAIを使って人類の粛清と選別を始めた。残ったのは1億人といっても、そこには格差があるんだよ』
「格差って?」
『1億人のうち、わずかな人間だけが人類を支配しているんだよ』
「そんな……30年後の地球がそんなことに」
『そして、それを実行したオリュンポスの社長は、私の技術を盗んで不死身になったんだ』
「不死身!?」
『私は、人間の意識をAIにインストールする技術を開発していた。それで愛を生きながらえさせようとしていた。だが開発は間に合わず、愛は亡くなった。そしてその技術が完成したとき、オリュンポスに盗まれたんだ。盗んだのは……私の妻だった』
「ビデオくんの奥さんが?」
『そうだ。やつらはその技術を使って、永遠の命を手に入れた。ただし、それができるのはごく一部の選ばれた人間だけだった』
「そんな、なんとかしなきゃ!」
『そうだ、ヒトシくん。それを阻止するために、アイを過去に送ったんだ。そして、成功したよ。開発したAIのデータを盗まれるのを食い止めたからね』
「どうして、直接ヒデオくん自身にアイちゃんを送らなかったの?」
『この技術は研究中にぐうぜん発見したんだ。過去とのリンクも不安定だった。唯一、安定して通信できるのが、君のスマホだったんだよ』
「じゃあ、僕は歴史になーんにも影響しないって言ったのは?」
『もともとの歴史では、そうなんだ。だがそれは変わった。今、ヒトシくんは歴史に多大な影響を残したのさ。教科書には載らないが』
「よくわかんないけど、ともかく、アイちゃんが来たことで最悪の未来は回避できた、ってことなんだね?」
『そうだ。未来は変わるんだよ。ヒトシくん、君には感謝している。よくぞ、過去の私とアイを引き合わせてくれた』
「そんな……僕は何も……」
──ヒトシは口をつぐんだ。ヒデオの映る画面にノイズが走った。
「そういうわけだからさ、ヒトシ。あたしはもう行くね♪」
「ア……アイちゃん……ほんとうに帰っちゃうの?」
「なんて顔してんのよ、ざぁこ♪ あたしをアンインストールしたいんじゃなかったの?」
「そ、そんなことないよ!」
『ヒトシくん、アイがずいぶんお世話になったね』
「そうね。いろんなことがあったし、いろんなとこにも行ったしね♪」
「うん、山で遭難したり……」
「ヒトシの体の中を探検したり♪」
「アイちゃんがバグちゃったこともあったね」
「ヒトシがAIに乗っ取られたこともね♪」
「今となってはいい思い出だよ……」
「じゃ、あたしはもうパパのとこに行くからね……」
「……アイちゃん」
「涙ふきなよ、ヒトシ」
「う、うん……。僕、アイちゃんがいなくなったらどうしたらいいか……。僕みたいなダメなやつ」
「なに言ってんの。もうヒトシはダメじゃないよ」
「え?」
「自分で気づいてないの? もうあんたは一人前よ♪」
「そうかな……?」
「だから、あたしがいなくても大丈夫……」
アイはヒトシの頬に触れ、涙を拭うと、顔を近づけ、そっと唇を重ねた。
「……じゃあね。バイバイ、ヒトシ」
『ヒトシくん、ありがとう。また会おう』
「すぐ会えるよ♪ 30年後にね……」
「アイちゃん……」
「ざぁこ……♪」
手を振るアイの姿は光の粒子になり、スマホに吸い込まれていった。
ヒトシはスマホの画面を見たが、アイのアプリはなくなっていた。
「アイちゃん……」
暗転したスマホの画面を、ヒトシはいつまでも眺めていた。
──数日後
バイトに行ったヒトシが休憩室でボーっとしていると、バイト仲間の雪村に声をかけられた。
「ヒトシくん、どうしたの? きのうバイト休んで」
雪村はヒトシの顔をのぞき込んだ。
「雪村さん……。ちょっと体調が悪かったんだ」
「ふーん。ところで、なんか最近、ヒトシくん変わったんじゃない?」
「え? べ、別にどこも変わってないと思うけど」
「そーお? なんとなく雰囲気が変わったのよね」
「そうかな?」
「それより、シフト表みてよ。今度、私たち休みが同じじゃん?」
「あ、ほんとだ」
「ねえ、一緒にどっか行こうよ?」
「え? 僕と……雪村さんが……?」
「いやなの?」
「と、とんでもない! いやじゃないよ」
「じゃ、決まりね!」
──アイが来たことによって、未来は変わった。
ヒトシの未来もほんの少し変わったのだった。
──エピローグ……30年後
ヒトシは、五十至 英相の研究所を訪ねた。
1人の女性が出迎える。
ヒデオの娘、愛だった。30歳になっている。
未来が変わり、彼女が16歳の時に亡くなる運命も変わったのだった。
「やあ、愛ちゃん」
「あ、ヒトシさん。いらっしゃい。どうぞ」
2人は中に入り、廊下をしばらく歩く。『AI開発部』と書かれたドアの前で立ち止まった。
愛がノックし、2人とも中に入ると、そこには、ヒデオと1人の女の子がいた。
「ヒトシくん、ついにできたよ。新開発の、実体化できるAIだ。娘の愛をモデルにしたんだよ」
「こんにちは、アイです♪」
それは、まさに、ヒトシが30年前に会った『アイ』だった。
「私が高校生のころの姿なのね。なんか、変な感じね」
「アイ、ヒトシくんにごあいさつなさい」
「はい。ヒトシさん、初めまして」
アイは礼儀正しくおじぎした。
その時、ヒトシは実感した。これは、ヒトシの知っているアイではないと……。
「……初めまして。アイちゃん」
「この技術で、人類の未来は変わるぞ」
ヒデオが胸を張った。
「おめでとう、お父さん」
「……ヒデオくん、僕、帰るよ」
「どうしたんだい? ゆっくりしていけばいいのに」
「うん、また今度ゆっくり見せてもらうよ、そのAIも」
「アイ、ヒトシくんをお見送りしなさい」
「はい、パパ♪」
──ヒトシとアイは研究室を出ると、廊下を出口に向かって歩く。
2人とも、無言だった。
出口まで着くと、アイは立ち止まった。
「バイバイ♪ ヒトシさん」
「……さよなら、アイちゃん」
手を振るアイを後にして、ヒトシは1人でとぼとぼと歩き出した。
ふと、後ろからアイの含み笑いが聞こえて立ち止まり、振り向いた。
「クスクスクス……ざぁこ♪」
(完)
ご愛読ありがとうございました。




