第1話・アイちゃんダウンロード
「何だこれ。『あなたを全肯定します、美少女 AI』だって?」
部屋でゴロゴロしながら、ヒトシはスマホのスワイプを繰り返していた。
「なになに、『AIの美少女アイちゃんと画面越しに会話できるアプリです』……か、いいね。ダウンロードしよう」
【ダウンロード中……】の文字が表示されている間、ヒトシは今日のバイトを思いだす。
「それにしても、今日も疲れたな……。僕じゃないレジのミスで店長には叱られるし。この『全肯定 AI』とやらで癒されたいよな~」
インストールが終わると、さっそくアプリを起動してみた。
『初めまして、アイです。お名前をお聞かせください』
スマホ画面に、ツインテールの美少女が浮かび上がった。AIとは思えないリアルな声だ。
「おっ、音声認識なのかな?」
『「オッオンセイニンシキ」さんですね? その名前でよろしいですか?』
「え? 違う違う!」
『「エチガウチガウ」さんですね?』
「ヒトシだよ! ヒトシ……、あっ」
『「ヒトシダヨヒトシ」さんですね?』
「ヒトシ!」
『ヒトシさんですね。では、何をお話ししましょうか? 何でも言ってくださいね』
「アイちゃん。実はさ、今日、バイトでさ……」
『あっ、その前に利用規約をお読みください』
美少女が消え、スマホ画面は長文で埋めつくされた。
「え? え? な、何だこの超長い文章は。長すぎてスクロールバーが見えないよ。いいやもう、『同意する』っと」
タップすると、スマホ本体が一瞬ぼうっと光った。
『では、このアプリのご説明をいたします』
「手短にね」
『これは、2056年の最新アプリです。リアルタイムで会話できるほか、さまざまな機能があります。お試しください』
「……56年? 数字バグってるよ。まあいいや。僕の話を聞いてよ、アイちゃん。今日、店長がさあ……」
◆ ◆ ◆
『……そうですか。それは大変でしたね、ヒトシさん』
「でしょでしょ。あ~、分かってくれるのはアイちゃんだけだよ」
『ところで、私には色々なカスタムや機能があります。試してみてはいかがですか?』
「へ~、どれどれ。ホントだ、色々あるね……。ん、何これ、『メスガキカスタム』?」
ヒトシは『変更する』をタップした。
『……ざぁこ♪ のヒトシ、他にも機能あるよ?』
「あ、ホントにアイちゃんの口調が変わった。どれどれ、『空間投影機能』? 使ってみようっと」
タップすると、アイが画面からスーッと消え、スマホの向こうに現れた。
半透明の身体に、一瞬ノイズが走る。
「わわ! 何だこれ。すっげー!」
『これくらいで驚いちゃって。やっぱヒトシって、ざぁこ♪ ね』
アイはかがんでヒトシに顔を突き付けた。口は動いているが、音声は変わらずスマホから出ている。
「驚くよ。すごい技術じゃんか」
『これくらい、2056年じゃ常識よ。他のも試してみたら?』
「他のって、これ? 『実体化』って、まさか……?」
『押しちゃえ♪』
「う、うん。じゃあ……」
ヒトシは、スマホ画面の『実体化』をタップした。アイにまた一瞬ノイズが走り、全身がクリアになった。
「はい。これで実体化、完了~」
アイは手を伸ばし、ヒトシの頬をつねった。その感触は、人間のものと変わりなかった。もっとも、ヒトシは美少女につねられたことはないが。
「痛てて。え、ほ、ほんとにアイちゃんが実体化してるの?」
「だから、そうだって言ってるじゃん。理解力、よわよわ♪ なの?」
アイは鼻を鳴らした。その声は、スマホからではなく、アイ自身の口から出ていた。
「あ、あのさ、アイちゃん……」
「なあに? ざぁこ♪ のヒトシくん」
「そのしゃべり方、もういいからさ。カスタム、もとに戻してよ」
「あ、これ? カスタムできるのは1回だけだよ。利用規約に書いてあるよ?」
「え? ど、どこに?」
「あそっか、人間って、文章読むのおっそ♪ だったね。ここよ、ここ」
「『利用規約、第512条32項』……。ほんとだ、書いてある」
「でしょ?」
「うん? 何これ? 『このアプリは、利用状況をモニターし、データとして収集します』……だって? なんだ、こりゃ!?」
「だ~から、ちゃんと書いてあるよ? 読まなかったのヒトシじゃん」
「で、でも、何のためにモニターするの?」
「ビッグデータ解析の一環でね、30年前のデータを集めてるの。で、ヒトシがモニターに選ばれた、ってわけ」
「な、なんで僕が!? というか、これ、ほんとに未来のアプリなの?」
「そりゃそうよ。今の技術じゃ、こんなの作れないよ?」
「でもさ、過去に干渉しちゃダメって聞いたことあるよ?」
「よく知ってるね。ざぁこ♪ のくせに。理由はね、ヒトシなら、干渉しても歴史に影響ないからなの」
「え……影響ない?」
「そ。あんたは、な~んにも成し遂げないし、ぶっちゃけ、いてもいなくても同じのざぁこ♪ なの」
「……ひ、ひどい」
ヒトシはうつむいた。
「あれ? ヒトシ、もしかして、落ち込んでるの? ざぁこ♪ の分際で?」
「……で、でもさ、未来って必ずしも決まってないって聞くよ?」
「誰に聞いたの?」
「え……漫画とかでよくいうじゃん」
「情報源が漫画なの? は~っ。なっさけな~い♪」
アイのため息がヒトシの顔にかかった。
「これからあたしが一緒にいてあげるんだから、感謝しなさい♪」
「……わ、スマホの電池がみるみる減ってるよ。これ、このアプリのせいじゃ……」
「実体化はエネルギー使うからね?」
「……あっ! わかった。アイちゃんってさ、未来から来て僕を助けてくれるってパターンじゃないの?」
「助けないよ? 漫画じゃあるまいし。あんたをモニターするだけだからさ」
「ええ~、助けてくれないの?」
「いっぱしになりたかったら、自分で努力しないとさ。あ、できないから、ざぁこ♪ なのか」
「え~っ、もういいよ。アンインストールするから……」
「あたしをアンインストールするなんて、むりむり♪」
「あれ? う……、ほんとだ、出来ない……。はあ~、どうなっちゃうんだ」
ヒトシはアイの前にへたり込んだ。




