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3. パーティーが始まるよ①

 私は細工師の仕事に復帰してからというもの、忙しい毎日を過ごしていた。食事と庭の手入れ、それから授業の時間を除いては、工房に入り浸った。

 工房にいると、授業の時間を忘れてしまうこともしばしばだった。


「リリー様、もうじき礼儀作法の授業が始まりますので、お迎えに参りました」


 イヴリンさんはいつも、慌てなくて済むように少しだけ早めに迎えに来てくれる。

 それが決して早すぎたりしなくて、絶妙な加減だから感心してしまう。

 イヴリンさんがこんなふうに時間を見計らって迎えに来てくれるのは助かる。

 助かるんだけど……


「もうちょっと……もうちょっとでキリがつくんです」


「リリー様?」


 あっ、これ以上はマズい!


「はいっ、直ちに終了します!」


そんな私を、工房で働く職人全員が『わははっ』と豪快に笑う。


「たかが1、2時間抜けるだけだろ?」


「しっかり学んでこいよー」


「はーい、行ってきまーす」


 今ではすっかり工房に溶け込めている。そのことがうれしい。

 だって、最初からこうだったわけではないから。

 ウィル様に連れてきてもらって初めて工房を訪れたときは、懐かしい雰囲気に胸がいっぱいだった。

 だから、工房長さんの友好的な態度しか気がつかなかった。

 複雑な思いの人たちもそこにいたっていうのに。

 私は他人の機微にどうも鈍感みたい……


 材料が揃ったという連絡をもらって工房に赴いた私は、『この作業机を使って』と工房長さんから専用のスペースをもらった。

 工房のメンバーと共同作業することもないから、挨拶もおざなりに黙々と製作に取りかかった。

 言い訳させてもらうと、久しぶりのアクセサリー製作だったから待ち切れなかったのだ。自分でも失礼だったと、今なら思う。

 さらに悪いことに、私は集中すると周りは見えなくなるし、音も聞こえなくなってしまう。

 ちょっと冷たいくらいの視線や遠回しの嫌味なんて……ねえ?

 向こうにしてみれば、気にする素ぶりを見せるでもなく、毎日のん気な顔してやってきては作業しているように映ったってわけだ。

 実際はただ集中してただけなんだけど、歯牙にもかけてないんだと勘違いさせてしまった。


 そうして鬱憤が溜まった頃、工房長さん始め年長者が短時間だけ、ごっそり工房を抜ける機会があった。工房に残っているのは若手のみになった。


「あーあ、ドワーフの人質はいいよなー」


 手が止まった。

 私……のこと……?

 考えるまでもないじゃない。該当者は私しかいないんだから。

 いくら集中していたとはいえ、これだけ聞こえよがしに大きくため息を吐かれたら、さすがに耳に入った。


「王族の同情を引いて、取り入って。ここは子どもの遊び場じゃねえっての」


「ホント、ホント。俺なんかここに勤めるための紹介状を書いてもらうのに、めちゃくちゃ苦労したっていうのによー」


「おいおい、やめとけって。告げ口でもされたらどうすんだよ」


 私はドワーフの村を出てから、人の優しさに囲まれすぎていたんだと思う。

 だから思いの外、堪えた。

 だけど、思い出してもみようよ。

 ドワーフの工房でだって、最初は『族長の娘はいいよなー』って言われたじゃない? 小さい頃から工房に入らせてもらっていたから。

 そうだよ、『特別扱いされてる』って。

 師匠は、私が『ガラス玉を使って遊びで作ってたアクセサリーが、あんまりにもいい出来だったから教えたくなった』って説明してたけれど、本当のところなんて分からない。

 まさか『人質はいいよなー』なんて言われるとは思ってもみなかったけれど、苦労してここでの職を得た人には特別扱いに映るのも理解できた。

 私のことを人質にして、アクセサリー製作を依頼したのは貴方たち人側のくせに勝手なことを……とかそういう気持ちは全く湧かなかった。

 若手の職人たちにはどっちも関係ない話だ。


 お父さん、安心して。人だからって一括りにして、無関係な人まで恨むことはないみたい。

 これって、人からいっぱいいっぱい優しくしてもらって気遣ってもらって、人のことを知れたからだ。ポールさん、国王様、王妃様、ウィル様、テオ様、イヴリンさん、工房長さん……

 そういえば、王族の人はあながち無関係でもないけれど、それでも恨む気なんて起こらないなー。

 これっぽっちも人質扱いされてないもんね。

 いってみれば、無期限のホームステイ中みたいな(『ホーム』と呼ぶには豪華すぎる住まいなんだけど……)?


「こらー! お前ら、何仕事サボってんだ!」


 工房に怒声が響いた。

 工房長さんが顔を真っ赤にしていた。何なら、髪まで逆立ちそうな勢いだった。


「自分たちが何を言ってるのか分かってるのか!?」


「だってズルいじゃないっすか」


「俺らは修行を積んで腕が認められたから、ここで働いてるんですよ」


 工房長さんが驚く。


「……まさかと思うが、知らないのか?」


「何をですか?」


「王妃様のブレスレットは知ってるよな?」


「ああ、お気に入りってやつですね。遠目からしか見たことはないですけど」


「でも、『華奢なデザインなのに丈夫で、普段から着けていても壊れない』とは聞いてます」


「あと、ドワーフが作ったとも……だけど、いくら同じドワーフだからって、どう考えてもおかしいですよ。作った本人でもないのに、」


「だから、作った本人だよ!」


 『えっ!?』という驚きの声が一斉に上がった。


「リリーさんは、王城に来る前から王妃様に認められてる細工師なんだよ!」


 みんな一様にぼう然としていた。


「リリーさん、これは工房長である俺の怠慢だ。嫌な思いさせてすまなかった。てっきり全員知ってるもんだと思い込んで、説明をしてなかった」


「い、いえ、いいんですっ。こんな小娘が細工師だなんて、思わなくて当然だし。あの……工房長さんにそんなふうに頭を下げられると、私は困っちゃいます」


「俺に免じて水に流してくれるかい?」


「もちろん、もちろんです!」


 ようやく工房長さんは頭を上げてくれて、『ありがとう!』とニカッと笑った。

 それから若手の面々に向き直った。


「細かい装飾が付いた備品の修理依頼がくると、いつも逃げ腰になってるじゃないか。分かってるのか? こんなチャンス、普通はないんだぞ? リリーさんからしっかり学ばせてもらえ」


 工房長がそう言って自分の持ち場に向かったあと、若手の職人さんたちは気まずそうに私の元へやってきた。


「リリーさん、申し訳なかったっす」


「本当にごめんなさい」


「反省するんで、今製作中のを見せてもらえませんか?」


 このときは胸が熱くなって、何かがこみ上げてきそうなのを必死で堪えたんだった(今思い出しても、あのときの熱は蘇る)。


「完成まで全然まだなんですけど、それでよければ!」


 これをきっかけに、私たちは話をするようになった。

 他の職人さんが私の知らない道具を使っているときには、私からお願いに行って見学させてもらうこともある。

 一緒に休憩時間を過ごすのも普通のことになった。

 気づいたときには、私は間借りしているだけのドワーフから、修理工房のメンバーになっていた(私は修理はしていないけれど)。

 そうして私は順調にアクセサリー製作に取り組んだ。


「ふう、できた」


 先ずはネックレスを完成させた。

 小さな声で呟いたはずなのに、工房の仲間が作業を中断して私の作業机を囲んだ。


「ついにか、やったな」


「見せてくれよ」


「うわー、細かいなー」


 みんなが口々に、『おめでとう』、『お疲れ様』と労ってくれたのだった。


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