2. ようこそ、王城へ⑥
翌朝、あのデザイン画のことはきれいさっぱり忘れて普通に過ごそう、と心に決めてからベッドを出た。
朝食はパンをおかわりした(いつも通り! ちなみに初日以降も、食べすぎを反省したことはなかったことにしておかわりしている)。
朝食後は中庭へ行き、テオ様と枯れた花や葉を切り取って雑草を抜いた(日課!)。
歴史学の授業ではレポートの発表をして、先生から『よくできていますね』とお褒めの言葉をもらった(これはイレギュラーだけど、いいことだから構わないはず)。
うん、順調。王城での生活は、充実してるってほどではないかもしれないけれど、退屈することもない。
ところが、ところが……午後になって急にウィル様の執務室に呼び出された。
今までなかったことなので、嫌な予感がした。
それでも人質ごときが、第一王子様からの呼び出しを断れるはずもないじゃない。
仕方なく、身体の重さ感じながら執務室へ向かった。
執務室に入るや否や、昨日私が捨てたはずのデザイン画が机の上に広げられているのが目に入った。
見たくない!
私は咄嗟にぎゅっと目をつぶった。
「リリー、」
その声は慰めようとしているようにも、憐れんでいるようにも聞こえなかった。
ただただ底抜けに明るかった。
この状況にそぐわない。
どうして?
そうっと目を開けると、ウィル様と目が合った。
ウィル様は顔いっぱいの笑顔だ。
困惑してしまった。
私の知らないところで、何かがあったことだけは悟った。
「突然呼び立ててごめんね。でも、イヴリンが君には『内緒で』って相談してきたんだよ。あっ、イヴリンに怒らないであげてね。リリーを気遣ってのことなんだ」
小さく『はい』とだけ返事をした。
「イヴリンは君が『ドレスに合わせるアクセサリーがほしいのに言い出せないのではないか』って。彼女は、君が細工師だってことを知らないから、そう思ったんだろうな。でも、違うよね? 君は、これを作りたいんだよね?」
「あっ……」
ズバリ言い当てられ、動揺してしまった。
唇が震える。
何て答えればいいの?
さっぱり分からない。頭の中から、言葉という言葉が消えていた。
「僕の権限を越えてたから、このデザイン画を持って父上のところへ行ったんだ。そうしたら、隣にいた母上が食い入るように覗き込んでね。それはもう大ハシャギだったよ。『さすが』だって感心してた。母上は細工師リリーの大ファンみたいだね。それでね、」
ウィル様の声はますます弾んでいく。
「リリー殿、仕事の依頼が来ています。王妃殿下より、『このネックレスを製作してほしい』とのことです。あと、こっちのイヤリングもお願いできる?」
信じられない!
私は目を見開いた。うれしい悲鳴を上げそうになったけれど、それはギリギリのところで堪えた。
「リリー、王城内の修理工房は知ってる? 今から行ってみない?」
ウィル様は椅子から立ち上がって言った。
「修理……工房……?」
知らなかった。
「うん。王城内はとにかく物が大量にあるから、毎日何かしら壊れるんだよ。ひどく壊れてしまったら新品と交換するんだけど、少しぐらいなら王城内にある修理工房で修理してるんだ。初日に案内してあげればよかったね。うっかりしてたなー」
「でも……修理工房では……」
「修理工房といっても、それなりに設備や道具はそろっているはずだよ。王城内で壊れる物って本当に色々あるから。それと、ちょっとこんな道具があったら便利だなーってときは、作ってもらったりもするしね。だからそこでアクセサリーを作れるか、確認してくれる? 足りないものがあれば、いくらでも用意するから」
そこでウィル様はニヤッと笑った。
「なにせ『リリーさんがアクセサリーを作れる環境を整えて!』って、母上が父上に懇願したからね。リリー専用の新しい工房を建て増しして作ってあげることだってできるよ」
私は慌ててしまった。
「そ、それは恐縮してしまいます!」
ウィル様は『あはは』と笑った。
「そう言うだろうと思った。だから、まずは修理工房に行ってみようよ」
私たちは執務室を後にした。
廊下を歩いている最中も、ウィル様の話は続いた。
「母上はネックレスのデザイン画を見て、『どんなドレスにも合わせられそうで、使いやすそうなところがとても気に入った』って言ってたよ」
王妃様でも使い回しするんだ……
「王妃様は庶民的な感覚もお持ちなんですね」
「一応貴族ではあるんだけれど、それほど高い身分ではない家の出身なんだ。父上は母上にもっとたくさん与えて贅沢させたいみたいだけど、母上のように気に入ったものを大事に長く使うのはいいことだと思うんだよね。その分、国の予算に回せるんだから」
王城のメインの建物を出て中庭を突っ切った先にある建物に入ると、カンカン、キンキンという聞き馴染みのある金属音が聞こえてきた。
「ここが修理工房だよ。失礼します」
ウィル様は躊躇することなく、中へ入っていった。
私もあとを追った。
「工房長さーん、リリーを連れてきましたー!」
呼ばれて、体格のいい男性がこちらへやってきた。
「どうも……って、嘘だろ? こんな若い子なの!? ドワーフの職人はレベルが高すぎて怖いな」
「ドワーフの族長さんも、リリーのことは『稀代の天才』だって言ってたから、ドワーフの中でも別格なんじゃないかなー」
私は顔が熱くなってしまった。
お父さんは酔っ払ってなくても、オーバーなことを言うの? それとも王城で酔っ払ってたの?
「ここで製作できるか、よく見てって。ここに持ち込まれるものは多岐に渡るから、一通りは揃ってるはずだけど、ドワーフとは使用してる道具が違うかもしれないし」
「いいえ、道具は変わらないって聞いたことがあります」
だからドワーフの職人用の道具を売ることもある(間違っても武器にはならなそうなもの限定だけど)。
私は工房を見回した。
ドワーフの工房とは異なる造りなのに、工房内の空気は一緒だ。懐かしい。
ネックレスとイヤリングの製作工程を思い浮かべた。その手順ごとに必要な道具を思い出し、それらが工房にあることを確認していった。
「材料さえあれば、ここで作れます。ただ……」
「何? 言ってごらん」
ウィル様の声は優しい。
「ドワーフの工房では、採掘した宝石を自分たちで研磨とカッティングして使っています。ですが、ここではそれができません。それに、もしそのための設備を揃えてもらったとしても、専門外なので私ではできないんです。だから……」
ウィル様は『うん?』と、どこまでも優しく尋ねてくれた。
「その……宝石はあらかじめ研磨•カッティングされたものを用意してもらわないといけなくて……それはたぶん原石よりもずっと高価だと思うんですけど……」
だって、『そのほうがお金になるから』と、ドワーフの村では採掘した原石をそのまま売るのではなく、わざわざ研磨してから売っているのだ。
「そんな心配は不要だよ。母上のお願いなんだよ? 父上なら、王国中の宝石を買い占めてくれるよ!」
ウィル様は笑い飛ばした。
「わっ、困ります! そんなにたくさん、使い切れません!」
「分かってる、分かってる」
「リリーさん、それじゃあ、これからは工房の仲間としてよろしくってことでいいのかな?」
工房長さんがニカッと笑った。
「必要な材料をメモに書いて、彼に渡してくれるか? 彼が、材料の発注責任者なんだ」
工場長さんに指名された男性が、微笑んでペコリと頭を下げた。
「ドワーフの職人と一緒に働けるなんて、王国中の職人という職人が羨ましがるな。材料がそろったら連絡するから、そうしたらいつ来てくれても構わないよ。楽しみに待ってる」
工房長さんが歓迎してくれているのが伝わってきた。
「がんばります!」




