2. ようこそ、王城へ⑤
さっそく翌日からテオ様との庭の手入れは始まって、そのまま私の日課となった。
短時間とはいえ、毎日一緒に中庭でおしゃべりをしながら作業しているお陰で、テオ様とはすっかり打ち解けることができた。
授業のほうは、あのあとウィル様と相談した結果、礼儀作法、自然科学、歴史学を受けさせてもらうことにした。それから馬術も見学だけ。
外国語と算術、剣術については辞退させてもらった(ウィル様は外国語も受けてほしそうだったけれど……ごめんなさいっ、ノーサンキューです!)。
それでも、国王様と王妃様からは直接お礼を言われるほど感謝されてしまった。
「テオったら、リリーさんと一緒なら『明日から心を入れ替えて真面目にがんばります』って。リリーさんは救世主だわ」
王妃様の感激っぷりから、それまでのテオ様の授業態度が窺えた。
王子様とはいえ、まだ7歳だもんね。
不敬かも……と思いつつ、こっそり笑ってしまった。
それと2日と空けず、ウィル様からお茶に誘われるようになった。
たぶん、王城での生活で困り事がないかのヒアリングをするためだと思う。
今日は、授業についていくのは大変でないかを確認された。
出席してみて、テオ様の気持ちがすぐに理解できた。7歳向けとは思えないほど授業は難しい。
ドワーフの村の7歳児がこの授業を受けたら、すぐに舟を漕ぎだすか、逃走するかのどちらかだろうな。15歳の私でもついていくのがやっとなのだ(それなのに笑ったりしてごめんなさい!)。
「難しいことは難しいですが、今のところは何とかなってます」
「それならよかった。テオのほうも、やる気を取り戻したんだよね」
聞けば、先生たちは私がどの程度の教育をドワーフ村で受けてきたか知らない。だからその都度、授業内容を理解しているかの確認が必要になり、ついでにテオ様の理解度もチェックしてもらえるようになったのだという。
「テオはあれでなかなか賢いんだ。テオひとり相手にしてたときは、先生方も大丈夫だろうって安心しきって、授業を先へ先へと進めてしまってたみたいなんだ。テオはそれがツラかったんだな」
「でも、テオ様は授業中に分からないことがあれば、『分かりません』ときちんと言えてますよ?」
「それもリリーのお陰だよ。以前に『分かりません』と言ったら、僕に教えてたときには『そんなことはなかったのに……』って、ため息を吐かれたことがあって、正直に言えなくなってたんだって。でも、リリーがいてくれるとそれがないから、また『分かりません』って言えるようになったみたい」
「テオ様、可哀想に……」
「本当だよ。『そんなことはなかった』も何も、僕は如何に先生の興味を引く雑談を持ち出して、授業を脱線させるかに必死だったのに」
「えっ、ウィル様が?」
本当に?
「そうだよ。不真面目な生徒だったよ」
「い、意外ですっ」
「なら、リリーは小さい頃、真面目に勉強してたほう?」
「……いえ」
全く、これっぽっちも……
「ほら。みんなそんなもんだよね」
「でも、ウィル様は王子様だし」
「勉強が好きか嫌いかに、出自とかそんなこと関係ないよねー」
胸を張るウィル様がおかしくて、私は噴き出してしまった。
「だけど、私は自然科学の授業中は面白いと思ってるんですよ」
細工師としての経験と授業で教わる知識が結びつく瞬間があるからだ。
「それはうれしいな。王城にいてもらってる上に、勉強までしてもらってて申し訳ない気がしてたんだ」
「そんなことは……それに授業がないと、たぶん暇を持て余す気がします」
庭の手入れと授業以外の空いた時間には、中庭を散歩するか、書庫から本を借りてくるくらいしかすることがない。
「メリーは刺繍とか好んでたんだけど……」
「刺繍!?」
思いっきり眉尻を下げてしまった。
「リリーにも何か好きなことを見つけてもらえるといいんだけどなー」
ウィル様がそう独りごちた。
そういえば、初めてウィル様からお茶に誘われたとき、『初日に着ていたワンピースを着てきて』と謎の指定があった。
まあ、他に着ていける服もないから、指定されなくてもそれを着ていったんだけど……
指定されたテラスに到着した私を見たウィル様は目を細めて『うん、うん』と頷いた。
「そのワンピースを着たリリーがすごく印象的だったんだよね」
ウィル様はドワーフの文化に興味があるのかも。
お母さんとお祖母さんに話したら、きっと喜ぶんだろうなー。
それでもいつも同じワンピースっていうのは如何なものなんだろう?
そうかといって、つなぎ服っていうのも……
あれはあれで、庭いじりには最適なんだけど……
そんなふうに考えるようになっていた頃だった。
「リリー様、ドレスが出来上りましたよ」
イヴリンさんが、ハンガーに吊り下げた状態でドレスを部屋まで持ってきてくれた。
先日採寸した際、好みの色や素材、はたまたデザインについて質問された。
けれど何ひとつ答えられず、全てイヴリンさんにお任せで作ってもらうことにしたのだった。
イヴリンさんが1着ずつ見せてくれた。
ドレスのことは分からないけれど、どれも素敵だと思った。
それに、次ウィル様からお茶に誘われたときには違う服装ができる!
授業も今度からこれを着て出ようかな? 何も言われたことはないけれど、つなぎ服はやっぱり相応しくないもんね。
断ったのに、それでもドレスを作らせてくれたイヴリンさんには感謝しかなかった。
「試着してみましょう」
うわっ、これは自分ひとりでは着られなーい!
王城に来て2日目の朝に、イヴリンさんが着替えの手伝いを申し出てくれた理由がやっと分かった。
今回は素直にイヴリンさんに手伝ってもらって着替えた(恥ずかしかったけれど)。
着替え終わったら、鏡の前に立って自分の姿を確認した。真っ直ぐに立ったり、横向きになったり、クルクル回ってみたりもした。
そうしているうちに強い衝動に駆られた。
「あのっ、紙とペン! それから、もしあるなら絵の具がほしいんです!」
イヴリンさんは私の様子に少し驚いたようだった(あのイヴリンさんが!)。
「もちろんございますよ。少しだけお待ちください」
そう言うと、イヴリンさんは部屋を出て行った。
戻ってきたときには、私がほしがったものを全て抱えていた。
「ありがとうございます!」
受け取ってお礼を言うと、私はすぐに机に向かった。
あのラベンダー色のドレスに合わせるなら、こんなネックレスがいい!
グリーンのドレスには、こんなのが合う!
いっそ、全てのドレスに合わせようとしたら、どんなのがいい?
イヤリングは? カチューシャは?
たとえば結婚式のような特殊なケースでもない限り、誰がどんなシーンで身に付けるか分からないで、アクセサリーをデザインして作ってきた。
具体的なドレスに合わせてアクセサリーをデザインするのはこれが初めてだったものの、私は夢中になって描いた。つなぎ服に着替えるのも忘れて、ドレスのままで。
筆を置いたとき、それまでそっとしておいてくれたイヴリンさんが近くまで来て、デザイン画をしげしげと眺めた。
「リリー様は、絵がとてもお上手なのですね。それに素敵なデザインです。こんなアクセサリーが実際にあったらいいですね」
イヴリンさんは褒めたつもりのはず。
そうと分かっていても、私は自分の身体の中の熱が急激に冷めていくのを感じた。
そう、実際には存在ないし、これから先もこれを作れる日は来ないんだ。
「ただの落書きです」
私はデザイン画を1枚残らずゴミ箱に放った。




