第229話 ケーキを作ります!
〇(地球の暦では12月24日)テラ 水の日
「ソル、ルーミン、手伝いに来……なにこれ?」
寮の台所にやってきたマルカが、籠の中に山のように積まれた卵を見て驚いている。
「ケーキを作ります!」
今日、地球ではクリスマスイブ。ようやく砂糖に余裕ができたから、せっかくなら作ってみようかとなったのだ。
「けーき? ……よくわからないけど、あなたたちが作るのなら美味しいはずね。それで、私は何をしたらいいの?」
「まずはスポンジになる生地を作りますので、卵を割って白身と黄身とに分けてください」
「白身と黄身を? えーと……」
「見てて」
マルカに卵の殻を使った卵白と卵黄の分け方を見せてあげる。
「一個ずつなんだ……こ、こうかな?」
「はい、いい感じです。もし黄身が白身に入ってしまったら、それは他のと一緒にしないでください」
「わ、わかった」
ということで三人で卵を割っていく。卵白と卵黄を分ける装置を作ってもいいんだけど、そう頻繁に使うことがない物まで揃える必要はないと思っている。
「で、できた」
マルカが担当した十個ほどの卵の内、失敗したのは一個だけ。初めてにしては上出来だと思う。ちなみに、失敗したものは後から別の料理で使う予定だ。
「なんだか楽しくなってきた。次は?」
「マルカさんは黄身の方を混ぜてください。私たちはその間に白身を混ぜます」
卵黄が入ったボウルに、用意した砂糖の1/3ほどを入れてマルカに渡す。
「混ぜ方は?」
「しばらくの間、しっかりとです」
マルカが『こうかな』と言いながら卵黄を泡立て器で混ぜ始める。
「さてソルさん、こちらも……」
残りの砂糖のうち1/3を卵白に投入し、まずは私がボウルを押さえて……
「いきますよ!」
ルーミンは手に持った泡立て器でボウルの中のとろみのついた卵白を回し始め、徐々にその速度を上げていく。ボウルの中からはシャカシャカシャカシャカと激しい音がしてくるが、中身は飛び散っていない。さすがルーミン。
「え!? そんな感じなの?」
確かにマルカの混ぜ方とは勢いが違いすぎる。
「い、いえ、そち、ら、は、それ、で、いい、です!」
海渡によると、卵白をメレンゲにするには最初のスピードが大事らしい。
っと……頭の中で数えた数字がそろそろ60。
「ルーミン、3……2……1……」
『0!』と言って、手を止めたルーミンはハアハアと肩で息をしている。
「こっちは?」
「はあ、はあ……マルカさんは、もう少し、お願いします」
続けて卵白の方は、残りの砂糖の半分を入れて再びかき混ぜる。次は私の番。ルーミンにボウルを持ってもらって……
「行くよ!」
シャカシャカと、とにかくできるだけ早く腕を回す。最近は洋菓子についても勉強を始めた海渡によると、メレンゲは卵白の中にいかに多くの空気を入れ込む事ができるかが重要みたい。ただ、混ぜ込み過ぎるといけないらしくて……あ、角が立ってきた……そろそろ?
「はい!」
ルーミンの合図で手を止める。
ふぅ、腕が千切れるかと思ったよ。
「えーと、マルカさんの方もよさそうですね」
「二人を見てて心配になったけど、こっちはこれでいいのね」
うん、卵黄もうまいこと混ざっているみたい。
そして卵白の方は、残りの砂糖を全部入れてルーミンが仕上げに軽くかき混ぜて完成。
「次に白身と黄身を混ぜ合わせて、さらにこちらの小麦粉を加えます」
この小麦粉は、前もってふるいに掛けてたもの。これを用意した分量の半分を入れて混ぜ、混ざったらさらに残りの小麦粉を投入して混ぜる。
「終わったよ」
「では次に温めたバターを加えます」
「バターまで! これで完成?」
「いえ、まだまだ続きますよ」
ケーキのスポンジ部分を焼いている間に、生クリームの準備を行う。ちなみに焼いているのは、元々寮の台所に備え付けてある家庭用のパン窯。それにちょっとだけ手を加えて、スポンジケーキが焼けるようにしたんだ。
「ふむふむ、生クリームは途中まではバターを作る時と同じやり方なのね」
「ええ、ミルクを濃くするところまでは一緒で、その後の混ぜ方によって出来上がりが変わってきます」
空気を入れるようにシャカシャカだと生クリームに、ガチャガチャだとバターって感じかな。
「こちらにも砂糖を入れて……」
外の冷たい水の入った桶にボウルを浮かべながら、ルーミンがテンポよくシャカシャカと混ぜていく。
「ここでも砂糖をこんなに……ちょっと前なら考えられない。ニムルでは砂糖を見ることは滅多に無かったのに、こんなに変わるものなのね」
ルーミンが頷いている。私だってそうだ。地球でパンケーキを食べた時にテンサイの話題が出てこなかったら、砂糖を手に入れるのはまだまだ先のことだったかもしれない。
「はい、これもこんな感じで角が立ってきたら完成です。味見してみますか?」
「いいの!」
小皿にちょっと移した生クリームを、三人がそれぞれ手で掬って口に運ぶ。
あまぁぃ!!
「美味しいですぅ」
「これは……何て表現したら……幸せの味?」
わかる。なんだか体中に甘味成分が行き渡っていっている気がする。
「そろそろ、スポンジも焼きあがります。冷めたら飾りつけをしますよ」
〇12月24日(水)地球
それぞれの学校で終業式を終えた後、みんなが僕の部屋に集まった。
「「「メリークリスマス!」」」
ジュースで乾杯した後、近くの洋菓子店で買ってきたブッシュドノエルに舌鼓を打つ。
「この時期はこれだよな。で、カインのケーキはどんな感じだったんだ?」
「はい、手に入る果物が酸味の強いリンゴくらいしかありませんので、生クリームだけをデコレートしました」
「生クリームだけか……白一色?」
うんと頷く。
イチゴがあったら乗せたかったんだけど、あちらで見たことがないんだよね。ちなみにチョコレートの元になるカカオも……どちらも原産はアメリカ大陸方面みたいだから、手に入れるのは並大抵のことではないと思う。
「みんなの反応は?」
「それはもう、驚いてましたよ。こんな美味しいものがあるのかって」
昨日カインで作ったのは、大きなホールケーキを4台。それをそれぞれ8等分して、工房と鍛冶工房の職人さんたちに食べてもらったんだ。
「それで、何人かは作ってくれそう?」
「いえ、何人もですよ。作り方を教えてくれって囲まれてしまいました」
ルーミンやソルだけでなく、マルカのところまでね。ふふ、風花はしめしめといった表情だ。これでまた、泡立て器やボウル、粉ふるいといった道具が新しい商材になると思っているんだろう。
「それでお二人のお戻りは、やっぱり30日くらいになりそうなんですか?」
「たぶんな。道がぬかるんでて、ゆっくりとしか進めねえんだ」
ユーリルたちは昨日コルカを出発したと言ってた。コルカからカインまでは、普段なら馬で5日の距離なんだけど今回は7日の予定。でも、帰って来れるだけすごいと思う。
「わかりました。お戻りになられましたら、作って差し上げますよ」
「マジか! それは嬉しいけど、これからいつでも食えるんだろう。そんなに慌てなくてもいいぜ。なあ、風花」
うんと頷く風花。
「それがですね。生クリームは冷えてないといけませんので、冬の間しか食べることができないのです」
そうそう、暑いと溶けちゃうんだ。だから、冷たい水や氷が手に入りやすい時期にしか作れない。
「ああ、そうか。冷蔵庫……電気を作るのはしばらくは無理だな。でも、氷室とかなら……帰ってからパルフィと話してみるわ」
もし、それができたら一年中楽しむことできるかも。




