第222話 1個あたり89キロカロリーだって
〇(地球の暦では8月27日)テラ 水の日
朝ごはんの片付けを終わらせた後で同じく当番だったルーミンと一緒に工房横の広場に向かうと、リュザールの荷馬車に荷物を積み込んでいるユーリルたちの姿が見えた。
「手は足りてそうですね」
ユーリルだけでなくリュザールにアラルク、それにジャバトもいる。ここに私たちが入り込んだら、むしろ邪魔になりそう。
「だね、あっちに行こうか」
ということで、同じく広場の片隅にある馬止め用の杭のところで、小さい体を大きく伸ばして馬にブラシをかけているマルカの元へ。
「お疲れ様、キレイにしてあげているの?」
「あ、うん。これからしばらくの間、私たちを運んでくれるから」
ふふ、マルカは優しいな。
「私たちも手伝うよ」
手分けして三頭の馬にブラシをかけていく。
今日出発する隊商に、ユーリルだけでなくアラルクとマルカもついていくことになった。マルカが妊娠していたら無理をさせるわけにはいかないんだけど、今のところその兆候は無いみたい。ただ、旅の途中で初期症状が出てくることも考えられるので、その時は慌てずゆっくりと戻って来るように伝えている。
ちなみに、四人はコルカまでは一緒でその後はユーリルだけがその先の温泉が出る村へ。アラルクとマルカはクトゥさんのところで挨拶がすんだ後はナムル行きの隊商に合流して、マルカの実家で結婚の報告をする予定だ。
「ねえソル、本当に私が行ってもいいの?」
マルカが馬の肩越しに尋ねてきた。
「うん、お母さんたちを安心させたげて」
これからは、みんなにも定期的に休みを取ってもらおうと思っている。そのためにも、マルカにはきちんと休みを使ってもらいたい。
「ありがとう。でも、びっくりするだろうな。春にもう会えないつもりで別れてきたから……」
これから、ちょっとずつでも里帰りする習慣が広まってくれたらいいと思う。ただ……盗賊は少なくなったとはいえ、いるみたいなんだよね。そのあたりを解決しないと難しいかな。
あっ、リュザールたちがこっちを見てる。
「そろそろ出発みたいだよ。馬を連れて行こう」
〇9月7日(日)地球
お昼前、手に袋をぶら下げて、いつものメンバーが僕の部屋に集まってきた。
「皆さん、準備はいいですか?」
各々が定位置に座ったタイミングで海渡が聞いてきたので、僕を含めたみんながうんと頷く。
「さて、それではいきますか。第一回、地元のお土産コンテスト!(食べ物編)」
みんなから拍手が上がり、そして静寂が訪れる。
えーと……
「だ、誰からいく?」
誰が何を持ってきているかわからないから、一番目は緊張するよね。
「こほん、仕方がありませんね。では、言い出しっぺの僕から」
海渡が紙袋を開いてゴソゴソと……今回のコンテスト、関東の親戚のところに行くときに何を持って行ったらいいのかいつも悩んでいるという凪ちゃんのために、海渡がみんなのおススメを教えてあげたらどうですかと言い出したのが最初なんだ。
「ふふー、これです!」
海渡がテーブルの上に載せたのは発泡スチロール製の小さな箱。
この箱ってことは……
「じゃん!」
やっぱりアイスだ。それもカステラの生地に挟まれたやつ。あれ? これって確か……
「おっ! テレビにでてたやつじゃねえか」
だよね。近所のケーキ屋さんが作ってて、全国放送で紹介されてた。それからしばらくの間は、手に入れるのが難しいほどの人気だったはず。
「温度管理に注意が必要ですが、味は保証します。どうぞ!」
うんうん、元々カステラとアイスクリームが有名だったお店で、それを合体させたんだから美味しくないはずがない。ということで、試食開始。
「うわぁ、アイスが口でとろける」
「うま、アイスとカステラの甘さが絶妙だな」
「ふふ、いかがですか、こんな感じでアイスが少し柔らかくなっているところがポイントです」
なるほど、冷凍庫から出してすぐじゃない方がいいのか。うん、美味しかった。
「ふふ、これに勝つお土産をお持ちの方はおられますか?」
「はい! 次はボク」
風花がテーブルの上に置いたのは……
「ハトシか!」
「うん、ボクこれが大好きなんだ」
ハトシというのは、食パンの間に魚やエビのすり身を入れて揚げたもの。元々は中国から伝わったと言われていて特別な席で出てくる料理だったんだけど、最近はお祭りの出店とかでも売られているから結構見る機会は多い。
「お土産にもあるんだね。ではいただきます」
きつね色になったパンを口に運ぶ。
サクッという食感、そして口に広がる海の香り。うーん、これこれ。ハトシだ。
「クセになる味ですよね」
「ああ、これ買って公園でパクつくのもいいんだよな」
「ね、美味しいでしょ。次は?」
次は、
「僕」
ということで、テーブルの上にさっき駅から買ってきたお菓子を乗せる。
「おお! このパッケージはカスドース!」
「はい、まさしく一口大のカステラ生地を卵黄に浸して、それに砂糖をまぶした甘党垂涎のお菓子カスドースに間違いありません」
そうだけど、そんなに仰々しいものでは……
「ねえ、樹。ボク、これ初めてなんだけど、そんなに甘いのならカロリーも凄かったりするの?」
カロリー……気にしたことなかった。パッケージを見てみる。
「えーと、1個あたり89キロカロリーだって」
「小っちゃいのに二つで食パン一枚分くらいか。うーん、なかなか……でもまあ、たくさん食べなかったら大丈夫そうだね」
ということで、こちらも試食タイム。
「ふわっふわっです!」
「あれ? 思ったほど甘くない。味が濃いからかな」
「はい、卵が濃厚ですからその影響かもしれません」
なるほど。
「それじゃ、最後は……」
「あ、あの……」
凪ちゃんから手があがる。
「僕も持って来たものがあって……いいですか?」
今日は凪ちゃんのためのイベントだったけど、凪ちゃん自身も僕たちに勧めたいものがあるみたい。海渡が『もちろんです』というと、凪ちゃんがテーブルの上に花柄の紙袋を上げて中身を取り出した。
「凪ちゃん。それ……」
「はい。これ、美味しいんですよ」
凪ちゃんのおススメは、なんと魚の干物!
「へぇ、焼きアゴですか。煮干しを見たことはありましたがこれは初めてです」
アゴと言うのは方言で、一般的にはトビウオと呼ばれている魚。こちらでは焼いたものを粉末にしてダシにすることが多いんだけど、焼いたままなのは珍しい。
「どこで買ったの?」
「スーパーには売ってないので、駅の土産物屋さんで」
なるほど、それでなかなか見かけないんだ。
「んじゃ、いただくか」
みんなはそのままかぶりついたり、手でちぎったりと思い思いにアゴを楽しんでいる。
「案外柔らかいね」
「うん、焼いた後、叩いているのかも。それに、ダシになるだけあって味がいいよ」
「はい、ご飯が欲しくなっちゃいます」
ほんとだ。
「ご飯持ってこようか?」
数人が首を縦に……
「待て! 俺のがまだだ。今、ご飯食ったら入らなくなるだろう」
それもそうだ。というわけで、竹下の番。
「俺のは!」
竹下がテーブルの上に出したのは、地元名物のカステラ。関東ならともかく、ここでは特に珍しいわけでもなく……
「はっ! もしかしてあそこのですか!?」
慌ててパッケージを見る……マジか。竹下は……誇らしげな表情だ。やったな。
「よく買えたね」
「朝から並んだからな。でも、よかったぜ。俺の何人か後ろは申し訳ありませんって言われてたからよ」
竹下が買ってきたカステラは近くにある老舗のお菓子屋さんが作っていて、以前から美味しくて有名だったんだけどさらに芸能人がテレビで推したものだから観光客にも人気が出て、今では地元民でもなかなか手に入れることができない代物に。僕も、記憶にある範囲では一回しか食べたことがないと思う。
「遠慮なく食べてくれ」
ということで、一斤を五人で分けて頂く。
「おぉー、しっとりしてて濃厚。噂通りですぅ」
「甘さも、くどくなくてちょうどいい。美味しい!」
「くぅ、このザラメが。自分で買ってきてなんだけど、ほんと美味えな」
うんうん、みんなが並ぶだけのことはあるよ。
さてと、そろそろ時間だ。
「海渡」
空になったお皿を未練がましく眺めている海渡を促す。
「おっと、そうでした。凪ちゃんどうでしたか?」
「はい、初めて見るものもあって、とても参考になりました。今度行くときの参考にさせていただきます」
貰う人の好みもあるから、それに合わせて選んだらいいよね。
「お、暁から……準備ができたようだぜ」
竹下がスマホを見て報告してくれた。よし、ここからは情報交換の時間だ。




