第219話 飲み過ぎると死んじゃうこともあります
〇(地球の暦では8月16日)テラ 土の日
朝、荷馬車に硬貨を積み込み中央広場に向かう。
「アラルク、クトゥさんたちは何か言ってた?」
今日も隣の御者台に座るアラルクに尋ねる。昨日は夕食が終わった後から家族のところに行っていて、朝、大部屋で起きるとリュザールの隣で寝息を立てていたから、たぶん私たちが寝静まった後に戻ってきたんだと思う。
「うん、マルカのことをたくさん聞かれたよ」
だと思う。今回のコルカは、アラルクにとって結婚してから初めての里帰り。クトゥさんたちとの積もる話もあったはずだ。
「それでね。母さんがマルカに会ってみたいって……」
アラルクが遠慮がちにこちらを見た。わかる。こっちの世界では、一度違う村に行った子供が奥さんや旦那さんを紹介しに親元に戻る習慣がないもんね。でも、
「これが終わったら休みを取ってもいいよ」
テラでもだんだんと生活に余裕が出てきているから、そういう習慣を作ってもいいと思う。
「ほんと! 帰ったらマルカと相談してみる」
マルカが妊娠したら動きにくくなるから、その前にこことかマルカの実家のあるニムルとか回った方がいいだろう。
「それにしても、昨日は大変だったね……」
アラルクの呟きにうんと頷く。
クトゥさんの隊商宿で荷物を下ろした後、荷物番をリュザールに任せてアラルクと一緒にファームさんにパルフィが双子を出産したことを伝えに行ったんだけど、そりゃまあ大騒ぎ。ファームさんがすぐにでもカインに行こうとするから、一緒にいたパルフィのお兄さんと一緒になって止める羽目に……結局、騒ぎを聞いてやってきたおばちゃんに(力ずくで)説得してもらって、なんとか事なきを得たという感じ。どうやら、冬までに納めないといけない大量の注文が残っているらしくて、鍛冶工房を休むのは難しいみたい。それからおじさんがおとなしくなった後で、おばちゃんがにっこりと笑って春になったら家族で行くからパルフィに伝えておいてくれって言ってた。血は繋がっていないとしても、初孫だからみんな会いたいんだと思う。
「あれ? リュザールだ。おーい」
アラルクが前方に向かって手を振る。
ほんとだ。先に中央広場に行ってたリュザールが、馬に乗ってやってきた。
「ソル大変。広場で頭と打ち合わせしていたら、急に痛みで苦しみだしたんだ。薬を持っていたよね」
「うん、父さんからいくつか預かってきてるけど、コルカの薬師さんは?」
腕のいいおじいちゃんがいたはず。
「朝から息子さんと一緒に隣の村まで往診に行ってるみたい」
留守なんだ。確かコルカに他に薬師さんはいなかったはず……
「わかった。それで症状は?」
まだ見習いの身分だけど、痛がっている人を見過ごすわけにはいかない。
リュザールの黒鹿毛に乗り、中央広場に急ぐ。
お頭さん、リュザールの話ではかなり痛がっているみたい。症状的にたぶんあれだし、一刻も早く薬を飲ませたい。ということで、荷馬車をリュザールとアラルクに任せて飛び出してきた。
リュザールは中央広場の端っこって言ってたけど……あれだ! 人だかりができてる。
「ぅ、ぅぅ……」
「頭、もう少しの辛抱だ。リュザールが薬師を連れきてくれる」
お頭さん、リュザールの言ってた通り右の脇腹を押さえている。それに、遠目でも脂汗がすごいのわかる。かなり痛そうだ。
「大丈夫ですか?」
近くで馬を降り、薬が入った麻袋を持って近づく。
「いやな、頭が急にうずくまってよ。どうも痛いらしいんだ。それで、カインのリュザールが薬師にあてがあるというから待ってんだが……まだか?」
「あ、あのー、私がその薬師で……」
「へ?」
周りの人から注目が集まる。
「いや、さすがにそれは……」
女の薬師なんて聞いたことがないよね。でも、
「早くしないとお頭さんが……薬も持ってきてます」
「頭が大変なのはわかるが、どうしてお前が薬を持っているんだ……まさか!」
えっ……あたりから殺気が……どうして? ……わ、わからないけど、お頭さんをこのままにしておくわけにはいかない。
「一刻を争います。早くお頭さんに薬……を……」
数人が鬼のような形相で前に立ちはだかった。
もしかして、毒か何かを飲ませると勘違いされてる?
ちょっ! 周りの人たちがにじり寄ってきた。いくら武術の鍛錬を続けていると言っても、相手は手練れが多い行商人さんたち。それにこの人数が相手では、さすがに分が悪い。
「待って。みんな落ち着いて。その人は大丈夫」
人をかき分けて若いお兄さんが前にでてきた。
「この子はカインの薬師タリュフさんの娘さんで、名前は確かソルちゃん」
「カインの?」
「うん。前さ、ここが避難民であふれかえってた時にタリュフさんに来てもらったことがあったじゃん。そん時にうちのばあちゃんが腰を痛めて、最初薬師が怖いって言うのを無理矢理連れて行ったんだよね。そしたらこのソルちゃんが診察してくれて、ばあちゃん帰りには優しくしてくれたし痛みは取れたしでニコニコで……」
あっ、あの時の! そうそう、おばあちゃんが自慢の孫だって言ってた。
「でも、薬を……どうして?」
「今私は薬師見習いですが、父から万一のためにいろいろな薬を持たされています。症状をリュザールから聞いて、お頭さんに必要な薬がありましたので駆けつけて来ました」
「見習いか……でも、タリュフさんの薬なら……」
「な、何でもいいから早く……」
前に立ちふさがった人の足元から、お頭さんの手が……這いずってきたんだ。
周りの人たちに手伝ってもらって、薬が飲みやすいようにお頭さんの体を起こす。
そして、麻袋の中から木のお椀を取り出し、茶色い線が真ん中に入った木筒から一回分の粒状の薬を入れて、それに羊の皮で作った水筒から水を加えて混ぜる。
「これを飲んでください」
お椀を手に取った親方さんは、苦しそうな表情のまま匂いを嗅いでる。
わかる。色合いからして苦そうに見えるよね。それに……
「すみません」
一度渡した木のお椀を受け取り、少し傾けて中のこげ茶色の水を手の甲にちょっとだけ落としてそれを舐める。苦みの中にほんのりと甘みを感じる。うん、この薬はこの味。毒なんて入ってない。
「はい、お返しします」
再び木のお椀を受け取ったお頭さんは、喉をゴクリと鳴らし一気に飲み干した。
「あれ? に、苦くない」
そうそう、色合いはあれだけど、この薬には甘みのある薬草が入っているから、そこまでではないんだ。
「薬が効くまでもうしばらくかかります。そのままの格好で構いませんので、少しお話を伺っていいですか?」
コクリと頷くお頭さん。
「普段水をどれくらい飲まれていますか?」
「……い、家では一日にお茶を4~5杯。外ではあまり飲まねえな」
「カルミル(馬乳酒)は?」
「俺はあの味が苦手なんだ」
ふむふむ、水分量は不足気味。それにカルミルを飲んでいないのなら、カルシウムが足りてないかも。
「クミの葉を食べることは?」
「美味えからよく食べるぜ」
クミの葉というのは、緑色の葉っぱの部分を茹でて食べるこのあたりによく生えている植物。地球での名前はホウレンソウ。でもまあこれで何の病気かおおよそわかった。リュザールから症状を聞いて予想していた通り、お頭さんが患っているのはたぶんだけど尿路結石。私は経験がないけど、かなり痛いらしい。
「あれ? お頭、普通に喋ってる」
「え? ……おっ! 痛くねえ。治った!」
うんうん、この薬は即効性があって筋弛緩系と鎮痛の効果があるんだ。ただ、
「痛みが止まっただけです。痛みの原因の石を取り除かないといけません」
「い、石!?」
「なんでそんなものが体に?」
周りがざわざわと……
「石と言ってもその辺に落ちているようなものではなくて、食べる物の種類によって体の中で作られるものです」
みんな自分の体を見たり、お腹を触ったりしている。
「水をたくさん飲んでいたらおしっこで出ていくんですけど、大きくなってしまったらこうやって悪さをしてしまいます」
視線がお頭さんの方に集まる。
「な、なあ、ソルちゃん、俺、もう治らねえの?」
にっこりと笑って、麻袋から白い横線の入った木筒を取り出す。
「これを飲んだら大丈夫です」
先ほどのお椀に、木筒の中の薬を入れて水を注ぐ。
「おっ、これは苦そうじゃねえな」
あっ! 一気飲み……
「!!! うげぇ、苦げえ。み、水……」
やっぱり。この薬は特別苦いんだよね。でも、尿管の石を出すためには必要なんだ。
「はい」
水筒を渡すと、お頭さんは口を付けてそのままガブガブと飲み始めた。
「ふぅ、ふぅ……」
落ち着いたかな。
「この中に入っている薬をこれくらいずつ、朝晩水と一緒飲んでください」
手のひらに小さな丸を書いてだいたいの量を示し、お頭さんに白い横線の木筒を渡す。
「おう、このくれえだな」
「そして、これは頓服なので痛みが出た時だけ」
茶色の横線が入った木筒から薬を取り出し、持ち運び用の小さな木筒に詰め変えて渡す。
「もう、あの痛さは懲り懲りなんだが……あのよ、この茶色いの先に飲んでたらいけねえのか? 飲みやすかったし」
「ダメです。飲み過ぎると死んじゃうこともあります」
副作用があるので要注意なんだ。
「わ、わかった」
「それと、水はできるだけたくさん飲んでください。無理なら仕方がありませんがカルミルも」
親方さんは首をコクコクと縦に振った。




