第216話 僕は元気が残っていたらお付き合いします
「二人とも、いつものやつを着てらっしゃいましたね」
更衣室に向かう間の話題は、やはり水着について。
「いつものって、俺はあれしか見たことねえけど、もしかして違うのもあるのか?」
「ええ、この前あちらの参考用に買ったやつがいくつかあるんです。もしやと思ったのですが……」
「露出が高かったりとか?」
「まあ、そこそこに……」
「ってことは、お前たちは見たんだな」
竹下からジッとみられる。
「テラに導入するためには、コペルさんにしっかりとお伝えしないといけませんからね。あ、もちろん女の子の気持ちで見てますよ」
そうそう、生地の種類は当然のこと、着た時に立体感を出すための縫製の仕方など、覚えることがたくさんあってなかなか大変な作業だった。
「……まあ、いい。でも、それをテラで着る機会はねえだろう。海は遠いし、カインじゃ川の水が冷たくて泳げねえぞ」
カインの川を流れているのは氷河からの雪止め水。夏場の気温は30度を超えていると思うけど、標高が高いカインでは川を流れる水が温まらないうちに流れ下ってしまう。水温はたぶん20度いくかいかないかくらいじゃないかな。
「まあ、目的はそこではありませんので……」
海渡がこっちを見た。話していいかの確認かな。まあ、竹下ならいいだろう。うんと頷く。
「あのですね、カインの奥様方から頼まれているのですよ。マンネリ防止にいいものは無いかと」
「マンネリって、夜のか?」
「はい」
「ということは、パルフィも……」
竹下がニヤリと笑う。
「はい、育児が落ち着かれたら、恐らく……」
海渡までニヤリと……って、ルーミンは先々着ることになるのに……もしかして着るの楽しみにしているのかも。
水着に着替えた僕たちが桟敷に行くと、風花たちの代わりに由紀ちゃんが座っていた。
「来たか。お前たち、先に泳いできていいぞ」
「先生は?」
「お前たちと違って肌のケアに気を付けないといけないからな。最後にちょっと浸かるくらいがちょうどいいんだ」
由紀ちゃんはそう言いながら、海の上に広がる空を指さした。なるほど、雲一つないカンカン照り。日焼け止め塗ってても安心できない気がする。
ということで、お言葉に甘えて浮き輪を担いで海へと向かう。
「風花たちは?」
「いました! が……」
海渡が指さす先に体育座りで海を見ている二人の姿。
「なんか黄昏てんな。お前たち、何かやらかしたのか?」
なんだろう……いやいや、首を横に振る。
「僕も思い当たりません」
だよね。さっきまで普通に会話してたし。
とりあえず向かうことにして、二人に近づきそっと声を掛ける。
「……泳がないの?」
「あ、うん。みんなを待ってて……」
僕たちを待ってくれてたんだ。
「ありがとう。それじゃ行こうか」
風花の手をとり、海へ……っと、なんか足が重い。
「おや? 凪ちゃん、海嫌いでしたっけ?」
海渡たちの方も足が進んでいない。
「去年の海は平気だったよな」
竹下の言う通り、風花も凪ちゃんも普通に一緒に泳いだと思う。
「あ、あのですね。実は、波が高くて……」
「波が?」
風花を見る。うんと頷いた。確かにここの波はこれまでに風花たちと行ったどの海水浴場よりも高いけど、泳げないほどじゃない。
「お前たち、東京では海に行かなかったのか? あちらも太平洋側だから波は高かっただろう」
「あのね、プールには行っていたけど、有名どころの海水浴場は人が多いし、少ないところは行くのが大変だしで、ボクも凪ちゃんもほとんど行ったことがなくて……」
なるほど、人が多いとそういうことがあるんだ。
「怖かったら無理にとは言わないけど、一緒に入ってみない。これもあるからさ」
僕たちは手に持った浮き輪を二人に見せた。
海に入った僕たちは、それぞれの持ち場につきゆっくりと沖へと向かう。
「それにしても……ほんと海がぬるいですね。お湯の一歩手前って感じです」
凪ちゃんが掴まった浮き輪を後ろから押しながら海渡が呟く。由紀ちゃんが言った通り、温泉が流れ込んでなくても水温は高かった。
「温暖化の影響だろうな。テラではそうならないように気を付けようぜ」
みんなうんと頷く。ちなみに竹下は、僕のシャチ型の浮き輪に上半身を預け、平泳ぎキックで進んでいる。
おっと、正面から大きな波。
「風花、浮き輪を離さないで」
「!」
竹下が持ってきた浮き輪に掴まる風花に指示を出し、風花の後ろに回り浮き輪に手を添える。
来た!
「うわ! お、おぉ……」
波の力で浮き輪ごと風花が浮き上がったけど、無事に元の位置に。
「大丈夫だったでしょ」
「うん、浮き輪はちゃんと浮くんだね」
ふふ、頭では分かっていても、経験しないとわからないこともあるよね。
「おーい、ちょっと待てくれ」
竹下は少し流されてたみたい。
「お待たせ。流されついでに後ろから見てたが、二人ともいい感じだったぜ」
「ほんとですか!」
風花も凪ちゃんも嬉しそう。
「ああ、あとは、自然と体が動くようになったら上出来だな」
経験を積んでいくといざという時に慌てなくてすむ。武術と一緒だ。
ホテルに着いた後、僕、竹下、海渡の三人は、荷物を部屋に置いて大浴場に集まった。
「うぐ、あ、足がパンパンですぅ」
隣の海渡が、うっすらと硫黄の匂いが立ち昇る白濁したお湯から足を出して揉み始めた。
「だな。由紀ちゃん容赦なかったぜ」
僕たちの正面に座っている竹下も疲れ顔。という僕もへとへとなんだ。なんでかというと、泳ぎ終わってバスに乗った僕たちが連れて行かれたのは、ホテルではなくて廃校になった小学校。そこは地域のコミュニティセンターになっていて、入るように言われた体育館の一部には畳が敷いてあった。たぶん由紀ちゃんが申し込んでいたんだと思う。
当然やることといったら武術の鍛錬。元々合宿が目的の旅行なので当たり前といったら当たり前なんだけど、泳いだ挙句にやらされるとは思ってなかったよ。
「現在僕の部屋の子たちは全員ダウン中です。ご飯の時間まで起きないと思います。先輩たちのところはどうでしたか?」
「一緒」
「俺のところも」
ホテルに着いて発表された僕たちの部屋割りはバラバラ、それぞれ下級生の面倒を見ろということらしい。ちなみに僕のところも、部屋に着くなりみんなバタンキュー。お風呂に行こうって声をかけたけど、返ってきたのは寝息だった。
「俺たちも最後まで遊んでいたら危なかったな」
風花と凪ちゃんも含めて僕たちは、由紀ちゃんと荷物番を変わるために早めに海から出たので何とか保てているって感じ。部員の子たちは最後まで海で全力で遊んだ上に、いつもより少し濃い目の鍛錬。堪えたと思う。
「これだけ疲れてたら、問題が起こることもないんじゃねえのか」
「たぶんね」
僕たちがお風呂に入っている間は女子部屋の方には風花と凪ちゃんがいて、やる気になった女の子が抜け出さないかを見張っているはず。でも、そんな気力は残ってないと思う。
「それにしても、風花たちが波を怖がるとは思わなかったぜ」
「はい、あれくらいの波の中で泳いだことが無いのに驚きました」
風花も凪ちゃんも海に隣接しているところに住んでいたからといって、泳ぎが達者かというとそういうわけではなかった。
「こればかりはテラの経験が役に立たないしな」
「ええ、山のことならある程度はわかるのですが、海のことは行商人ですら知らないと思います」
テラの知識を使える僕たちは、山で遭難したとしても生き残る確率は高いと思う。そういう環境で生きているから。でも、海に関しては……
「いつかさ、テラで海に行けるようになったらみんなで泳ごう。その時は風花たちも浮き輪無しでも大丈夫だよ」
「だな、今日で二人ともかなり上達してたみてえだし。んじゃ、そろそろ上がるか。樹はまた夜に入りに来るんだろう」
「うん、ここは露天も気持ちがいいんだ」
ここは大浴場と露天風呂が別々の場所にあるから移動するためには一度服を着ないといけなくて、今はそれをやる余裕はない。ご飯が済んでからゆっくりと来るつもり。
「僕は元気が残っていたらお付き合いします」
「ふわぁ、俺はパス。へろへろでもう一度風呂に入る余裕はねえわ。明日も朝からやるみたいだし、メシ食ったら寝る。なんか面白いことがあったら海渡、明日カインで教えてくれ」




