第215話 やる気になっている女の子はどうだ?
バスは海岸沿いの道を南に進む。
「え、ヤダー、あれ持って来たの!?」
「うん、だって、今日勝負しないと」
後ろから賑やかな声。話の内容からすると、どうも二年生の女の子が意中の男の子の気を引くために新しい水着を持って来たってことみたい。武研では男女関係なく乱取りをしているせいか、結構カップルが成立しているんだよね。そうなると、取り残されて焦る子も出てくるわけで……
「お前たち、すまん。風花にも伝えて、あいつらが羽目を外さないように見守ってやってくれないか」
由紀ちゃんが小声で話しかけてきた。海渡と二人でうんと頷く。今日泊まるホテルは由紀ちゃんの嫁ぎ先だし、何か問題が起こったら一大事。武研が無くならないように気を付けなきゃ。
「う……うーん……zzz」
隣の竹下が、起き……てない。寝返りかな。
「竹下先輩、バスに乗ってからずっとお休みですね」
前の席の隙間から、海渡が覗き込んできた。
「たぶん夜遅くまで調べものしてたんだよ」
こちらで当たり前にできることが、あちらではできないことが多い。というか、前段階の文明水準に届いてないからその当たり前のことをどうやったらできるかを調べることが大変で、外国語で書かれた古い論文や資料をネットや図書館で調べないといけない時がある。でも、そういったものは基礎的な知識が豊富じゃないと理解できないから、もっぱら穂乃花さんと竹下に任せている状態。たぶん昨日も、そういった感じで夜遅くまで頑張っていたんだと思う。ほんと頭が下がるよ。
「しばらく寝かせてあげときましょうね……お、樹先輩、あれ」
海渡の指さす先に白い煙がたくさん上がっている。温泉街だ。えーと、名前は……
「ここは小浜温泉と言ってな。源泉の温度が105度もあるから、入る時は気を付けろよ」
そうそう、小浜温泉だ。って、105度!!!
さすがに熱い温泉が好きな僕でもその温度は無理だな。でも確か、ここの温泉は笹竹を使って温度を下げていたはず。ん?
「海渡、どうしたの?」
いつもなら、そんなのに入ったら体が茹で上がっちゃいますぅって言いそうなのに……
「もうすぐ海水浴場ですよね。見たところ、温泉のお湯が海にもドンドン流れ込んでいるようです。水中からもお湯が出ているかもしれませんし、そんなところに浸かったら、僕たちの体、煮えちゃいませんか?」
「確かに……」
「あはは、心配しなくても海水浴場はもう少し先だ。ただ、最近は気温が高いから、その影響が出ているかもしれんがな」
テレビでもいつもより海水温が高いって言ってた。これも、文明が発展した影響なのだろうか……
「ふごっ! ……着いたのか?」
竹下が目を覚ました。
「あとちょっと。着いたら起こしてあげるよ」
「今日は平日だが、一般の人もたくさん来られている。粗相が無いように。それから……」
バスを降りた僕たちは桟敷を確保して、由紀ちゃんの注意事項を受けている。大智さんのおススメの場所というから地元民しか知らないような場所に連れて行かれると思ったら、なかなかどうして人気の海水浴場だった。
「……最後に、行動は常にだれかと一緒、一人にはならないこと。わかったか」
「「「はい!」」」
「よし、出発は二時間後、それまでは自由行動とする。解散!」
みんなが動き出したのを見て、僕と竹下と海渡の三人は桟敷に敷かれたゴザの上に腰を下ろす。特別参加組なので、最初の荷物番として立候補したのだ。
「ふー、竹下先輩、お加減は? ふー」
浮き輪を膨らませながら陸が尋ねている。
「ふー、もう、スッキリ。あんなに眠れるとは思わなかったぜ。ふー」
竹下も浮き輪を膨らませながら答えている。時間ギリギリだったのに二人とも浮き輪を忘れていない。
「よし、完成。んで、ボヤーっと聞こえてたんだけど、俺たちは下級生の様子を見守っとけばいいのか?」
「ふー、うん、いつも目があるよって感じさせるくらいでいいと思う。ふー」
せっかく楽しみにしていた海だから、男女が近づくなとか無粋なことは言わないつもり。ただ、周りが見えなくなっていたら実力行使に出ないといけないけどね。
「僕もできました……樹先輩、お手伝いしましょうか? それ、大変でしょう」
「ありがとう。ふー、もうちょっとだから、大丈夫。ふー」
実は僕も僕用の浮き輪を持ってきているんだ。少し大きいからいつもは空気入れを持ってくるんだけど、今日は帰省中のお兄ちゃんも海に行ってて、そちらに持っていかれてしまっていた。
「疲れたら言ってくださいね。それにしても……」
海渡が海の方を見て呟く。
「遠浅でいい砂浜ですが、なかなかの波の高さですよ。見てください、あの子は波に向かってフライングボディアタックかましてます」
ほんとだ。……あ、負けた。まあ、勝てないよね。地元の子かな。スクール水着を着た男の子たちが、わちゃわちゃやってる。
「ここは湾の外側になるみたいだぜ。ほら、正面に見えるのは天草だってよ」
竹下がスマホを見せてくれた。天草まで泳げそうな距離だけど、これだけ波が高いと途中で流されるかもしれない。あっ……
潮の香りを孕んだ海からの風が、僕たちの間を駆け抜けていった。
「……あちらの海はどんな感じなんですかね」
「どうだろうな。こっちとまったく違うかもしれねえよな」
ほんと、どうなっているんだろう。カインから一番近い外海は、たぶんパキスタンとかそのあたり。簡単に行ける距離じゃないからソルたちの近くで見たことがある人は誰もいないと思う。
「先輩たちが行かれた湖はどうでしたか?」
「イル湖か? こっちと一緒っぽかったな」
シュルトに行く途中に立ち寄ったイル湖。こちらではイシク・クルと呼ばれる塩湖で、水は透き通ってて、対岸が見えないほど大きくて、さざ波だけど波まであった。魚も美味しかったし、また行きたいな……
「お、来たようだぜ」
賑やかな集団がこちらに向かってくる。水着に着替えた部員たちだ。
「皆さん、可愛らしいのを着てきましたね」
うん、みんなスクール水着ではなくて、思い思いのものを着ている。
「で、やる気になっている女の子はどうだ?」
「あの子ですよ」
海渡が視線で竹下に伝えている。
「フリルがいっぱい付いてるけど、露出がすげえってほどでもねえな」
「よし、できた。まだ中学生だからね」
あんまりなのは親が許さないと思う。
「でも、意中の子の目を引くのには成功しているみたいですよ」
確かに、さっき凪ちゃんから聞いたお相手の男の子は、その子の方をチラチラと見ている。今のところはうまくいっているっぽい。
「お待たせ。荷物番変わるよ」
振り向くと、風花と凪ちゃんが立っていた。凪ちゃんはワンピース、風花はセパレートタイプの水着だ。




