第213話 つまり?
〇(地球の暦では7月21日)テラ 月の日
準備をすませて隊商宿を出た私たちは、朝の挨拶のために村長のバズランさんのところに向かう。
「村の者には手分けして、今日と明日のどちらか昼頃広場に集まるように伝えている。ただ、どれだけ来るかはわからんぞ」
昨日頼んだのに早速手配してくれたんだ。
「ありがとうございます。あとはボクたちに任せてください」
バズランさん家を出て荷馬車に乗って広場へ行くと、バーシ隊(バーシの隊商)の人たちがバザールの準備を始めていた。
「皆さんおはようございます。これは?」
「おう、リュザール。今日から硬貨が使えるんだろう。俺たちもそれにあやかろうと思ってよ」
返事してくれたのは、去年の秋の収穫祭に来てくれた行商人さん。
「お、来た来た。よお、リュザール。俺にも硬貨を分けてくれ」
他の行商人さんたちも集まり始め、それぞれの手には麻で編まれた袋が握られている。
「あ、ダメだよ。ちゃんと交換できるものと引き換えじゃないと渡せないよ」
リュザールがあらためて硬貨について説明する。硬貨は貰えるものだと思っていたみたい。初めてのことだから仕方がないか。
「なるほどそういうことか。わかった。交換するのは麦の方がいいのか?」
「普段、みんなが交易で扱っているものなら何でもいいよ。ただ、金属と米なら少し色をつけることができるかも」
バーシ隊の人たちは、昔の仲間だからリュザールも話しやすいみたい。
「よし! 金属だな」
何人かが広場を離れていく。
「ねえリュザール、これはどこに?」
アラルクが荷馬車から筵を抱えてきた。
「ありがとう。こっちにいいかな」
リュザールは他の行商人の人たちと離れた場所を指さした。
「こんなところでいいの?」
アラルクが心配するのもわかる。ここは広場の奥でそんなに目立つ場所じゃない。
「うん、バザールはバーシ隊がやってくれるからね。ボクたちは硬貨との交換に専念しよう」
「これで何枚になるんだ?」
立派な口ひげを生やした行商人が、小さな麻袋から少し赤みがかった鉱石の塊を取り出しリュザールに渡した。
「えーと……これなら、麦5袋分の鉄だから硬貨100枚だね」
「ということは、麦1袋で硬貨20枚ということだな」
さすが行商人、計算も早い。
「硬貨を作る時に使った銅の価値に合わせているから、銅で商う時のようにしてもらったらいいですよ。はい、これで100枚。それに追加で10枚。これは金属だったからおまけ」
リュザールは、鉄の鉱石の隣にカインから持って来た硬貨を10枚ずつ重ねて、それを11個並べて置いた。
それを見た行商人は、鉄が入っていた麻の袋に10枚ずつパラパラと数えながら硬貨を入れて、最後に1枚を袋から取り出して手に持った。
「質はどうなんだ?」
「銅と白鉄を高温で溶かして、製錬したものを使っているんだ」
リュザールは、硬貨と交換した鉄の鉱石をアラルクに渡しながら答える。ちなみに白鉄というのは、ニッケルのこと。行商人の間ではこう呼ばれているみたい。
「白鉄も銅と同じくらいの価値だったな……ふむ、確かに色合いも重さも問題なさそうだ。今まで金属を扱うときは、混ざりものがあったりして思った通りにいかない時があったが、これならその心配もなさそうだな」
パルフィも、金属は溶かしてみるまで何が入っているかわからねえって言ってた。それから、必要に応じて濃度を高める作業をしているみたい。
「そうそう、それに調整のために麦を小分けする必要もなくなるよ」
金属みたいに分割できないものは麦や塩の量を調整して商売するから、行商人は小さな麻の袋をたくさん持っているんだって。
「あー、あれは面倒くさいからな。しなくて済むなら助かるぜ」
「父さん見て、硬貨にかかれている絵もいいよ。何かの動物でしょう。こういうの今までなかったから、村の人たちも興味を持つと思う」
先ほど、岩塩と硬貨50枚を交換した行商人も会話に参加してきた。この行商人さんと親子だったんだ。
「バカ、これはユキヒョウだ。知らねえのか?」
「知らないも何も、見たことねえもん。へぇ、こんな姿なんだ。可愛らしいな」
このお兄さんはカァルを見たことないんだ。カインにバーシ隊が来た時には、カァルも連れてバザールに行っていたんだけど……最近行商人になったのかな。それにしても、可愛らしいか。ふふ、ジャバトに伝えとこう。
「おーい、そろそろだぞ。準備はいいか」
行商人さんたちは自分の筵の方に戻っていった。
よし、次は私の番だ。
〇7月21日(月)地球
早朝の散歩の時間、いつもと違う景色の中をみんなと歩く。
「いやー。朝の時間を皆さんと過ごすのは清々しいです」
「だな。それに、これだけの大人数は久しぶりじゃないのか?」
今日はいつもの5人プラス東京組の2人。このメンツは、去年の夏に穂乃花さんと暁が僕たちの地元に来て以来だと思う。ちなみに昨日の散歩は男組と女組で別々のところへ。僕たちは上野の方だったんだけど、風花たちは浅草に行ったって言ってた。それで今日は、一緒にしようとなって、暁の家と夏さんの家の間にある商店街で待ち合わせをしたんだ。
「それにしても……ここはすごいですね」
海渡がキョロキョロとあたりを見渡している。確かに、ビルにかかる看板には食器や調理道具といった海渡が好きそうな文字や絵が描かれている。
「ここは、かっぱ橋道具街って言うんだ。食に関する道具は何でも揃うらしいぜ」
「何でもですか!? そそられますね。今回はお時間がありませんが次回は是非寄ってみたいものです」
今はまだシャッターが降りている時間。それに飛行機も今日のお昼の便だから、開店を待つ余裕はない。僕も気になるから、今度海渡と一緒に見に来よう。
「それで風花、昨日はどうだったんだ? 起きてすぐに樹に聞いても、まあうまくいったよとしか言わねえんだ」
ははは……
「バーシの話だよね。ソルは硬貨の説明を一生懸命になってしていたよ。でも、村の人たちはキョトンとしててさ。なんでわざわざそんなことしないといけないのか、今のままでも十分じゃないかって言われて、それでもソルは必死に硬貨を持つメリット、デメリットを身振り手振りを交えて伝えて……」
「ちょっと待ってください。デメリットもですか?」
「そうだよ。硬貨の価値は銅の価値に依存しているから、銅の価格が下がったら硬貨の価値も下がることを話してた」
「あー、樹先輩らしいですが、それだと、皆さん損するかもしれないと思ってしまいそうです」
「そういう意見もあった。でもね、ソルが根気よく話しているうちに麦でも価値が変わることがあると言ってくれる人がいて、それから流れが変わったんだ」
「麦の価値か……あの干ばつの時はひどかったよな。俺のところでは、同じ量の羊毛でいつもの半分しか麦を買えなかったときもあったんだぜ」
後ろを歩く暁はもうこりごりといった表情。エキムのところは麦が育たないから余所の村から仕入れるしかなくて、干ばつの影響をもろに受けてたもんね。
「その点、銅なら相場も比較的安定しているし、硬貨の質もいいってバーシ隊の隊長が話してくれたのがとどめになったみたい」
「つまり?」
風花がみんなに向かって指でVサイン。
「バーシ隊の人がバザールを開いてくれて実際に商品を買えることがわかったし、バーシでは硬貨が使えるようになったといってもいいと思う」
硬貨の普及にむけて一歩前進かな。




