第212話 物になるかどうかは彼女次第
〇7月20日(日)地球
ピンポーン!
時間は朝の9時前、予定の時間より少し早く、暁の家の道場に風花と凪ちゃんがやってきた。
「なあ、風花、竹下はちゃんとそっちに行ったか? 大丈夫だっていうから、そのまま送り出したんだけど」
「うん、お姉ちゃんを迎えに来て一緒に出ていったよ」
やっぱり、空が見えるところでは迷うことはないようだ。
「よかった。それじゃ、親父もそろそろ降りてくるから、二人はそこで着替えてくれ」
風花と凪ちゃんは女子更衣室へ。
僕たちはすでに着替えているので、端っこに正座で並んで待機。急な東京だったけど、遠野教授に話したら日曜の午前中は空いているということで、稽古をつけてくれることになったんだ。
「樹先輩」
「ん?」
海渡から腕をツンツンされる。
「竹下先輩は大学生の皆さんに、穂乃花さんは俺のだぞってちゃんと言えますかね」
「大丈夫じゃないかな。吹っ切れてたし」
今日は穂乃花さんのクラスの集まりがある日。そこで、どっちが話すのか分からないけど、穂乃花さんのパートナーは竹下だと周知させるのが今回の旅の目的。東京に来る前は大学生に会うのを嫌がっていた竹下も、初日を穂乃花さんと過ごしてから考えが変わったみたい。大切な人を知らない誰かに取られるわけにはいかないからね。
ピンポーン!
またドアホンが……
「訓練生は午後からなのに誰だ?」
そう言って玄関に行った暁が連れて来たのは、僕たちも知っている人だった。
「よし! それまで!」
組み手を止め、道場正面に集まる。
「素晴らしい! 久しぶりに見たけど、見違えるようになっているね」
見学していた鈴木教授が、手を広げて僕たちを迎え入れようとしている。
「おい、鈴木、まずは礼をしてからだ」
「おっと」
鈴木教授は隅の方まで下がっていった。
「「「ありがとうございました!」」」
「ふむ、鈴木も言ってたが、筋はよくなっている。これからも鍛錬を怠らないように」
「「「はい!」」」
武術の習得によって少しでも生き残る可能性が高くなるのなら、手を抜くわけにはいかない。
「よし、ちょっと時間があるようだから、話をしよう。鈴木もこっちに」
道場で車座になる。この座り方はあちらと同じで、みんなの顔が見えて落ち着くから好きなんだ。
「……それでお前たち、あちらの世界では平和に暮らせているのか?」
「はい、僕たちのところは問題なく」
風花も凪ちゃんもうんと頷く。リュザールによると、完全になくなったわけではないけど以前に比べて盗賊の噂も少なくなっているみたい。
「俺の方はちょくちょく盗賊を見かけるな。でもまあ、今のところはうまく対処できてるかな」
タルブクがある辺りで盗賊がいなくなるためには、もう少し景気が良くなる必要があるのかも。
「そうか、無事ならいいのだ……」
遠野教授、ホッとした顔。心配してくれてたんだ。
「遠野……もしかして、あれから今まであちらのことを自分の息子に聞いてなかったのか?」
「聞きづらいんだよ!」
純粋な男親と息子ってそんな感じなのかな。
「ふーん……それなら、僕から質問しようかな。前回は詳しく聞けなかったんだけど、君たちはあちらの世界でどういう生活をしているんだい」
教授たちにテラでの暮らしぶりを話してみる。
「なるほど……国がないということは、日本では大和朝廷以前、卑弥呼あたりになるのか。ただ、交易は発達しているようだから、文化水準は比較的高め……ちなみに、結婚制度はどういう感じ? 一夫多妻制とか一妻多夫制とか?」
「僕たちが住んでいる辺りでは旦那さん一人に奥さん一人ですが、エキムさんの方では?」
「俺のところも一夫一婦制」
「そのあたりはしっかりしているのかな。年齢制限はあるの?」
「僕のあちらの人格のルーミンが生まれたビントや、今住んでいるカインでは男女とも16歳で……」
海渡が暁の方を見た。
「俺のところは年齢じゃなくて、男女とも生殖ができるようになったらだな」
そうそう、チャムはエキムが精通するのを待って嫁いでいった。
「暁、あちらのお前は結婚しているのか?」
「してるよ」
「……子供は?」
「いる」
「いるって……いままでそんなことは一言も……」
話の流れからそうかなって思っていたら、やっぱりコルト(エキムとチャムの子供)がいることを話していなかったんだ。
「あちらのことなのに、こっちで子供ができたっていうのも変な感じがしてさ」
それは確かにあるかも。
「とにかく、おめでとう。そうか、とうとう俺もおじいちゃんに……」
ん?
「いやいや、遠野。暁君のあちらの人格であるエキム君と君との間には血のつながりはないんだから、孫にはあたらないよ」
「でも、こいつは俺が育てたんだ。その思いを引き継いでいるのなら、血筋なんて大して意味は持たないんじゃないか?」
「……ふぅ、君がそれでいいのなら、僕は何も言うことはないよ」
ははは、鈴木教授、あきれ顔だ。
「さて、僕たちはあちらの君たちを直接手助けすることはできないけれど、こちらではその限りではない。ここに孫のためには労力は惜しまないやつもいることだし、何かできることはないかな?」
遠野教授はうんうんと頷いている。
「えーと……」
左右を見渡す……みんなも考えているみたい。
何かあったっけ……あっ!
「パルフィ……いや、穂乃花さんが日本刀の打ち方を知りたいようなのですが、何か伝手はありませんか?」
「そうそう、あっちのナイフは切れ味がイマイチなんだ。頼むよ親父」
「穂乃花君はあちらでは鍛冶師か……鈴木、今はお前のところにいるだろう。どんな感じだ?」
「かなり優秀だね。そういえば、今日はクラスで集まってるんじゃないかな。許可を出した気がする」
「はい、穂乃花さんと竹下はそちらに行っています」
「竹下君も? 確かに今日はいないようだけど……」
二人の事情も話す。
「なるほど、穂乃花君は人気みたいだから、いちいち断るのも面倒くさいんだろう」
「みたいです。それで、日本刀を打てる鍛冶職人さんはいらっしゃいますか?」
「ああ、俺たちの仲間にいるのはいるが、たしか材料はただの鉄じゃなくて……」
遠野教授は鈴木教授を見た。
「玉鋼を使うみたいだね。これを作るには砂鉄が必要なんだけど、そちらにあるのかな?」
「はい。ボクが仕入れ先を知っています。お姉ちゃんは砂鉄から玉鋼を作ってそれから刀を打つことはわかっているのですが、詳しい手順がわからないと言っていました」
「なるほど、僕も一度その職人に、技術の継承のためにマニュアルを作ってみたらといったことがあるんだ。そしたら、作れるもんならとうの昔に作っとるわって怒鳴られてしまったよ。どうも、温度や湿度によって火や空気の入れ加減が違ってくるらしくて難しいみたいだね。それで、パルフィ君の鍛冶の経験は長いのかい?」
「物心ついた時には金槌を握っていて、近所の子供と遊びもせずに働いていたと言ってましたから、14~5年くらいでしょうか」
「あちらも見て覚える世界か……物になるかどうかは彼女次第だけど、遠野、紹介してもいいんじゃない」




