第210話 このお菓子早速食べようぜ
「どうだ、口にあったか?」
食堂を出てお腹をさすっている海渡に、暁が声を掛けている。
「はい、魚介系のスープでコクがあって、とても美味しかったです」
暁から紹介された食堂は人気店だったらしく、昼前に行ったのにもう列ができていた。それから30分ほど待って、ようやく中へ。僕たちが普段食べているラーメンは豚骨が主流なんだけど、ここのもなかなか癖になりそうな味だった。海渡が気に入ったのなら、今度地元で再現してくれるかもしれない。
「あとは、どうする?」
「どこかに行くようなら、ボクは冷蔵しておきたいものがあるんだけど……」
風花の荷物の中には、保冷バッグに入った地元特産のカマボコが入っている。夏さんからのリクエストなんだって。今日は気温が高いから、保冷剤もそろそろ危ないかもしれない。
「冷蔵ロッカーがあったらよさそうですが……」
あるとしたら、大きな駅?
「確かデパートにあったような気がするけど、そこまで行くのが面倒くさそう……よし、竹下もいないし戻るか」
方針が決まったので、みんなで最寄り駅まで向かう。
実は竹下、ラーメン屋に向かう途中で穂乃花さんから連絡がきて、そちらに向かって行った。穂乃花さんは、今日は夕方までレポートの作成にかかりそうだと言っていたのに、竹下との時間を増やしたいがために急いで仕上げたみたい。ただ、竹下を一人で待ち合わせ場所まで行かせるのは不安なので、暁がそこに行くバスを調べて乗りこませるまでをこちらでやって、到着のバス停には穂乃花さんが待機。無事に合流できたとさっき連絡があった。
「樹たちはどうする。風花たちと一緒に、立花さんのところに行くのか?」
夏さんのところの集合時間は夕方。まだ少し早いかも。
「荷物を置きたいし、暁のところに行ってもいい?」
僕と竹下と海渡の三人は、今回の旅行の間は暁の家に泊めてもらうことになっている。風花と凪ちゃんは夏さんのところ。今日の夕食は、暁も含めて夏さんからお呼ばれされているんだ。
「それじゃ、夕方そっちに行くね」
一つ前の駅で風花たちと別れて暁の家に向かう。
「暁先輩、今日、遠野先生はおられるのですか?」
「いや、親父もお袋も留守」
そういえば、遠野教授は土曜日は大学に行くことが多いって言ってたっけ。
「気兼ねなくのんびりできそうですね」
「まあな……そうだ、何か飲み物でも買っていくか?」
「いえ、お気遣いなく。泊めていただくだけでもありがたいですので」
インバウンドかどうか知らないけど、最近はホテルの値段がかなり上がっているらしい。これまで負担することになってたら、お小遣いの範囲では無理。今回の旅行は諦めないといけなかったかもしれない。
「んじゃ、俺ん家はこっち」
暁の後をついて角を二回曲がって、三階建ての建物の前に着いた。そうそう、ここだった。
「「お邪魔します」」
「いらっしゃい。直接俺の部屋へ」
ということで、三階の暁の部屋まで向かう。
「お、お邪魔します……」
「あ、そうか。俺の部屋は初めてか」
海渡と二人でうんと頷く。前回は一階の道場と二階の居間を行ったり来たりしただけだったはず。
「まあ、こんな感じ。ゆっくりしてくれ」
荷物を置いて落ち着いたところで、改めて暁の部屋の紹介。洋風のフローリングで絨毯が敷いてあって、壁際には学習机とベッドが並んで置いてある。部屋の隅に布団が三つ重ねてあるのは、今日の僕たち用だと思う。なるほど、今日はここで寝るのか。ただ……
「きわめて、普通の部屋です。ちょっとというか、かなりがっかりです」
海渡がブー垂れてる。わかる。なんかもっと……
「忍者っぽいのを期待してたのか。そんなわけあるか。誰も呼べなくなるじゃん」
それもそうか。
「でもな……」
そう言って、暁は壁の一部を触った。
「「う、動いた!?」」
ぽっかり空いた壁の中には、刀掛けに置かれた二本の短い刀。
暁はそのうちの一本を手に取って、鞘から抜いた。
「短いけど、それも刀? 本物だよね」
光沢がなんか違う。
「ああ、小太刀と言って、その中でも短めのやつを俺たちは使うんだ。ちゃんと手入れしているから、切れ味も抜群だぜ」
暁は手に持った小太刀をシュシュっと振って見せる。
「おぉ、忍者っぽいです」
「だろう。これくらいの長さじゃないと建物の中では邪魔になるんだ」
「他には? まきびしとか手裏剣は?」
海渡は期待のまなざしで暁を見ている。
「そんなものは無い。今の世の中では使えないって」
なんでも、釘を踏み抜かない靴とかパンクしないタイヤ、それに防弾チョッキがあって効果が薄いらしい。
「だから、これが一番確実」
暁の手の動きは止めを刺す仕草。相手は声も出せずに仕留められてしまいそう。
「ちなみに使ったことは?」
暁は首を横に振る。
「今は平和な世の中でよかった。でも、先のことは分からないから、準備だけはしてるんだ」
先のことか……戦争とかあったら嫌だな。
「ところで暁先輩、これは銃刀法違反にならないのですか?」
「この長さだと持っているだけでアウト。だから、」
暁は口の前で人差し指を立てた。
「それは、もちろんだけど、僕たちに教えてよかったの? 使っちゃうかもよ」
「必要な時は使ってもらっても構わないけど、実はこの収納庫、生体認証になってて俺しか開けられないんだ」
何気に最新設備だった。
「なるほど、これならお友達が間違って開けることもありませんね」
「そうだな。でもまあ、部屋に呼んだのお前たちが初めてなんだ」
「そうなの?」
「ああ、俺ってアレだろう。神社でも話した通り、いつ消えてなくなるかもしれねえから、あまり友達とも仲良くしてないんだ」
忘れてくれって言うくらいだからね。
「でも、お前たちなら秘密も共有しているし、いいかなって……それで、お袋に泊めたいんだけどって聞いたら、喜んでくれてさ」
暁、嬉しそう。
「そういうことでしたら、遠慮なく泊めさせていただきます。とはいえ、手ぶらというわけにはいきませんので……」
海渡と僕とそれぞれが持って来たお土産を渡す。
「マジ、いいのか?」
「うん、遠野教授と一緒に食べて」
僕のは地元で有名なお菓子。
「こちらは全国一位を取ったお茶です」
「それはお袋が喜ぶ。ほんと、ありがとうな」
お茶好きだって聞いてたからね。あとは、竹下も僕と違うお菓子を買ってきているはず。
「親父はちょっとでいいから、このお菓子早速食べようぜ」




