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第209話 絶対に忘れてやらねえ

〇7月19日(土)地球



 ポーンという音の後、頭上のシートベルトのランプが灯る。

 外を見ると、さっきよりも少し海が近くなっている気がする。顔をあげる。一つ前の窓側の席に座っている風花も外を眺めているようだ。


「ふわぁ、よく寝た」


 隣から声。静かだと思ったら、おじさん寝てたんだ。

 今回の東京行き、チケットの手配がギリギリになったからみんなの席はバラバラ。それでも窓側に座れることができたのは、団体の人たちが話をしやすいように通路側を押さえていたからみたい。予約するときに座席表を見た時、窓側だけポツンポツンと何か所も空いていたから、何かの罠かと疑ってしまったよ。


「今、どのへんだ?」


「そろそろ、房総半島のあたりだと思います」


 房総半島って千葉だよね。通路側のお兄さんからは外が見えないはずなのに……旅慣れてているのかも。


「もうすぐ……だよな。降りたら何線だっけ?」


「京急線です」


 京急なら、僕たちと同じだ。


「日本橋でメトロ東西線に乗り換えて九段下まで、そこから目的地まで歩いて5~6分ってとこですね」


 九段下……どこだろう。そういえば、古い曲で聞いたことがあるような……


「しかし、お前もよく靖国神社への参拝を提案したよな」


 靖国神社?


「戦後80年ですからね。いい機会だと思って話してみたら、思いのほか反応が良くて驚きました」


 戦後って、その神社はなにか戦争と関係があるのかな。


「今の平和な世の中がいつまで続くかわからないからな。みんな、何かやっとかないと不安なんだよ」


 平和か……改めて外を見る。眼下にはいくつものゴルフ場が見える。テラでは見られない景色だ。ただ、地球ではいつもどこかで戦争が起こっていて、苦しんでいる人たちがいる。そう考えると、盗賊はいるけど戦争がない分テラの方がいいのかもしれない。

 視界が急に青空に、そして戻った時にはゴルフ場は見えなくなっていた。飛行機が左に旋回したんだ。地上の建物も、少し大きく見えるようになってきたから空港が近いのかも。暁が迎えに来るって言ってたけど、もう来ているかな。






 到着通路の動く歩道のところでみんなと合流し、待ち合わせ場所へと向かう。飛行機を降りてスマホを機内モードから解除すると、暁から着いているとSNSが届いていた。


「暁先輩は、どこに連れて行ってくれる予定なのでしょうか?」


 今回の旅行、高校の僕たちが夏休み中にも授業がある関係で三泊四日しか時間が取れなくて、それを聞いた暁が時間を無駄にしたくないからって空港まで迎えに来てくれることになったんだけど……


「僕は知らないけど、誰か聞いてる?」


 みんな首を横に振った。


「まあ、どこかで飯食って、夏さんのところに行くだけでもいいじゃねえか。ちゅうか、俺は明日が終わらねえと楽しめそうな気がしねえ」


 そうそう、今回の旅の目的は、明日行われる穂乃花さんのクラスの集まりに竹下が参加すること。僕たちはその付き添い。でも、よかったよ。凪ちゃんだけが中学生で寂しそうにしているから、元々夏休みにどこかに行こうと考えていたんだ。


「お、いらっしゃいました!」


 手荷物受取場の外側、暁がこちらに向かって手を振っている。荷物は預けてないのでそのままみんなで出口に向かう。


「お疲れ。ちょっと遅れたみたいだな」


 海渡と暁がハイタッチ。


「はい、人がたくさんでした。それに着陸してからも順番待ちだったみたいで」


 飛行機が滑走路に降りたった後、空港ターミナルに向かうのに少し時間がかかってた。


「夏休みに入ったばかりだからかな、上もいっぱいだったぜ」


 暁が二階の方を指さす。早く着いてたらしくて、出発ロビーにあるお土産コーナーを眺めていたようだ。


「それで、暁先輩、これからの予定は?」


「決めてないけど、どこか行きたいところある?」


 みんなで顔を見合わせる。


「特別には……」


 あっ!


「ねえ暁、靖国神社って知ってる?」


「靖国神社。知ってるも何も、俺のご先祖様がまつられているぜ」


「「「え!?」」」






 九段下で電車を降りた僕たちは、暁の後をついて1番出口で地上に出る。


「おぉ!? なにかインド風の屋根が見えますよ。さすが都会です!」


「インド風? ……ああ、武道館じゃん」


 武道館!? 噂でしか聞いたことないけど、ここにあったんだ。あ!


「樹、なに納得いったような顔してんだ」


「い、いや、何でもないよ」


 あの歌に出てくる玉ねぎってこれだ。ほんとそっくり。


「で、ここが目的地の靖国神社」


 武道館がある敷地の道向かいには大きな鳥居があって、その先には道路と並行して参道が続いていた。一礼して鳥居をくぐり、参道をゆっくりと進む。


「ここに暁先輩のご先祖様が?」


「ああ、名もない兵士としてな」


 暁は忍者の家系。任務に失敗し命を落としてしまったら、親兄弟であっても弔うことはできない定め。ここは、そういう表に出ることはない人たちの神霊みたまを慰めてくれる数少ない場所みたい。


「俺もいつかここに……」


 暁がポツリと漏らす。


「暁くん、もし任務に失敗したらどうなるの?」


 うん、気になる。


「そうだな……だいたい、最後は誰の死体かわからないような状態になっているか、わかったとしても知ってたら不味いから、昔は最初からいなかったことになっていたこともあるらしい」


 最初から……


「今は?」


「今はさすがに最初からっていうのは無理だから、行方不明扱いになって次第に忘れ去られていく感じかな。だからお前たちも、俺がそうなった時は忘れてくれよ。迷惑かけちゃうから」


 そんなの寂しすぎる。でも、僕たちの繋がりはここだけではない。


「ご安心ください。その時は、テラでタルブクまで行っていじって差し上げます」


「いじるって、お前……」


 そうそう、一人だけ先に逝ってって言わなきゃ。


「それに忘れるって何だよ。絶対に忘れてやらねえ。ちゅうかさ、そうなる前にまずは相談しろよ。こっちにはこれだけ仲間がいるんだからさ」


 僕たちは、みんなそれぞれが自分の得意分野の学部に進もうとしている。これから、いろんな人たちとの繋がりだってできてくるはず。そこで、思いもよらない突破口が見つかることがあるかも。


「そうだな、極秘任務をどこまで話せるか分かんねえけど、そんときはよろしく頼む。さあ、早くお参りして昼にしようぜ。近くに美味しいラーメン屋があるんだ」

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