第207話 ボクも早くお父さんになりたいな
部屋の外に置いてある真新しい水が入った桶で手を洗い、パルフィの足元に座り込む。よし!
「いつでもパルフィのいい時でいいからね」
「おう、ソルなら安心だ。よろしく頼むぜ」
そう言ってパルフィは、さっきまで口に咥えていたタオルを横に置いた。
「いらないの?」
「なんか力の入れ具合がわかった気がするんだ。とりあえずこれでやらせてくれ」
「わかった」
必要そうなときは、口にねじ込むことにしよう。
「んじゃ、行くぜ。ひっ、ひっ、ふー、ひっ、ひっ、ふー……」
今度はタオルが無い分、息遣いがハッキリと聞こえる。
『マジ! この子が俺の子!』
『こら! 触るのは手を洗ってから!』
暖簾の外ではユーリルの声、母さんが赤ちゃんを見せているみたい。
「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー!」
おっ!
「パルフィ、いいよ。見えてきた」
パルフィがいきむたびに、狭い産道を広げながら赤ちゃんが少しずつ降りてきているようだ。さっきよりも早いのは、お兄ちゃんが通った後だからかも。
「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー!」
ユティ姉がパルフィの額の汗を拭う。
「パルフィさん、もう少しですよ。ガンバです!」
光が揺れて見えにくい……
「ルーミン」
「おっと、失礼しました」
ルーミンも思わず手に力が入ったのだろう。
よし! 頭が出てきた。
手をそっと添えて支える。
「パルフィ、いつでもいいからね」
「ひっ、ひっ、ふー! ひっ、ひっ、ふー! んっ、んっ、ん”ん”ん”!!!!」
最後の一押し、ズルッと出てきた赤ちゃんが手の中に納まる。
母さんがやったように抱きかかえ、背中を擦る。
外の世界だよ。はい、息をして……
「ん、んぎゃぁー、おんぎゃあー!」
うん、元気な産声。
「はい、ソル」
いつのまにか隣に来ていた母さんから、ハサミを受け取る。
呼吸できるようになったから、早く切らないと……赤ちゃんを抱えたままへその緒を掴み、ハサミを入れる。
〇6月30日(月)地球
あれ……ここは?
慌てて飛び起きる。
「地球だ……」
切り替わってる……どのタイミング……えーと、確か、ミサフィ母さんからハサミを受け取って、へその緒は……っと、スマホの着信音。
「おはよう、海渡」
『おはようございます。樹先輩、途中で切り替わっちゃいましたね』
「うん、それで、僕、何してた?」
『何って、男の赤ちゃんのへその緒をちょきんしてたと思います』
男の子だったんだ。見てる余裕はなかったな。それよりも、
「切った後だった? 前だった?」
『えーと、よくわかりません。ソルさんの手の陰で、はっきりとは見えなかったんですよ』
そうなんだ。どっちだったかな……もし切る前だったら明日切り替わった瞬間に変な力が入って、違うところを切ってしまう可能性だってある。もしそれが赤ちゃんだったら……
『確かパルフィさんがソルさんの方をジッと見ておられたので、お聞きになられたら如何ですか?』
パルフィが……
「わかった。電話してみる」
海渡との電話を切って、穂乃花さんに掛けてみる……話し中だ。竹下と話しているのかも。そろそろ散歩の時間だから、とりあえず待ち合わせ場所に向かって……あ、折り返しが来た!
「もしもし、穂乃花さん」
『おお、樹、昨日はありがとうな。さっき剛も、俺が親父だぜって喜んでいたぜ』
「それはパルフィが頑張ったからだよ。おめでとう!」
『へへ、何度言われても嬉しいな』
ほんと、頑張ってたもんね。っと、
「穂乃花さん、ちょっと聞きたいんだけど、ソルがへその緒をちゃんと切ってたか覚えてる?」
『へその緒か? ちゃんと切ってたぜ。バチンと音が鳴った気がしたからよ』
音か……音は気が付かなかったけど、そう言われてみれば手の感触があったかも。
「ありがとう。ホッとしたよ。どっちだったか気になっていたんだ」
『すまねえな。ギリギリだったもんな。もう少し余裕をもって産む予定だったんだがよ』
「仕方がないよ。初産だったし、みんないっぱいいっぱいだったから」
目の前のことを処理するのに必死で、誰も切り替わりの時間を気にする余裕はなかったと思う。
『だな。でもまあ、次の子の時はもっと上手くやってやるぜ』
はは、もうなんだ。
「穂乃花さん。改めまして、お疲れ様。そしておめでとう」
『おう! 樹もサンキューな』
「ほんと!? それで、どっち?」
朝の散歩の時間、隊商に出ているリュザールのために昨日のことを報告したんだけど、風花は赤ちゃんが生まれたことを知らなかったみたい。
「男の子がお二人。とても元気でしたよ」
「やっぱり双子だったんだ。あーあ、明後日には帰れるはずだったのに、残念」
「風花は穂乃花さんから聞かなかったの?」
「うん、いつも朝からはSNSで挨拶をするだけなんだ。今日は既読にならないから心配していたけど、竹下くんと話してたんだね」
「ま、まあな」
僕とも話したから、穂乃花さんは風花に返信する暇が無かったのかも。
「あ、お姉ちゃんから」
風花がスマホで話し出す。
「うん、今聞いた。おめでとうお姉ちゃん…………うん、うん、そう、いま散歩中……うん、また後でね」
スマホを仕舞った風花が竹下の方を向いた。
「これでユーリルもお父さんか。おめでとう」
「お、おう」
竹下、照れてる。
「いいなあ、ボクも早くお父さんになりたいな」
風花がこっちを見ているけど、時期が来ないと無理なものは無理。
「凪ちゃん、物欲しそうな顔でこちらを見てもダメですよ」
海渡と凪ちゃんの方も同じような感じに……ただ、先を考えられるのは、今をしっかりやってから。
「これからも気を抜けないんだから、みんなで協力していこう」




