第206話 次はソル、あんたがやりな
「えーと、ユーリルはとりあえずお湯を沸かしてくれるかな」
こちらの靴は紐も付いてない簡単な作りなのに、なぜか玄関で脱ぐのに手間取っている親友に声を掛ける。
「わ、わかった」
お湯はタリュフ家でコペルも沸かすと思うけど、何かをやらせといた方がいいだろう。
さてと……勝手知ったるユーリルたちの家。ルーミンと一緒に二人の寝室へと向かうと、開けっ放しのドアから『うーん』とパルフィのうめき声が聞こえてきた。
「パルフィ、入るよ」
「お、おう、すまねえな……」
パルフィは布団の上に座り込んでいた。
「母さんもすぐに来るから……それで、パルフィ。もうすぐ切り替わりの時間なんだけど、どんな感じ?」
ドアは開けたままにしたいので、目隠しのための暖簾をかけながら尋ねる。
「切り替わりか……あと……どれくれえだ?」
「一時間は無いみたい」
「そうか。変わってから……ゆっくりと思ってたんだが、そうも…………いかねえようなんだ……」
「破水は?」
「した」
「陣痛は?」
「ずっと……きてる」
赤ちゃん、下まで降りてきているのかな。
「パルフィ、横になって見せてもらえる?」
「お、おう、ただ、なんか出ちまいそうでよ……」
パルフィの額から脂汗が……持参した清潔なタオルで拭いてあげる。
「その時はしっかり産んでいただいて大丈夫ですよ」
そうそう、準備はできているし母さんたちもすぐ来る。
「そっか……んじゃ、頼むぜ」
ルーミンと一緒にパルフィが横になるのを手伝い、足を開かせる。
「ルーミン、お願い」
「はい」
ルーミンに明かりで照らしてもらって、奥を覗き込む。これは……
「待たせたね」
荷物を抱えて、母さんとユティ姉もやってきた。
「どうだい?」
「子宮は開いているみたい」
「どれ」
母さんに場所を譲る。
「こりゃあ……すぐにでも出てきそうだが、パル……」
「も、もう……んんん!!!!!」
パルフィがいきなりいきみだした。みんな急いで配置につく。
まずは、
「パルフィ、口を開けられる?」
「うう……」
少しあいた口の中に新しいタオルを突っ込む。これで歯を傷めることはないはず。
「パルフィ、みんな揃っているから、安心していきむんだよ」
母さんはパルフィの足元、ユティ姉はパルフィの後ろに回って産みやすいように体を支えて、ルーミンは油灯を持って明かりの担当。そして私は、遊軍として必要なものを母さんに渡したり、万一の時に父さんを呼びに行く係。万全の態勢だ。
「ふっ、ふっ、ふっー……ふっ、ふっ、ふっー……」
よし、パルフィも地球で練習してきた呼吸法を実践できてる。
「変わった息遣いだね。ソル知っているかい?」
「うん、リュザールが他の村で聞いてきてくれたんだ。こうするとお産が少し楽になるらしいよ」
地球のラマーズ法とは言えないから、リュザールの名前を使わせてもらう。
「そうなのかい。パルフィ、後から感想を聞かせておくれ。他の子たちにも教えてあげるからさ。……ん? ルーミン、明かりをもう少し手元に」
ルーミンは手に持った油灯を、パルフィの方に近づける。
「よし、頭が見えてきた。もうちょっとだ。頑張りな!」
「ふっ、ふっ、ふっー! ふっ、ふっ、ふっー!」
さっきよりも力強い。
「ソル……」
廊下からユーリルの声が……
そっと部屋の外にでる。
「どうしたの?」
「お湯が沸いたんだけど……」
そう言いながら、ユーリルは暖簾の隙間から中を覗こうとしている。
「気になるのはわかるけど、こっちではダメだよ。それより、お湯の桶と水の桶といくつかの空の桶をそこに置いといて、それとお湯はまだまだたくさんいるからよろしく」
「わ、わかった」
ユーリルは台所に戻っていった。
……再び部屋の中に入る。
「ふっ、ふっ、ふっー! ふっ、ふっ、ふっー!」
「もうちょいだよ!」
もうちょい!? 早!
急いで持ち場に戻る。
「ふっ、ふっ、ふっー! ふっ、ふっ、ふっー!」
ほんとだ。赤ちゃんの頭が半分くらい見えてる。
「もうひと踏ん張り!」
頑張れ! パルフィ!
「ふっ、ふっ、ふっー! ふっ、ふっ、ふっーーーーー!!!!!」
「よし!」
出た!
すぐに母さんが、生まれたばかりの赤ちゃんを抱きかかえる。
どうだ……
「んぎゃぁー、おんぎゃあー」
元気な産声。よかった……無事に生まれてくれた。背丈は50センチくらいかな、予定日よりは早かったけど普通くらいの大きさ。性別は……お、シンボルが付いてる。
「ほら、ソル」
母さんの手がこちらに……あ!
慌ててハサミを渡す。
「パルフィ、よく頑張ったね。元気な男の子だ」
そう言いながら母さんは、パルフィと赤ちゃんを繋いでいるへその緒をちょきんと切った。
「ふぅ、ふぅ……男か……へへ……見せてくれ」
ふふ、パルフィ、とても嬉しそう。
目元はユーリルかな、鼻筋が通っているところはパルフィで、髪は少し生えていて黒っぽいから、こちらもパルフィ似かな。
「さて、パルフィ、次の子もいるみたいだけど、少し休むかい?」
次……やっぱり双子なんだ。
「ふぅ、ふぅ……早く出てきてえみたいだからよ。頼むぜ」
休まずに、このままいくんだ。
「わかった。辛くなったらすぐにいうんだよ」
そう言って母さんは、赤ちゃんを抱えたまま立ち上がった。
「私はこの子をキレイにしてくるから、次はソル、あんたがやりな」
「わ、私ぃ!」




