第205話 今何時かわかる?
〇(地球の暦では6月16日)テラ 月の日
今日は午後からカイコ当番。パルフィの診察を済ませてから工房横の広場に向かうと、ジャバトとエルモが荷馬車に道具を積み込んでいた。
「間に合った?」
「あ、ソルさん。よかった。そろそろ呼びに行こうと思ってました」
「ごめん、母さんと話していたら思いのほか時間が過ぎちゃってた」
「いえ、準備が出来てたら出発しますよ」
そういって、エルモは御者台に乗った。
へぇ、今日はエルモが連れて行ってくれるんだ。ということで、ジャバトと一緒に荷台に乗り込む。
「はいや!」
エルモが馬に鞭を打ち、荷馬車がゆっくりと動き出す。
おっ、振動を抑えるように扱えている。久しぶりに乗ったら上手くなっていたって、ルーミンに言っとこ。
「ところでソルさん。パルフィさんはどうですか? お腹がかなり目立つようになってきてますけど」
……っと。荷台の正面に座るジャバトが話しかけてきた。
「さっき母さんとも話してたんだけど、やっぱり出産が早まりそうだよ」
パルフィがこの日で間違いねえといった日から計算すると、予定日は7月9日。ただ、双子の場合は早くなることが多くて、母さんはパルフィもそうなるんじゃないかって。双子はお母さんに会いたい気持ちも二人分だから、早めに出てくるのかも。
「そうですか……これから気が抜けませんね」
うんと頷く。いつ出産の兆候があってもおかしくないから、ユーリルにもパルフィに破水、陣痛があったらすぐに呼びに来るように言っているんだ。
「あのー、赤ちゃんが生まれる日ってわかるんですか?」
エルモが不思議そうな顔でこっちを向いた。
「うん、だいたいね。お母さんから聞いたことないの?」
「はい、そういうことは男には知らせてくれませんでした」
ビントには薬師がいないから、出産は村の女の人たちだけでやっていたはず。そういう所では男の人の介入を嫌うことが多いらしくて、妊婦さんに対する知識が広がらない要因になっているって母さんが言ってた。
「エルモは生まれたばかりの赤ちゃんを見たことある? 大きいでしょう。妊娠して子供を産むって大変なことなんだ。だからカインでは、妊婦さんが大変な時は男の人も含めて周りが助けることになっているの。ルーミンも近いうちにそうなると思うから、エルモもお願いね」
「お姉ちゃんも……はい、わかりました!」
ジャバトも赤ちゃんを欲しがっているし、ルーミンの家系は子だくさんだからきっとすぐだ。
「あとね、エルモ。ソルさんもそうなると思うから、僕たちで助けてあげようね」
「ソルさんもですか! もちろんです!」
ははは……いつ妊娠しても安心だ。
村の西にある桑の畑に着いた私たちは、ジャバトの指示に従い桑の枝を切っていく。
「いい感じです。どんどんいっちゃってください」
どんどん……
「ねえジャバト、切りすぎて枯れるってことは無いの?」
「はい。この桑の木、繁殖力が旺盛ですぐに茂ってくるんですよ。だからある程度バッサリ切った方が、日当たりや風通しもよくなって木のためになるんです」
なるほど、それなら遠慮なくカイコのために新鮮な葉を頂くことにしよう。
「あのー、そんなに茂るんならもう少し工房の近くに植えませんか? 数日おきとはいえ、ここまで取りに来るのもなかなか……」
ここはカインの西の端で、荷馬車で片道一時間くらいかかる。気持ちはわかるよ。
「ごめんね。そうしたいのはやまやまなんだけど、桑の木が自生できるのはこのあたりまでなんだ」
ジャバトの言う通り、工房のあるあたりは冬が寒すぎて桑がうまく育たないと思う。
「そうなんですね。それじゃ、もし、ここの桑が無くなったら、あの子たちは……」
「うん。食べるものが無くなって死んじゃうと思う。だから、枯らないように気を付けていこう」
桑の葉以外を食べてくれたらいいんだけど、そうじゃないらしいから大変なんだ。
「でも、ジャバト。万一の時のために、他の村でも飼育してもらうようにしないといけないね」
いくら気を付けていたとしても、枯れてしまうことはあると思う。
「はい、早いうちに飼育方法を確立しときたいです」
品種改良をしないと決めたから、こちらのカイコは飛び回る。逃げ出さないための飼育小屋の形状や、あちらこちらに産みつけた卵の探し方、そして、その卵を安全に孵化させる方法を教えないと、他の村では飼育することができないと思う。
〇(地球の暦では6月30日)テラ 月の日
ドンドン! ドンドン!
ん? これは……戸を叩く音……あっ!
慌てて飛び起きる。
えーと……ソルのまま、まだ切り替わってない。
ルーミンたちも起きた。
「早く! パルフィが!」
外から聞こえるユーリルの声に反応し、女の子部屋の全員が中庭に出る。
「エルは母さんを呼んできて。ルーミン、行くよ!」
「はい!」
二人で準備していた道具を抱えて、外に出る。
ユーリルは……いる! けど……
「パルフィ、どんな感じ?」
「う、生まれるって、ソルを呼んで来いって」
口調が繋がる前のユーリルの時のだ……仕方がないか。
「ユーリル、落ち着いて。今何時かわかる?」
「え? 時間……あっ!」
気付いてくれたみたい。
「あの星があそこだから……午後の10時半くらいだな」
「10時半……」
あと、一時間くらいか。
「ルーミン、急いでパルフィのところに行くよ」




