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第204話 ドンくさいやつですか……

〇(地球の暦では5月31日)テラ 土の日



 妊娠しているパルフィの定期健診を終えた後、ジャバトが操る荷馬車に乗ってカインの西にある桑の林まで向かう。


「急に暑くなってきました……」


 同じく荷台に乗っている少年は、頭上から容赦なく照りつける太陽を、荷物を入れるための麻袋を使って遮っている。


「ほんとだね。まだ体が慣れてないはずだから、エルモもこまめに水か馬乳酒を飲んで水分を切らさないようにして。熱中症になっちゃうから」


「水分を……」


 エルモは羊の皮で作られた水筒を持ち上げて揺らした。うん、たくさん入っているようだ。


「それにしても、さすが薬師さんがいる村は違います。ビントでは、熱中症なんて聞いたことありません。新しい病気なんですか?」


 ルーミンの弟のエルモくん、去年の夏にカインにやってきた14歳。痩せていた体も、栄養価の高い食事と日々の肉体労働、それに武術の訓練で肉付きがよくなってきてまさに健康体って感じ。ルーミンに似て顔立ちもいいし、きっとこれから人気が出てくるに違いない。ちなみに、エルモの言葉遣いが丁寧なのはルーミンの口調を真似ているらしくて、またそれが可愛らしいんだ。


「ソルさん?」


 おっと、


「ごめんごめん、他のこと考えてた。あのね、昔からある病気なんだけど、あまり知られてないんだ。でも、ひどくなったら死んじゃうこともあるから、他の人にも教えてあげてね」


「し、死んじゃったら大変です。皆さんにお知らせするようにします」


 こうやって広めていけたら、暑さで倒れる人も少なくなっていくはず。


「それでエルモ、カインでの生活はどう?」


「はい、皆さん優しくしてくださいますし、何より虫たちと一緒にいて仕事になるのには驚きました」


 エルモの仕事はリュザールとジャバトが見つけてきたカイコの世話。ルーミンから昆虫が好きだと聞いていたので、やってみる? って聞いてみたら二つ返事で引き受けてくれた。虫だらけのこちらの世界で虫がまったくダメという人はあまりいないんだけど、芋虫だけは無理という子は結構いるから助かったよ。


「あ、そうだ。エルモ、昨日の件だけど。どう? できそう?」


 昨日の件?

 御者台のジャバトが振り返って尋ねている。凪ちゃん、地球では何も言ってなかったよね。何だろう。


「体が大きくて、飛ぶのが下手なカイコを残していくんですよね……」


 飛ぶのが下手……もしかして品種改良をしようとしているのかな。今いるカイコは飛び回るから逃げないように注意しないといけないんだけど、地球でどうしたらいいか話し合った時に、飛ぶのが下手な個体同士を掛け合わせていったらいいんじゃないかって意見が出てたんだ。


「僕たちも手伝うし、失敗しても怒ったりしないからさ」


「でも……」


 ふむふむ。話の流れからすると、農業関係の担当者であるジャバトはカイコを飼いやすくするための作業をエルモに任せたいみたい。


「僕、生きている虫をそのまま茹でるのはちょっと……」


 あー、そうか。虫好きのエルモには酷だよ。でも、糸をキレイに紡ぐにはカイコが繭に穴を開けて出てくる前に糸にする必要があって、中のカイコが蛹のうちに茹でないといけないんだ。


「確かにそうだね。でもね、カイコが作った繭を紡ぐとキレイな糸になって、それで織った生地を女の子は喜んで着るんだよ」


「女の子が……」


「うん、エルモには気になる子はいないの?」


 エルモはちょっと戸惑った様子だったけど、やがてこくんと頷いた。






 公衆浴場近くの養蚕ようさん小屋に到着した私たちは、採ってきたばかりの桑の葉を荷馬車に残したまま中へ入る。


「それじゃ、エルモは僕と一緒に葉を、ソルさんは枝をお願いします」


 枝ね……地面に着き刺している枝を一本一本丹念に見て回る。

 この小屋は床を張らずに土の上に囲いをしているだけの作りだから、地面はそのままの地面。そこに桑の木の枝を刺して、カイコには止まり木として使ってもらっている。その枝をどうして見ているかというと……あった!

 枝に白っぽいような茶色っぽいような小さなつぶつぶがたくさんついている。実はこれはカイコの卵。この卵が付いている枝や葉っぱを回収して、一か所に集めるのが一日のうちの最初の仕事。孵化ふかしたカイコを、一匹でも多く生き残らせるためには必要な事なんだ。

 ということで、卵が付いている部分の枝を折って決められた木箱の中に入れていく。そこにはエルモたちが見つけた葉っぱも入れられていて、同じように結構な量の卵が付いていた。


「それで、ジャバトさん。分けるというのはどうしたらいいのでしょうか?」


 エルモ君やる気だ。


「今、小屋の中をカイコが飛んでいるよね。今はまだ少ないからそのままでいいけど、多くなってきたら飛ぶ様子を見て、ドンくさいのを見つけたらその都度隣の部屋に移していってもらえるかな」


「ドンくさいやつですか……」


 エルモは小屋の中を見渡している。確かに何匹か動きが遅いやつがいるな。


「あとは、繭が大きいのも茹でずに生かしてほしい」


「……わかりました」


 こうやっていくと、いつの日か飛ぶことができないカイコが生まれてくるんだろうな。あれ? でもこれって……





〇5月31日(土)地球



「みんな、ちょっといい」


「おや? 樹先輩、神妙な顔をしてどうされました?」


「あのね、昨日はカイコの世話当番だったんだけど……」


 いつもの朝の散歩の時間、昨日気付いたことを話す。


「なるほど、樹としては俺たちの手でカイコの品種改良をするのはどうかって思っているんだな」


「うん、植物とは違って、昆虫は命の選別をしているみたいで……」


 飛べないカイコを作ることができたら、飼育するのが楽になるはずだし恐らく収量も増えると思う。でも、人間の都合でそういうことをやっていいのか……正解がわからない。だから、みんなの意見を聞かせてもらいたいと思ったのだ。


「言われてみたらそうですね。でも、地球では飛べないカイコを使うことで産業として成り立っているようですし……」


「凪ちゃんの言うこともわかります。ただ僕たちは、地球のやり方を参考にはするけど……というスタンスでやってきていますからね。自分たちがどうしたいのかが重要なんです。僕はどちらかというと樹先輩に賛成かな。あまり経済面を重視して推し進めるのは、テラにはそぐわないような気がします。ちなみに風花先輩的にはどうですか?」


「ボクとしては品質のいい商品を作ってもらうのが一番なんだけど、作り手の人たちに無理させてまではいらないかな。凪ちゃんはどう思ってる?」


「はい。僕は、テラでカイコを見つけた時に、地球と同じようにしないと失敗すると思っていました。だから、なんとしても飛べないカイコを作る必要があると……」


 凪ちゃん……


「でも、もし、今のままでいいのなら、そうしたいです。だって、命の選別とか……僕には荷が重すぎます」


 そうだよ。そう思う。


「よし、決まりだな。エルモには誰が言う?」


「あ、僕が言います。分けてって話をした時に少し悲しそうな感じでしたので、喜んでくれると思います」


 よかった。生産に手間がかかるかもしれないけど、せっかくの絹の衣装をまとうのにモヤモヤするのは嫌だもん。

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