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第203話 はい、内緒です

〇(地球の暦では5月15日)テラ 木の日



 カラン、カラン……


 腰につけた鳴子が歩くたびに大きな音を響かせている。


「クマ……いないよね?」


 振り向くと、後ろを歩くジャバトがキョロキョロとあたりを気にしていた。彼の生まれ故郷のニムルは山から離れていたようなので、ユーリルと一緒でクマには慣れていないようだ。


「大丈夫……だと思うよ」


 耳に届く鳥たちの声も、私たちに対する警戒心だけみたい。クマが近くにいたら、もうちょっと賑やかなはず。


「ちゃんとついてきているかい」


 二人で返事をして、先頭を進む父さんに続いて山道を登る。今から向かうのは初めてのところ。特別な薬草が生えている場所らしくて、これまでは薬師である父さんとジュト兄しか行くことができなかったんだけど、薬師見習いになった私は今回初めて連れてきてもらえることになったんだ。ちなみにジャバトが同行しているのは……


 ガサガサ……


 繁みに何かいる……


「ふむ、ところで、二人とも蛇は?」


 へ、へび!?


「う、うん。平気」

「はい、問題ありません」


 急に出てきたら驚きはするけど、恐怖で体が固まってしまうようなことはないと思う。だって、カインのすぐ近くには山があって、蛇なんかしょっちゅう出てくるから。でも、わざわざ聞くということは……


「父さん、もしかして毒持ち?」


「ああ、そういうのもいるようだよ」


 なるほど、それで手に持った木の棒で地面を叩きながら歩いているんだ。蛇は振動を感じて逃げるみたいだから。ちなみにカイン近くでよく見かけるのは、たぶん日本のマムシと似た種類だと思う。頭の平べったい感じとかそっくり。


「それで二人とも、ここから先のことについては秘密にしてほしいのだが……」


 こちらを向いた父さんに、ジャバトと二人でうんと頷く。父さんたちと薬草を取りに山には何度もきているけど、この場所は初めて。きっと大切な場所なんだと思う。


「ありがとう。この先さらに険しくなるから、足元に気をつけるんだよ」


 そう言って父さんは川の方へ降りていく。遅れないように……うわ、結構急だ。気を抜いていたら足を滑らせてしまいそう。


「ソルさん、これを」


 ジャバトから指示されたツタを握る。おっ、強い! 地中深くまで根を張っているのかな。っと、調べるのはあと。そうしないと、道とは思えない道をどんどん進んでいく父さんに置いていかれそうだ。


「もう少しなんだが、休憩しなくて大丈夫かい?」


 少し開けた場所で父さんが振り向いた。このあたりなんだ。普段薬草を取りに行くところよりも西の方だと思うけど、聞いただけじゃたどり着けそうにない。


「私は平気」


「僕も」


「さすが若いな。それじゃ先を急ごう」


「この場所は父さんが見つけたの?」


「いや、ご先祖様だと聞いているよ」


 ご先祖様か……ということは、もしかしてこの場所を見つけたから、カインがある場所に村を作ろうと思ったのかな。以前カインの成り立ちを聞いた時に、死んだおじいちゃんがそういうふうに言っていたような気がする。


「さて、ここだ」


 しばらくして、父さんは何の変哲もない場所で立ち止まった。普通に草が生えているだけで……あ、でも、この花は……ジャバトを見る。うんと頷いた。やっぱりそうだ。


「二人ともこれが気になるようだね」


 父さんは紫色の花がキレイな、少し背の高い植物に近づいていく。


「これはトラスといって治療に欠かせない植物なんだが、扱うのが難しくてね……」


 父さんから手袋をはめるように促される。


「ジャバト、これを見てみてどう思う?」


「はい。元気がないようですね」


 父さんたち薬師が長い間秘密にしてきたこの場所。植物のことに詳しいとはいえ薬師ではないジャバトを連れて来たということは、この植物がそれだけ重要だということだ。


「やはりわかるか。治療にどうしても必要なんだ。何とかならないかね」


「そうですね……」


 ジャバトはしゃがみ込み、トラスが生えている周りを調べ始めた。


「……恐らく、こいつが生育の邪魔をしているのだと思います」


 ジャバトの手にはどこにでもありそうな雑草が握られている。


「これが?」


「はい、この植物が、トラスが成長するために必要な栄養分を取ってしまっているようです」


 相性が悪い植物というわけかな。


「そうか……急に弱りだして不思議に思っていたのだが、私では気付かずに枯らしてしまうところだったよ」


 うんうん、ジャバトに来てもらって正解だったね。


「それで、そいつを抜いてしまったら大丈夫なんだね?」


「いえ、これは根が残っていたらまた生えてきますので、定期的に抜いて除去する必要があります」


「根が……それでは、いつまでたっても無くならないのでは?」


「抜くたびに根が弱っていきます。そして、ある程度弱らせることができたら、冬の寒さで枯れてしまうはずです」


 父さん、ホッとした表情。


「ありがとう。ジュトにも話して、対処することにしよう」


「僕も手伝いに来ます」


 その方がいいと思う。草の抜き方も色々とあるみたいだから。

 ということで、ジャバトに教わりながら早速最初の草抜きを始める。


「それで、父さん。このトラス、何の薬に使っているの?」


「痛みを緩和させる効果があるから神経痛やリウマチの治療に使っているし、冷えも改善するから色々な薬に入っているね」


 万病のもとの冷えまで! そんな大切な薬が使えなくなったら大変だ。邪魔な草はしっかりと抜いて、トラスには元気になってもらおう。




〇5月15日(木)地球



 朝の散歩の時間、コルカまで行商に出ている風花に昨日のことを報告する。


「へぇ、ソルが言ってたあの毒、やっぱりトリカブトだったんだ」


「うん。父さんはあの時使った毒の元だとは言わなかったけど、たぶんね」


 凪ちゃんもうんと頷く。

 テラで毒矢を使った時に感じたのは、地球で猛毒とされているトリカブトの毒に似ているなってこと。それで昨日は、父さんに薬草の世話を手伝ってくれと言われて行った場所に、地球の図鑑で見ていた紫色の花があったというわけ。


「でもよ、トリカブトって中学の時の理科の先生がこのあたりの山にも生えているって言ってたから、カインでは寒すぎるんじゃねえのか?」


「昨日見たのは、日本のよりも葉も大きかったですし根も深くまで張っていそうでしたので、同じ科の違うしゅなのかもしれません」


 長い時間をかけて、カインの気候に合わせて進化してきたのかもしれない。


「んで、場所は?」


「内緒」

「はい、内緒です」


 たとえ、ここにみんなしかいないとしても、教えるわけにはいかない。それがタリュフ父さんとの約束だからね。

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