第202話 地の果てまで追っかけて懲らしめて差し上げます
散歩の後、それぞれの家で朝ごはんをすませて改めて僕の家に集まった。
「暁は?」
「招待はしているのですが……あ、来ました」
ノートパソコンの画面の向こうには、東京の穂乃花さんと暁がそれぞれ映っている。
『お、こっちのみんなも元気そうじゃねえか』
4月から東京大学に入った穂乃花さん、授業とかクラスの行事とかあって大忙しみたいで、地球での話し合いに参加できるのは久しぶりなのだ。
「穂乃花先輩もお元気……いや、何かちょっとお疲れの様子。どうされたのですか?」
ほんとだ。あちらでの妊娠の影響が出てるのかな。
『わかるか。実はな、昨日、大学のクラスの一泊旅行があったんだが……』
穂乃花さんによると、何人もの大学のクラスメイトから言い寄られて大変だったらしい。そういえば、母さんが一緒だったから詳しく聞けなかったけど、昨日テラで診察するときに愚痴をこぼしてたっけ。穂乃花さん、言葉遣いはあれだけど、ルックスはなかなかのもの。人気になって当然だ。
「確か、入学当初もそう言っておられませんでしたか?」
『ああ、一度断ってんだけどな。あいつら性懲りもなくまた来やがったんだ』
もしかしたら、一か月の間にクラスでの様々なイベントをこなしているから、ワンチャンあると思ったのかも。
「穂乃花先輩には竹下先輩がいらっしゃるのにですね」
『だな、剛ほど魅力的なやつはそうそういねえぜ』
ふふ、竹下が照れてる。
『しかし、このままじゃいつまでたっても埒が明きそうにねえな。どうすっかな……』
穂乃花さん、思案顔。
『……そうだ! 剛、今度の夏休みはこっちに来い。あいつらに紹介してやる』
「紹介って……ええっ! 大学生に!?」
『心配すんな。あいつら、思った以上に子供だからよ』
そうなんだ……
『そういや俺も、繋がってから地球の友達とつるんでもなんか物足りないんだよな』
「わかる。ボクもそう。もしかしたら経験値の差かもね」
あちらの僕たちは、大きな声で言えないようなことを色々とやってきている。考え方だって違っているはずだ。さてと……
「それじゃ、みんな揃ったところで始めようか」
まずは暁に、前回の報告会から昨日までの間にカインで起こったことを伝える。
『相変わらず、そっちはどんどん進んでいるな。それにしても、水車か。すげえ……俺のところじゃまだできそうにないわ』
ユーリルのように頭の中の設計図通りに部品を作り上げるとか、普通は無理。
「今度、定規を作っからさ。設計図と一緒に隊商に持たせてやるよ」
『すまん、助かる』
水の力を動力に変えることができたら、明らかに効率は上がる。特にタルブクには、氷河からの雪解け水が流れる大きな川とできたばかりの鍛冶工房があるから、いろんなことに使えるようになると思う。
「そっちで硬貨は? こっちは量産に入るよ」
『そろそろ作り始めるところだから。打刻用の金属も頼む』
「わかった」
硬貨はカインとタルブクでそれぞれ作るんだけど、同じ価値になるように銅とニッケルの比重とかは一緒にして、どこで作ったかわかるように刻印のデザインをちょっと変える予定なんだ。
『あとさ、春に出した俺のところの隊商が昨日ようやく戻ってきたんだけどさ』
そう言って暁は、自分のかわりに小さなお皿を画面に映し出した。その上には黒っぽい粒つぶが乗ってる。もしかして、これを準備するために遅れたのかな。
「その色合いに質感は、小豆ですか?」
『さすが海渡。正解。アルバン(シュルトの町長)が見つけてくれたぜ。たぶんジャバトの絵が効いたんだな』
実際は地球の小豆とは違ってあちらで自生している物だと思うけど、アルバンが遥か東方から来る隊商に頼んで見つけてくれたみたい。
『今度そっち行きの隊商に持たせるから、凪、頼むな』
「任せてください」
タルブクは寒すぎて作物を育てるのは難しいから、必要な分はカインで作って運んであげよう。もちろんタダじゃ無いけどね。
「小豆が使えるようになったら、早速おはぎを作りましょう。ただ、あちらはインディカ米なので少しパサつくかもしれませんが……」
画面の先の暁がゴソゴソして、今度は白い粒つぶを映し出す。
「それ、米だろう」
『そう、ジャポニカ米。東の方で作ってるらしい。ただ距離があるから、普段買うには高すぎるんだ。だから、これも頼む』
「籾が手に入ったんですか?」
『ああ』
暁の答えに考え込んでる凪ちゃん。
「難しいの?」
「ジャポニカ米なら水田で作った方がおいしくできるのですが、あちらは水が貴重なのでその方法を広めることはできません」
確かに、僕(ソル)たちが住む盆地は基本的に乾燥していて、水田に水をためるほどの水が確保できるかどうか微妙。できたとしても、雪解け水が流れている今の時期くらいだけだと思う。
『畑で作るのは陸稲と言うんだろう。それでかまわないから。頼むよ。しっとりした卵かけご飯を食べたいんだ』
卵かけご飯、インディカ米ならサラサラした食感になりそうだけど……
「もしかして、お前のとこ、卵を生で食べてるのか? 度胸あるな」
『いや、いつもは火を通してる。でも、外をキレイに洗ったら生でも食えるだろう』
「えーと、暁さん。卵の食中毒の主な原因のサルモレナ菌は、外からだけでなく親鶏経由で直接卵の中に侵入することがあるらしいので、あまりオススメは……ただ、そちらはかなり寒いのでもしかしたらいけるかもですが」
暁が『マジか』と呟いている。お米が手に入るようになったので調べてみたことがあるんだけど、地球で生卵を食べられる国は日本以外はあまりないらしい。衛生水準が高くないと難しいみたい。
「僕たちもいつかは生卵を食べたいと思っていますので、少しの間お待ちいただけますか?」
『もちろん』
凪ちゃんが大学で、そのあたりのことも勉強してくれる予定なんだ。
さてと、次の話題は……あっ!
「そうそう、暁、ゴムは?」
この前風花が、コルカの人たちがあの温泉の場所に村を築くことにしたみたいと言っていたから、早ければ来年には硫黄が安定して手に入るようになる。荷馬車の性能をあげるためにも、ゴムの加工場の場所を早めに決めときたい。
『よかったら、それはうちでやらせてもらえねえか』
「わかった。でも、人は大丈夫なの?」
タルブクでは、男の人は暖かくなったら放牧に出るはず。
『南の山脈越えた村から移住の相談受けてんだ。それに妊婦も増えてきているからさ。子供たちが大きくなった時の仕事場を確保しとかないといけないんだ』
『でもよ、暁。硫黄はあれもできるんだぜ。よその村のやつらにやらせて大丈夫なのか?』
あれというのは火薬だね。
『移住者には、まずは工房で糸車を作ってもらって適性を見てからかな。それでさ、試しにあれも作ってみてもいいか?』
「あれですか……暁先輩、まさかそれを使ってカインを……」
『使わねえよ。もしそんなことしたら、お前たち、地球で俺に仕返しするだろう』
「当然です。たとえ暁先輩があれの末裔だとしても、地の果てまで追っかけて懲らしめて差し上げます」
そういうこと、だから僕たちは一蓮托生。両方の世界で協力しながらやっていくしかないんだ。
ちなみにあれとかそれとか曖昧な表現をしているのは、情報専門の忍者の末裔である鈴木教授のグループは、通信アプリのログなんかを使って危険人物をマークしていると聞いたから。会話の内容を知られるのが鈴木教授たちなら事情を話しているので問題ないんだけど、違うグループなら困ることになるかもしれないので念のため。
『俺のところには俺一人しかいないだろう。だから、いざという時のために保険として持っときたいんだ』
エキムは忍術を使えるけど、村の人たちはそうじゃない。盗賊が数を頼りに襲ってきたら、対処できないことが十分考えられる。でも火薬があったら、それこそ忍者なんだから何とでもなるんだろう。
「それじゃ、コルカの町長には硫黄はカインで引き受けるから、どんどん採掘するように言っとくよ」
新しい村で暮らす人たちも安心だ。
「それで暁くん、隊商が戻ってきたと言っていたけど、シュルトはどんな感じ?」
「そうです。秋には砂糖職人さんたちを返しますから、開墾の状況も教えてください」
開墾がうまくいってなかったら、砂糖の生産の時期がずれ込むかもしれない。
『避難民も減って、交易も動き出してるみたいだぜ。それと、アルバンからの言伝、予定通りだから秋を楽しみにしてるってさ』




