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第201話 いつの間に籠なんて編んでたんですかね

〇(地球の暦では5月6日)テラ 火の日



「うわ、冷たい!」


 テムスが川辺から身を乗り出して、水に手を付けている。


「落ちるなよ。拾いに行くの大変なんだからな」


「はーい」


 この時期の薬草畑近くの川は、雪解け水が流れているので冷たいうえに流れが速い。いくら私たちが武術ができるとしても、体が大きくなり始めた男の子を助けるのは骨が折れると思う。って、ほんとに危ないんだから、後できつく叱っておこう。


「ほら、テムス、最終確認をやるぞ。手伝え」


 ユーリルとテムスが用水路の中にたたずむできたばかりの水車を手で触り、部品がちゃんと嵌っているか確認していく。実はこの水車、テムスも組み立てに参加したんだよね。まだ子供っぽいところはあるけど、戦力として期待できるようになってきているんだ。


「ユーリル兄、問題ないようです」


 テムスは、右手を額に当て敬礼の仕草……誰が教えたんだろう。竹下っぽくないから、ルーミンか……それとも、ジャバトかも。そういえば、海渡と凪ちゃんが地球でそうやって遊んでいたことがあったっけ。さてと、


「いよいよだね」


「ああ……」


 ユーリルは少し不安そう。この水車は、定規がまだないテラでユーリルが頭の中の設計図を元に作り上げたもの。それぞれの部品のサイズはカンといっていたから心配なのはわかるけど、ちゃんと組みあがっているから大丈夫じゃないかな。


「こっちの準備は整いました」


 鍛冶職人さんが小屋から顔を出して報告してきた。ちなみに今日はパルフィはお休み。お腹がかなり大きくなってきたから、馬での移動が必要な場所へは行かないようにしてもらっているんだ。万一のことがあったら大変だからね。


「んじゃ、始めるか」


 ユーリルが上流のアラルクに手をあげて合図を送る。

 すぐにガタンと音がして、水車に繋がる用水路に水が流れ始める。ここまでは予定通り。


「どうだ……」


 水は私たちの前を通り過ぎて、水車に当たり……そして、ゆっくりと動き出した。


「ユーリル兄、やったよ!」

「よし!」


 ユーリルとテムスがハイタッチ。


「ふぅ、あとは……」


「ユーリルさん!」


 小屋の中から鍛冶職人さんの大きな声。


「すぐ行く! ソルとテムスは水車の様子を見ててくれ」


 不具合かな。テムスと一緒に水車周りの状況を確認する。水車は、水音を大きくたてながらぐるぐると回っている。今のところ問題なさそう……


「テムス!」


「!」


 ユーリルに呼ばれたテムスは、小屋に入ったかと思うとすぐに出てきた。


「ソル姉、水を止めてだって」


 急いでアラルクに合図を送る。

 水の勢いが弱くなるにつれ、水車の動きも緩慢になっていく。


「何があったの?」


「安全装置を外したままだったみたい」


 なるほど。安全装置というのは、いざという時に水車の動力と刻印を打つ装置の繋がりを切るやつ。水車の力は水が流れる限りこちらの都合にお構いなく伝わってくるから、一瞬で止める手段がないととても危険だ。地球の知識を持っているんだから、ちゃんと付けとかないとね。っと、


「テムス」


 テムスに水車が完全に止まったことを伝えに行ってもらうと、またすぐに戻ってきた。


「OKだって」


 アラルクに再度合図を送る。また、ガタンと音がして再び水が流れ始める。

 そういえば、OKという言葉もこっちで普通に使われるようになってるな。地球組のみんなが思わず使っちゃってるから仕方がないか。


「ソル姉」


 テムスに促され小屋の方を見ると、ユーリルが顔を出して大きく丸印。ふふ、うまくいったようだ。





〇5月6日(火祝)地球



「やっと、休みが終わる」


「です、大変でした」


「にゃぁ……」


 朝の散歩の時間、竹下と海渡とカァルはとても疲れた様子。昨日は、それぞれのお店でイベントがあると言っていたけど忙しかったのかな。


「今年はカフェも盛況で、休憩もろくに取れなかったぜ」


 カァルも川沿いの欄干の上を歩きながら、うんうん頷いている。

 どうも、春の新作の『洋と和の奇跡の出会い! 中山家特製おはぎととろける苺と濃厚ショコラの夢みるパフェにきな粉を添えて』が何気に人気でカフェのお客さんが増えて、呉服の方にもいい波及効果が出ているらしい。


「僕のところは子供の日の特別メニューが100セットの上限いっぱいに注文がきちゃって、そりゃあもうてんてこまいでしたよ」


 その特別メニューが、先週、夕方のテレビの情報番組に出てたんだから仕方がないと思う。


「お疲れ様。でもそういう状況だと、二人が東京に行っちゃったら、おうちの人は大変なんじゃない?」


「風花先輩、ご心配いりません。僕のところはお兄ちゃんの婚約者の方が戦力になりつつありますからね。大学入学は、後を継がない僕がフェードアウトしていくのにちょうどいい時期なような気がします」


「俺のところも同じようなもんかな。兄貴の彼女が手伝いに来るたびに、お袋が可愛がっているからさ。俺がいなくても、そろそろ店が回りそうなんだ」


 二人とも次男坊だから、いずれにしろいつかは家から出ないといけない。それが早いか遅いかの違いだと思う。まあ、僕も次男だから一緒なんだけどね。


「で、風花、アレは? そっちの方は、日中はかなり暑くなってるだろう」


「うん、直接日の光が当たらないように気を付けてる。今のところは無事みたい」


「凪、桑はどうしているんだ?」


「籠の中には必要な分だけを入れて、他は枯れないように湿らせた布に包んで運んでます」


 三人が話しているのは、たぶん野生のカイコのこと。マルカちゃんを迎えに行く前に、ジャバトの故郷の南にある川沿いの村で見つけたみたい。


「そうか、是非とも生きたままたどり着いて欲しいぜ。これからのためにな」


 三人が力強く頷いている。確かに、まずは自分たちで育ててみないと、養蚕ようさんをテラでできるかどうかわからないんだけど……

 トントンと海渡から肩を叩かれる。


「いつの間に籠なんて編んでたんですかね」


 ほんとだよ。出発するときには無かったはずなのに。あちらの男手衆は、何としても絹の生地が欲しいみたいだ。


「ところで、そっちはどうだったの。昨日水車を試したんでしょ?」


「ああ、うまくいった。ただな……」


「ただな?」


「硬貨の試し打ちの時に、刻印が済んだ硬貨の方はよかったんだが、まっさらな方の硬貨の送り出し装置の動きがいまいちでな。諸々《もろもろ》含めて、2、3日調整が必要みてえだ」


「2、3日か……水車小屋の装置はお姉ちゃんが作っていないんでしょ。その割にはそれだけっていうのは、なかなかいいんじゃない」


「だな。みんなの腕も上がってきているようだぜ」


 あちらの技術水準も、少しずつだけどよくなってきているんだと思う。


「それで、ボクたちは明日カインに着くけど、アラルクたちの結婚式の方は?」


明々後日(しあさって)かな」


 二人の新居はできているけど、マルカちゃんも疲れているだろうし、ゆっくりとお風呂に入ってキレイになってからハレの日を迎えてほしい。

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