284 ベストフレッド、決意する(人間族side)
「共同管理? どういう意味です?」
ベストフレッドは、ここミスリル鉱山の管理者に就いて五年以上。
中央から遥かかけ離れた場所柄、新鮮な情報を得るにはあまりにも不利である。
それでも商会長リトゲスに関わる噂話は、僻地にまでも響いてきた。
曰く、若くして商会の頂点に立ったその手腕は悪辣。その一言に尽きると。
自分以外の他人は利用すべき駒だとしか見ず、彼によって使い捨てられた人材は多くいるとか。
そして彼に敵対して潰された人材はそれを遥かに上回るとか。
とにかく悪い印象しかない人物であった。
仁徳をもって当たるダリエルとは真逆だというのがベストフレッドの印象である。
そんな人物と対面することなど生涯ないと思っていたのが、今目の前にいる。
人生とは思いがけないものだった。
「ここミスリル鉱山は、冒険者ギルドによって厳重管理されることが決定済みです。ミスリルは重要物資だ。一つに機関によって一元管理されることこそ理に適っている」
「たしかに安全性を考えれば、その方がよいでしょう。しかし文明社会の発展のために、今一歩冒険へ踏み出した方がよいとは思いませんか?」
この問答自体悪い流れだとベストフレッド思い始めた。
今ここへ商会の者どもが現れたこと自体、ミスリル鉱山の警備体制を脅かす敵対行為だ。
侵入者と和やかに問答するなどありえない。
「ミスリルは、より広く、人間族の生活に密着すべきです。そうすれば人間族はより豊かになり、その余裕から新しい技術が生まれることとなりましょう。そのためにも私たち商会は協力したいのです。我が商会の流通網を使えばミスリルはより効率的に人間国全土へ行き渡る!」
「法外な価格上乗せを受けてですか?」
しかしベストフレッドには、迂闊に抵抗できない理由があった。
単純な戦力の違い。
相手が百人単位という大集団で乗り込んできたのに対し、ミスリル鉱山の警備はせいぜい五十人程度。
事務員などの非戦闘員を除けばもっと少なくなる。
それにたいしてリトゲスが引き連れてきた集団は多くが武装して、その七割が戦いに参加できそうだった。
力づくで鉱山を奪うために来ている。
ベストフレッドは相手の意図を即座に読み取った。
「商会は欲深すぎる。商会を通じて売り出されるものにはすべて法外な値上げがされ、差額すべてが商会への上納金として搾取される。それこそ文明社会の発展を防ぐ悪ではないか。無茶な高値が消費を妨げ、流通を鈍らせている」
「そんなものは我ら商会を不当に非難する者が、よく持ち出す屁理屈です。我々が各商人から頂いているお金はほんの僅かなものです。商品を効率的に運ぶ流通網の使用料ですよ。流通網の維持にはお金がかかるのですよ。それを支払ったら我らの手元には一銭二銭も残らない」
「それが証明されたことは一度もないがな」
だが、このまま無駄話で引き延ばしても状況が打開できないことはたしか。
ベストフレッドは冒険者ギルドに所属する者であり、何としても戦いを避けようという者ではなかった。
「とにかく、アナタたちの侵入は深刻な敵対行為だ。闇雲に大きな通路まで作り、人間族の宝であるミスリル鉱山の防衛力にまで脅かしている。この暴挙には正式に、冒険者ギルドからの抗議が入るだろう」
「暴挙というならそちらの方では? ミスリル鉱山は人間族の宝、それはこちらも同意できる。しかしだからこそ冒険者ギルドが独占することこそ暴挙の極み! 人間族の宝は、人間族全体に委ねられるべきだ!!」
暴論を言う。
「そこで我々は、やむなく至宝独占の大罪を犯す冒険者ギルドを、実力によって排除する!」
「……やはり、そのために大軍を引き連れてきたか!?」
商会の真の目的はそれだったのだ。
ミスリル鉱山の強制占拠。
それによってミスリル管理を商会が掌握し、流通販売までその手で行う。
リトゲスがキャンベル街に道路を切り拓かせたのも、それが目的。
鉱山占拠のための戦力を送り込むための経路作りだったのだ。
戦いは数でもあるのだから。
「クククク……、アナタたちが悪いのだよ? 私はチャンスを与えたのだ」
勝ち誇った笑みを浮かべるリトゲス。
「私は、アナタたちと仲よく協力して商売したかったのだ。信頼と融和こそが商売の基本だからね。……しかしお前たちは、あの生意気な田舎の村長も私の申し出を拒んだ。私の善意を踏みにじったのだ!!」
既にダリエルに会ったのか。
リトゲスの口ぶりに、いかにもダリエルらしい振舞いだとベストフレッドは感心した。
「だから我々の行動は正当なのだ! 我々は正当な権利を主張し、実力に訴えるのだ!!」
「そんな無法がまかり通ると思っているのか? 実力に訴えれば、商会が冒険者ギルドに敵うわけがなかろう」
冒険者は、人間族の安全を守る職業戦闘者。
それらを統括するのが冒険者ギルドだ。
それに比べれば、いかに商会が大資本を擁しているとしても所詮は銭勘定だけしかできない組織である。
本気の殺し合いになれば実動能力を持つ冒険者ギルドが負けるはずがない。
「アナタたちが引き連れてきた武装集団も……、冒険者だな?」
ベストフレッドからの指摘に、対峙する集団の大部分がたじろぐ。
「恐らくは、商会に協力した町村にある冒険者ギルドの所属者か。この辺りでそうしたことができるのは……キャンベル街だな」
的中する推測に、ますます相手側に動揺が広がる。
ベストフレッドの指摘通り、リトゲスが引き連れてきたのはキャンベル街に所属する冒険者だった。
冒険者ギルドは各町村に点在し、方針をセンターギルドが取りまとめるものの基本的な判断は各自の裁量に任せられる。
キャンベル街の冒険者ギルドが地元の方針に従って商会に味方することもありえない話ではなかった。
「しかし、その場合キャンベル街のギルドはギルド全体から違法行為をとったとみなされる。センターギルドから処断されてギルド運営権をはく奪され、所属する冒険者も全員冒険者資格をはく奪されるぞ?」
「そんなことはない。彼らの権利は我ら商会がしっかり守りますとも」
詐欺師のように耳ざわりのいい言葉をリトゲスは謳う。
「私はかねてから疑問に思っていたのだ。ヒトにオーラ能力を与える、その特権を笠に着るセンターギルドの横暴を。この機会に冒険者ギルドは全体が、大きく変革すべきだと私は思う。より公正で、平和的な世の中になるよう特権を分散すべきだと思わないか?」
そう言って個人としての冒険者たちを丸め込んだのか。
冒険者とて人それぞれ、ギルドへの忠誠心より自分の損得を優先させる者もいれば、郷土愛をとる者もいるだろう。
それら人それぞれの心を巧みに利用し、手駒に仕立て上げたか。
リトゲスは、自分たちの横暴が許されると思っている。
それは愚鈍な自己中心主義ではなく、狡猾な計算から導き出された結論だろう。
たしかに商会に実動戦闘力はなく、正面から冒険者ギルドとやり合えば敗北は目に見えている。
しかし実際正面からぶつかり合うことはないだろうとタカを括っている。
何故なら商会に戦闘力はなくとも、経済を握っていることもまた事実だから。
商会が潰されれば人間領全体の流通が破綻し、経済が混迷し、冒険者ギルドとて大きな損害を被る。
どんなに目障りに思っていても、自分たちの生活のために不可欠なために潰せないものがある。
それが自分たち商会だ、と。
だから多少の無茶は押し通せるのだと思っているのだろう。
無理やりミスリル鉱山を占拠しても冒険者ギルドは強く出られず、なあなあのうちに落としどころを見つけ、商会もなし崩し的にミスリル運営に関われるに違いない。
とでも思っているのだ。
「大きな賭けに出たものだ。たしかに冒険者ギルドと商会は、これまで反目しつつも持ちつ持たれつでやってきた。商会がなくなれば冒険者ギルドも大いに困る」
それもまた事実。
「しかしここまでの暴挙に出れば双方の亀裂は取り返しがつかなくなるぞ? 最低でもしこりは残る。それだけのリスクを勘案して実行に移しているのか?」
「すべてはアナタたちが悪いのだよ。私たちをのけ者にするからだ。儲ける時は皆で儲けるべきじゃないのか? それが助け合いというものだ?」
「くだらないことを言う。得するかどうかは常に当人の頑張り次第だ」
ベストフレッド、一歩進み出る。
「たしかにこの少人数で、お前たちの軍勢は防ぎきれない。虚しく鉱山を明け渡すしかないだろう。しかし冒険者ギルドを舐めるなよ。すぐさま本腰を入れた大軍勢がここに押し寄せ、無法の略奪者を皆殺しにする」
「何を殺気立っているのだ? もって平和裏に……!?」
「先に剣を抜いたのはそちらだ。挑まれたら受けて立つのが戦闘者の流儀だ。……皆の衆」
ベストフレッドは一度だけ振り返り、同じ陣営の冒険者たちを見る。
「……私と共に死んでくれるな?」
「そこまで入ってのクエストでしょう? 今更念押しされても困りますよ?」
気風のいい笑みを返す冒険者たち。
「銭数えしかできない商会どもに、一つ現場の恐ろしさってヤツを教えてやりましょうよ。一度請け負ったクエストは死んでも完遂させる。それが冒険者の生き方だってね」
「さすがラクス村から派遣された冒険者たちだ。教育が行き届いているな」
ベストフレッドの体から噴出する生命エネルギー。
「なんだと!? あれはまさか……オーラ!?」
「私も曲りなりに冒険者ギルドに所属する者なのでね。管理職だから戦えないとでも思ったかね?」
ベストフレッド、拳を握り締めて言う。
「さあ、お望み通り始めようじゃないか、血で血を洗う修羅場をな! プロの冒険者の覚悟を試したんだ、そちらも覚悟はできてるんだろうな!?」






