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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第ニ幕 海容
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第29話 竜紅人 其の四


 

 首に当てられる爪の尖った感触に、ぞくりとしたものが香彩(かさい)の背中を走る。

 真竜に鋭い爪があることは知っていた。

 だが竜紅人(りゅこうと)の鋭爪が、自身の喉元へ宛がわれる時が来るなど、香彩は想像すらしていなかった。幼い時から気が付けば側にいて、自身を護り、時には叱る存在(もの)であったが為に。

 違うものなのだと頭の何処かで分かっていても、彼の『化け方』は見事と言うよりほかない。背中から伝わる体温と気配、そして物心付く前から聞いてきただろう声色は、確かに竜紅人のものだった。


 だから間違えるはずがないと。

 思い込みたかった。

 思っていたかった。

 これが偽物など有り得ない、と。


 だが、左手首に絡み付く紅の鎖の様な(いん)。ここから入り込む彼の『力』が、竜紅人とは違う存在(もの)だと主張している。


 


 巧みに真似られた神気と。

 とても懐かしい『力』の気配と。

 (かのと)(りょう)に似た、妖気。




 それらが自分の意思とは関係なく、身体の中を蹂躙していく。置き換えられていくみたいだと、香彩は思った。



(……否)



 吸い上げられていく自身の術力に、思わず泣き出したい程の懐かしい『力』が、ひとつになろうとしているのだと、いった方が正しいだろうか。


 ぱりん……と。

 どこかで何かの割れる音がする。


 ここに来て香彩は、ようやく気付いたのだ。

 竜紅人の蒼竜としての『力』を誓願して作った結界に、覆い被さる『別の力』の結界があることに。

 それは時間をかけて侵食し、溶け込んで、ひとつの結界になろうとしていた。

 作り主である香彩の意思を無視し、既に融合を果たした箇所から、崩壊していく。


 少しずつ。

 少しずつ。


 再び聞こえる、何かの割れる音は、果たして結界だけのものだったのか。

 にぃと、普段見せることのない、尖った牙を見せて嗤う竜紅人の笑みが、更に深いものになる。

 堕ちよ。

 堕ちよ、と。

 細め見る目は、むしろ慈愛すら感じられる程、残虐性に満ちていて。

 ああ、と香彩は唐突に理解する。

 これは彼が作った結界だ。

 そして自分は、内側から喰われる存在(もの)と化すのだ。



 気付きたくなかった。

 本心を、目の前に突き付けられた様な気がした。

 気付かずにいれば、何事もなく過ぎて行くかもしれないと、そんな甘い考えのまま、見て見ぬ振りをしていた。



(──竜紅人のことも)

(──あの……夢のことも)



 感じていた違和感の正体を、突き詰めることが恐ろしかった。

 自分の心の中でなかったことにした、見なかったことにした報いなのか。

 突き付けられる現実と、真実に向き合う勇気がなかったのだと、自身に言い訳をしてみても、もうどうしようもない。



 

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