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双竜は藤瑠璃の夢を見るか  作者: 結城星乃
第ニ幕 海容
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第30話 竜紅人 其の五



 首に宛がわれる鋭い爪が、目の前にいる刀剣を持つ人物を牽制するかの様に、首の皮膚を掠める。

 傷を付けないように、だがその気になればいつでも首を落とすことぐらいは出来るのだと言わんばかりに、絶妙な力加減で引っ掻くような動作をしてみたり、鎖骨の窪みに先端を強く押しつけてみたりして、咲蘭(さくらん)を煽りつつも、抑制する。

 冷たい汗が額を背中を伝い、流れていく感覚に香彩(かさい)は僅かに身を震わせた。

 全身が強張る様子を見破られたのか、鋭爪は執拗に鎖骨の窪みの、ほんの少し上を圧迫する。



 その息苦しさは。

 夢を思い出させるのだ。

 


 おぞましい程に空虚で、表情のない目をした少年の両手の親指が、愛憎の念を抱きながら、圧を掛けた場所であるが故に。



(あの少年を……僕は)



 知っていたはずだ。



 くつくつと、彼が嗤う。



「そうだな。お前にとってここは……」



 弱点だな。


 香彩にしか聞こえない程度に落とされた声色が、耳のすぐ側で響く。

 ぐっ、とその場所を。

 息の通うその場所を、指の腹で強く押されて思わず香彩が噎せる。


 何故、彼が『知っている』のか。


 香彩はようやく恐ろしさを感じていた。

 竜紅人(りゅこうと)の外見と、泣きたい程の懐かしい気配に惑わされていた感覚が、彼の一言で目覚めたのだ。


 彼はどこまで『知っている』のか。

 彼は『何者』なのか。

 


 自分はこれから『どう』なるのか。



「──っ……ぁ!」



 逃げたかった。彼の懐という恐ろしい場所から。左手首にかけられた紅の鎖を引き千切り、身体に傷を付けてでも、ここから逃れたかった。



(逃げなければ)

(僕は知ってしまう)

(……あの真実を)



 それはまさに直感だった。

 このままだと、望まない形で知り得てしまう。

 彼の手によって。


 彼を振り払う様に、香彩は自身が持つ、ありったけの術力を爆発させた。

 青白い光が香彩の身体を駆け巡り、閃光を放つ。


 竜紅人が僅かに怯んだその隙を見逃さないとばかりに、狙い澄ませた咲蘭の刀剣が、竜紅人に向かって振り下ろされた。

 それはまさに刹那。

 香彩の首元にあった竜紅人の右手が、真竜のそれに変化したと思いきや、強靭な鱗が咲蘭の刀剣を易々と受け止め、押し退ける。

 真竜の手の薙ぎ払う様子を察知して、咲蘭は素早く下がるが、三本の爪痕をその衣着(ころもぎ)に残していた。


 そして。

 抵抗の意味を込めて、渾身の力で爆発させた術力は。

 左手首に施された紅鎖の印に全て吸収され、新たな彼の『力』となって、香彩の身体の中を一気に蹂躙し、置き換えていく。

 その反動だろうか。

 少しずつ解け始めていた、離れを覆う結界が、音を立てて崩れ落ちた。





「……そろそろ分かって貰いたいな。今、置かれてる立場というものを」



 ぎっと睨む咲蘭に対して、くすりと嗤いながら竜紅人が言う。

 がくりと力の抜けてしまった香彩を、無理矢理咲蘭の方へ向かせ、真竜の手から生える鋭爪を、再び首に宛がった。



 僅かに皮膚に触れるか触れないかという力加減で、爪が動く。


 すっ、と。



 首に残された紅の筋から滴るものが、鋭爪を濡らし。

 これ見よがしとばかりに、舐め取って見せたのだ。


 

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