60 平凡な日常
「色々とご迷惑をおかけしました」
少し落ち着いた後、ミルフィさんが深々と頭を下げる。
「良いのよ! でも、これからは悩みがあるなら私に相談しなさいよ? もし、ビッツェが浮気したら私の魔法をドカンと一発お見舞いしてやるわ!」
クレアがビッツェのほうを睨み付けながら言った。
「何はともあれ、ミルフィも無事に戻ってこれて感謝する。本当にありがとう」
「いやいや、俺は結局何もできなかったよ。お礼なら、夢の中へ入る魔法を使ってくれたシャルノに……」
クレアの睨みに動じることもなく冷静に対処するビッツェ。
こ、これが大人の貫録というやつか。
「あれ、そういえば、シャルノはどこ行った? ま、まさか、夢の世界から戻ってきてないんじゃ……?」
「そんなことないわよ。さっきまでそこで料理を頬張ってたもの」
周囲を見渡してもそこにシャルノの姿はなかった。
三年前の真相を知ってショックを受けてないかどうか心配だな。
「ふひひひひ、ナイトー、ナイトも一緒に飲もうよー」
「そうですぞ、こういう時は、飲んで飲んで飲みまくって嫌なことも全部忘れてしまうのが一番なのですぞ!」
ライアンとドバイが、そう言いながら俺にからんできた。
さ、酒くせえ。
まさか、俺たちが夢の中で悪戦苦闘してる中でずっと飲んでいたのか。
「よっしゃあ、分かった! 俺が男の飲みっぷりというのを見せてやるぜ!」
と言ったものの、わずか一杯でダウンする俺。
「う、うげえ、気持ちわりぃ……。こ、こんなの人の飲み物じゃねえ。苦いだけで全然おいしくないし……」
「ハッハッハ、ナイト殿にはまだ早かったようですな」
でも、たまにはこういうのも悪くない。
みんなで騒いで、アホみたいに笑って、時には泣いて、そうやって平凡に暮らしていけるってことが、何よりも幸せなことなんだ。
その夜、一人で月を見上げていたクレアに話しかけた。
「よー、クレア! こんなところで何やってんだー?」
「何よ! 私がしんみりとしてちゃ悪いって言うの?」
「べ、別に悪くないけどさ」
ムッとした様子で、俺に向かって拳を振り上げる素振りを見せる。
だが、実際に殴られることはなかった。
「私、ミルフィの親友だったのかな?」
「どうした、急に」
「だって、ミルフィは自分で自分に睡眠魔法を使ったんでしょう? 私、ミルフィがそこまで追い詰められていたなんて全然気付いてあげられなかった。自分一人が、悲劇のヒロインになったつもりでいた。お兄ちゃんが死んで悲しかったのはミルフィも一緒なんだよね。それなのに、泣いてばかりの私に、いつも優しく笑って励ましてくれた……」
クレアに抱きつかれる。
「……私ね、ナイトに言っておきたいことがあるの」
「ななななんだよ、改まって」
緊張のあまり、俺の声が思いっきり上擦ってしまった。
恥ずかしい。
何やってんだ、こんな時に。
「今回のことで、私思ったの。人の気持ちは声に出さないと伝わらないって。だから、だから言うね。私は、ナイトのことが――」
「あ、あー! ちょ、ちょっと待って! そ、そういえばさ! アイゼン博士は勇者を殺したわけじゃなかったんだよ!」
何言ってんだ俺。
「夢の中で、見たんだ。勇者ファルスが、瓦礫の下敷きになってるアイゼン博士を助けるところをさ。それで――」
こんな時に話すようなことじゃないだろ。
もう、俺のバカ。
「だ、だから、だからさ――」
「ふふ、あはははは」
「く、クレア……?」
突然笑ったかと思えば、急に怒った顔をして拳を振り上げるクレア。
うわ、殴られるッ!
咄嗟に目をつぶる。
あ、あれ……?
この柔らかい感触はもしや……。
「ふふ、おバカなナイトにちょっとしたお仕置きだよ」
無邪気に笑うクレア。
そして、俺はこの時、心に決めた。
この笑顔を絶対に守って見せる――と。
しかし、平和な時間は長く続かなかった。
勇者は、勇者。そして、魔王は、魔王。
この世界は、俺の知ってる異世界と違う。
そう思っていたのに――。
運命に突き動かされるかのように、世界は動き始める――。




