第二十九話 ミッション2:哨戒任務【6】
闇夜に浮かぶは青白き満月、密閉された操縦席では森から漂う新緑の薫りや、木々の間を緩やかに抜ける微風を感じる事はできないが、周囲に立ち込めた殺気だけは必要以上に感じ取ることができる。
司令室がある尖塔を掴み壁面を足場とする一匹、前線基地の屋根に数匹、基地を囲む防壁の上に数十匹、そして俺の機体を囲む百匹以上はいるだろう機械巨猿の群れ、そのどれもが赤い目を光らせ俺を凝視している。第一モニターが示すトウマの位置は基地を挟んだ反対側、その周りにも夥しい数の敵機表示印が画面を埋め尽くしていた。
こいつらがトウマの言っていたザコ猿だよな、LBOって無双要素もあったのか?数がいるって事は敵は弱いってのが相場のハズなんだけど。
思案しているとトウマから東の森の奥に隠れ潜む中ボスを倒してくると通信が入った。トウマから見ても、このミッションの敵機数は尋常じゃなく多いらしい、予定を変更して早期クリアを目指す事になりそうだ。トウマがボスを倒すまで俺は応戦しつつ逃げまくって粘れば良いのだろう。戦うにしろ、逃げ続けるにしろ、どの道、俺は新型AQAの性能に賭けるしかない。
二十メートルほど離れて五匹のカッパヌマンがこちらの周りを隙を伺いつつ、ゆっくりと右回りで周回している。輪の外側のカッパヌマンはその動きとは逆方向、左旋回で動き、更に外側のカッパヌマンは右旋回、おそらくこちらを包囲しているカッパヌマンの群れは幾つもの輪を描き右旋回、左旋回を交互に行っているのだろう。組織的な動きに恐怖を感じ、操縦桿を握る手の平に不快な汗が滲み出てくる。猿共の右手には幅広の棍棒、それを肩に担ぎ猿特有の声を発しながら徐々に輪を縮めて来ている。
俺は操縦桿に複数付いているボタンのうち、人差し指にかかる黄色いボタンを静かに押す。するとオミナスプリガンの両肩に搭載されている二機のAWが射出され、球体型だったAWは妖精の形に変わり、金色のAWは右回りに、紫色のAWは左回りに、それぞれカッパヌマンの動きに合わせ自機の周りで羽ばたかせる。
機体の周囲を旋回飛翔する妖精、徐々に旋回範囲を広げ、やがてカッパヌマンの目と鼻の先にまで近づいて行く。
カッパヌマンの意識は俺から離れ、その視線は金の鱗粉と紫の鱗粉を撒き散らす妖精の不可思議な動きに囚われていた。
妖精はカッパヌマンの頭上を飛び回り、跳ねて踊って鱗粉を撒き散らす。すると妖精の鱗粉が意思でも持つかのように次々とカッパヌマンに付着、それは輪の内側から徐々に輪の外へと向かって侵食して行った。
使用条件は整った。初めて使う戦闘スキル、その威力は俺にも分からない、願わくば俺に戦える自信をもたらす一撃であってくれ。
「発動!【ブレイクアウト】!」
金の妖精、紫の妖精が、その場で静止し、人間には不可聴の叫び声を上げる。
紫の鱗粉はカッパヌマンの機体内へと入り込み、金の鱗粉からは雷光が迸る。
視認できる全てのカッパヌマンの動きが止まった。数十匹のカッパヌマンは光の粒子へと変わりやがて消えていく。消えた跡には点滅する残骸が残されていた。紫の鱗粉、これは毒属性の攻撃で、敵機のエネルギーを奪うことにより増殖し、次々に電子回路を破壊していくウィルスである。金の鱗粉は雷属性で、放電による感電で相手の動きを阻害させる効果がある。紫の鱗粉は内部から、金の鱗粉は外部から敵機を麻痺させ破壊する攻撃である。
全ての敵を倒す程の威力は無いか、でも麻痺させる効果は発現しているな。
「この好機を逃しはしない。」
俺は手近な敵から攻撃していく、先ずは右手のスパイクロッドで動けぬカッパヌマンの頭部を粉砕、続いて振り返りざまに左手のリボルビングショットガンで散弾を発射、三機纏めて風通しを良くしてやる。同時に二機のAWを操作し、上空から光弾を連発させカッパヌマンを次々に撃墜していった。
殴る、撃つ、撃ちまくる。第二モニターには続々に獲得ソウルのメッセージが表示されている。
麻痺しているカッパヌマンの尻尾に噛み付く、栄養を摂取すると素体レベルが上がった。もうひと噛み、レベルは上がらなかったが機体スキル【暗視】を取得する。先程までは前線基地からの照明でしか視認出来なかったのが、スキルを得た途端に視界が開け、森の奥から這い出るカッパヌマンの姿を捉えることが出来るまでになった。
「そうだよな、敵は際限なく現れる、だったな。」
続々と出現するカッパヌマン、それでも包囲網を破った事により全方位を警戒せずに済み、東西の森から、即ち前後から出現するカッパヌマンの対処をするだけで良いのだから随分とマシになったものである。
西の森から来る敵にはリボルビングショットガンとAQAの後方から鱗粉を撒き散らせつつ妖精の光弾で敵機を撃ち減らし、東の森から来る敵は鱗粉による麻痺攻撃で対応する。
敵が麻痺したなら反転し、今度は東側の敵を撃ち、西側の敵には鱗粉の散布で備える。AQAのエネルギーが尽きかけるまで、ある種のハメ技を繰り返す。
弾幕の嵐をくぐり抜けて来た瀕死の勇者にはスパイクロッドの一撃で労うが、此方も無傷ではいられなく、腕部にダメージを受ける。
損傷率2%、これなら三時間の戦闘も可能かもしれない。
「よし、やってみるか。」
トウマに戦闘を継続したいと通信を入れ、戦闘を楽にする為に東側の中ボスだけは倒す事に同意し、戦闘続行の了承を得る。
通信後、直ぐに東の森から中ボス撃破による黒い霧のような塊がAQAへと飛来、それ以降は東の森からカッパヌマンが現れる事はなかった。
こうなると戦闘は俄然楽になる。鱗粉攻撃で敵を麻痺させている間にエネルギー補給を無事に済ませられ、トウマ機と合流する頃にはアイテムを拾う余裕すら出てきた。
何百機敵機を倒したか分からないが、任務開始から二時間が経過した頃、中ボス登場イベントが発生し、西の森から多くの下僕猿を引き連れ、銀色の大猿が飛び出してきた。
どうやら一定数のザコ猿を倒せば中ボス《シルバヌマン》が森から出てくる仕様なのだろう。
中ボスはトウマ機が対処すると言うが、このR3AQAが中ボス相手にどこまで通用するか試させて欲しいと願い出る。
こいつに苦戦するようでは大ボス戦では足手纏いにならぬ様、遠方からトウマの戦いぶりを指をくわえて観ているしか無くなる。
勇んで前に出たまでは良かったが、中ボスに当てた麻痺攻撃は鋼鉄の表皮を焦がしただけのダメージと、少しばかり動きが鈍る程度の効果しか及ぼさなかった。
中ボスから受けたダメージは脚部に20%、背部に18%、この結果により、俺には大ボス戦に参加する資格がない事を理解させられてしまう。
悔しい、俺の責任で部隊を全滅させてしまった時も悔しかったが、役に立たない事が分かった時も同じくらい悔しいものなのだな。
ああ、俺を救ってくれた恩を返す為にも俺はもっと強くなりたい。
この時、俺は強くそう思った。




