幼な妻、夫の幼馴染をシバキ倒す①
「こんな子供を娶らなければならなかったなんて、フォルテが可哀想だわ」
戦場の英雄と名高いフォルテ・ヴィットーリアが、王命で婚姻を結ばされたのは十六歳の少女。
三十四歳のフォルテとは、十八歳も離れていた。
「そうですわね。わたくしも、本当に夫は可哀想な方だと思います。それで?」
突然屋敷に我が物顔で入って来た女に、十六歳の幼な妻ドルチェは、小首をかしげて話を投げ返した。
そのスピードたるや、投げたボールを打ち返すくらいの素早さだ。
相手が泣いたり怒ったりすると思っていた女は、出鼻をくじかれ憮然とした表情になる。
――なんで、そんなに冷静でいられるのよ。
フォルテが不在の時を狙って現れたこの女の名は、プリマ。
伯爵家の三女で、甘やかされて育ったせいか、何事も自分第一の女だ。
ずっと侯爵であるヴィットーリア家に嫁ぐことを夢見た彼女は、屋敷が近い事とフォルテの母ピアニッシモに可愛がられていたことを良いことに、しょっちゅうヴィットーリア家に来ては我が物顔で過ごしていた。
それが四か月前、フォルテの婚姻を機に訪問を断られるようになった。
頼みの綱のピアニッシモにも連絡が取れず、何故か今まで協力的だった家族までが、プリマを止めるようになっていた。
何に怯えているのか分からないが、
「お前は、もう、何もするな。恐ろしいことになるぞ」
としか言わない。
しかし、部屋から出られないとなると、もう監禁状態だ。
我慢できなくなったプリマは、家族に何も伝えぬままヴィットーリア侯爵家へと突撃した。
しかし、顔なじみの門番はおらず、新しく雇われたらしい屈強な男に止められた。
「私を誰だと思っているのですか!」
「さて、存じ上げませんが」
「なんて、無礼な。フォルテの幼馴染であり、未来の侯爵夫人プリマ・アムレートですよ!」
やんややんやと正門前で騒いでいると、中からメイドが一人現れた。
そして、門番の耳に何かを囁いた後、
「奥様がお待ちですので、応接室へどうぞ」
と言って、プリマを屋敷に招き入れた。
「ほ~ら、貴方以外の人間は、ちゃんと私の事を分かっているようね」
勝ち誇った顔で屋敷に入ったプリマだったが、まさかメイドが門番に、
『奥様が直々に成敗します』
と囁いたとは夢にも思っていない。
こうして、意気揚々と屋敷に入って来たプリマを応接室で待っていたのは、新妻であり幼な妻のドルチェだった。
ケーキのように甘く可愛らしい容姿の少女は、レースとリボンが上品にあしらわれたドレスを着ている。
それは、一見して高価な物だと分かった。
フォルテの結婚相手が、相当年の若い相手だとは聞いていたが、実際見るのは初めてだったプリマは思わず、
「貴女、誰?」
と聞いてしまう。
言葉使いが庶民と変わらないところ、アムレート伯爵家は、彼女の教育に失敗していると見える。
「私は、この屋敷の女主人であり、フォルテ・ヴィットーリアの妻であるドルチェです。お客様の対応は、私がするように夫から言われています。それで?」
『それで?』と小首をかしげる仕草が同時に行なわれると、何故か、とても馬鹿にされている気がする。
プリマは、カッと頭に血が上って顔を真っ赤に染めた。
「わ、私は、フォルテの幼馴染です」
「そうですか。それで?」
「それで?って、何よ」
「ですから、何の御用でしょうか?」
もう、この時点で三回は小首を傾げられている。
元々ピアニッシモに会って状況を確認し、もし無理やり婚姻を結ばされているのであれば自分が妻になると申し出るつもりだったプリマは、それ以外の事を何も考えていなかった。
『それで?』と聞かれても、頭は真っ白で次の言葉が出てこない。
「御用がないのでしたら、私も忙しいのでお帰り願いたいのですが」
「そ、そんなことないわ。ちゃんと用事があって来たのよ」
「そうですか。それで?」
小首を傾げるのも四回目のドルチェは、その行為を楽しんでいる気配すらある。
傍に控えるメイド達も、必死に笑いを堪えているらしく肩が揺れていた。
門番と同じく使用人達まで一掃されており、プリマの味方は一人もいない。
誰にも助けてもらえないプリマは、目に涙を一杯溜めて思わず本心をぶちまけた。
「こんな子供を娶らなければならなかったなんて、フォルテが可哀想だわ」
「そうですわね。わたくしも、本当に夫は可哀想な方だと思います。それで?」
ここで冒頭のシーンに戻るのだが、今までの流れを見ていると、どちらが子供なのか分からない。
プリマは、ドルチェの落ち着き払った顔を歪めさせたい一心で、
「わ、私の方が、フォルテに相応しいわ。彼だって、私を愛していると言っていたわ」
と嘘を言った。
しかし、ドルチェには、全く響かないらしく、
「そうですか。それで?」
と、今日何回目か数えるのも面倒くさくなるくらい繰り返された『小首を傾げる』をしてみせた。
「なんで、『それで?』しか言わないのよ」
「特に貴女にお話しすることもないので」
「貴女じゃ話にならないわ。ピアニッシモおばさまを呼んで!」
プリマにとっての切り札は、ピアニッシモだ。
フォルテの母は、女の子に恵まれなかったため、プリマが幼い頃に非常に可愛がってくれたのだ。
そのお陰で甘い汁を吸い続けたプリマは、ピアニッシモさえ居てくれたら形勢逆転できると思い込んでいた。
しかし、ドルチェは至極冷静に、
「お義母様は、只今保養地へ静養に行っていらっしゃいます。当分帰ってきません。あと、貴女にお手紙を預かっております」
と言って、封筒をプリマに差し出した。
やっと、『それで?』以外の返しを得たプリマだったが、渡された手紙には一言、
『二度と来ないで』
とだけ書かれていた。
筆跡は確かにピアニッシモのものだが、ずっと可愛がっていてくれた彼女が、こんなメモのような手紙を残すはずがない。
「おばさまに、何をしたの?これ、無理やり書かせたんでしょ?」
「無理やりかどうかは分かりませんが、ご本人の意思だと私は思っています。それで?」
「それで?って何よ!おばさまに会わせてよ」
「会いたければ、会いに行けばよいのではないでしょうか?保養地の名前は、ロンターノです」
ドルチェが口にした地名は、ここから馬車で一週間もかかる遠方だった。
ヴィットーリア侯爵家の領地でもない場所に、何故フォルテの実母が行かされる必要があるというのだ。
「貴女、おばさまを追い出したのね!」
「そんな証拠が何処にあると言うのですか」
「だって、おばさまは、この家の女主人よ!」
「いいえ。結婚と同時に家督は夫が継いでいます。ですので、私が、この家の女主人です」
「子供のくせに、偉そうね」
「偉そうではなく、偉いのです」
淡々と言い返すドルチェに、プリマはポロポロ泣き出した。
状況が悪くなると泣くのは、子供でも質が悪いが大人ならもっと面倒くさい。
――なんなのよ、この小娘。なんで、こんなに図太いのよ!
プリマがハンカチを取り出して涙を拭くと、マスカラとアイシャドーと付けまつげがとれて、パッチリおめめが、糸のように細くなった。
「プッ、ムール貝が、マテ貝になったわ(日本語訳:大ハマグリがシジミになったわ)」
メイドの一人が、その変わりように思わず呟くと、
「確か、貴女の名はリーゾだったわね。人の容姿を笑う者は、この屋敷には必要ありません。摘まみだして」
と、ドルチェが背後に立っていた護衛に指図した。
「はっ」
屈強な男は、そのメイドを抱え上げると、
「お許しを!ドルチェ奥様、お許しを!」
泣いて謝罪するメイドを応接室から放り出した。
そこに一切の躊躇はない。
相手がどれだけ手足をジタバタさせても、難なく押さえ込んでしまう腕力が護衛にはあった。
その素早さに、流石のプリマも、涙が引っ込んでしまう。
次は我が身とでも思ったのだろう。
この時点で、勝敗は決まっていた。
相手の事を何も知らずに怒鳴り込んできたプリマと、全てを知った上で待ち構えていたドルチェでは、心の余裕が違った。
目の前で起こった一幕に腰が引けたプリマだが、それでも精一杯虚勢を張って、
「伯爵家の私に、そんな口の利き方をして大丈夫なのかしら?お父様に言いつけたら、貴女のご家族も路頭に迷う事になるかもしれないわね」
と厭味ったらしく言ってみた。
しかし、そんなことで動じるドルチェではない。
「ご心配無用です。やりたければ、思う存分やって下さって結構です。私には、もう関係のない家ですので」
そう本気で思ってるのが、キッパリと言い切る言葉の強さからわかる。
よほど両親と仲が良くないのだろうか?
全くつけ入る隙が無い。
そして、そんなドルチェには、侵しがたい気品があった。
やっと違和感に気付いたプリマは、目の前の少女をよく観察してみる。
艶のあるヘーゼルブラウンの髪は柔らかにうねり、結い上げることなく下ろされている。
結い上げていない自然なスタイルが、若い彼女に、とても似合っていた。
そしてラピスラズリを彷彿とさせる青い瞳に見つめられると、言葉が口から出なくなってくる。
威圧とは違う、威厳。
努力で手に入れるものではない、生まれながらの資質が、プリマに無言のプレッシャーをかけてくる。
「貴女……何者?」
「それも知らずに、ここに来られたのですか?聞いていた以上に、お馬鹿さんなのですね」
辛辣な言葉とは裏腹な、ドルチェの優しい微笑みは、困った孫を諭す祖母のように見える。
「私の名は、ドルチェ・トルタ。トルタ公爵家の長女であり、元王太子の元婚約者ですわ」
何故元が二回ついているのかなど、自分の事にしか興味のないプリマは分からない。
つい半年前に、王宮で行われた夜会で、王太子による婚約破棄があったことすら知らないのだ。
平民の少女にうつつを抜かし、公衆の面前でドルチェを辱めた彼は、現在王位継承権を剝奪されて幽閉されている。
故に、元王太子。
トルタ公爵家に頼み込んで無理やり婚約を結んでもらっていた王家が、ドルチェに対して行った最大限の謝罪だった。
王命を使ってヴィットーリア侯爵にドルチェを引き取ってもらったのも、学園創立以来の才女と呼ばれる彼女を、国外の貴族に取られるのを恐れたからだ。
ドルチェが自分よりも地位の高い公爵家の娘と知り、プリマは一瞬ひるんだ。
しかし、王太子に婚約破棄をされた傷物を、国王がフォルテに無理やりあてがったのだと知り、益々怒りが湧いてくる。
「誰かのお古と結婚しないといけないだなんて、フォルテが可哀想。何故、辞退しなかったの!」
「王命ですから」
「王に命じられれば、愛していなくとも結婚できるの?私には、理解できないわ!」
「出来なくて結構ですが、先ずは、一つ訂正を。私は、夫を愛しております」
ドルチェの言葉の真偽は分からないが、王命で決められた婚姻を、ただの伯爵家三女が覆せるわけもない。
歯がゆさにプリマが震えていると、背後から、声が聞こえてきた。




