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プリンとキス  作者: 雲母あお


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1/19

1.はじまり

「やばい。遅刻する!」

バタバタと狭い部屋を駆け回る。

「あっ、時計!」

窓際に置いてある時計を手に取り、慌ててはめようと下を向く。

「…え?靴下に穴?」

履いた時気づかなかった・・・


慌ててタンスの引き出しを開けて履き替える。

「あっ、ハンカチ!」

タンスを開けたら違う忘れ物も思い出した。

一番上の引き出しからハンカチを取り出すと、ズボンの後ろポケットに突っ込んだ。

「よし。あとはもうないか?」

声に出して確認する。部屋をぐるりと見渡す。

それから、自分をみる。

「うん。靴下大丈夫。時計した。ハンカチ持った。財布も学生証も……あれ?ない??」

カバンに入れたと思っていた財布と学生証が、入ってない。

「え!?あれ?確か昨日入れたと思ったのに…くそっ!どこ置いたっけ……あーーー!!」

嫌になる!!あちこち探して、やっと見つけた。

「間違えてこっちのカバンに入れたのか……はぁ……」


最近なかなか眠れないせいか、やっと眠れると朝なかなか起きることができない。そのせいで朝慌てることが多かったが、今日はとびきりひどい。


はあ。

もう疲れた…。

体がだるい。

頭重い。


玄関で靴を履き、出かけようとしたらドアに足の小指をぶつけた。

バタンッ

半分も開かれなかったドアが閉まり、玄関で悶絶した。

「痛い…。」

それから、気を取り直してもう一度ドアを開けると、


ザァー

「…。」

土砂降り…


はあ。

もう一度ドアを閉めて、下駄箱の傘の入った扉を開ける。


ガラガラガラガラッ


中身がなだれて出てきた。

靴を履いていたものの、足の上に大量の、傘が降ってきて

「痛いーっ。」

足の甲とスネを手でおさえ、悶絶しながら玄関にうずくまる。

うーなんなんだよ、もう……

今日休むか?

「…。」

いや、今日の一限は絶対出なきゃまずいんだ

この2年で溜まったビニール傘が7本。その中の一本を手に取り、後は下駄箱に押し込んだ。


「よし、大学行くか。」

気を取り直してドアを開け、パッと傘を開き歩き出した。


「もうかえりたい。。。」

駅のホームに着くと、この人たちみんな同じ電車に乗るのかと考えると、うんざりするくらいの人で埋め尽くされていた。


とりあえず、近くの最後尾に並ぶ。

さすが4月の頭。いつもより混雑している。

新品のスーツに身を包んだ男女や、制服を身に纏った新学期が始まったばかりでソワソワとしている高校生が楽しそうに、不安そうに、もうすぐ到着する電車を待っている。

そして、大学生になったばかりと思われる若者たちの姿も。。。


キラキラしていてまぶしいな。

これから始まる新しい世界に胸を躍らせているんだろうな。。。


俺が、東京へ出てきた時も、側から見たら、あんなふうに期待を胸に、初々しくキラキラ輝いて見えたのだろうか。



ー俺が思い描いていた大学生活ってそんな特別なものだったのか?ー



朝起きて大学行って友達とおしゃべりして、お昼食って、バイトなんかして、友達と遊びに行ったり、東京観光したりなんかもできるかなぁなんて夢見て東京に出てきたけど、そんなにたくさん望んでいたわけではない。

普通に大学生活が送れれば…その程度だと思う。


そんな特別なことかな?俺が望んだ事は。。。



ペチャツ


頭の上で変な音がした。

なんか頭のてっぺんが冷たい。

「ん?」

そっと触ってみると、

「げっ!!鳥のフン!?」

まじか……


『まもなく電車が参ります。白線の内側でお待ちください。』

アナウンスが流れる。


「え!?電車くる。まずい。どうしよう。」

今日は遅刻できないんだって!!

仕方ない、このまま電車に乗り込んで、数駅だし、俺背は高い方だし、頭のてっぺんを見られることはないだろう。臭いとかするのかな?いや、なんとかなるだろう。


ホームに入ってきた電車を見て、そのまま乗ろうと思ったけど、

「なんか地味にしみる。頭皮痛いかも… …」

いや、でも……


電車が止まって、一歩足を踏み出したけど、周りの人がチラチラこっち見ている気がしてきた。

なんとなく頭のてっぺんに手を置いて隠す。


どうしよう。

この電車に乗らないと遅刻する。

でも、なんか頭皮にしみて地味に痛い。


ちらっと前に並ぶ中年男性の頭が目に入った。


「ん!?」


サーっと顔から血の気が引いていく。

やばい。ごめんなさい。失礼なこと考えました。

でも、この若さで、鳩のフンを被ってのそれは……


ホームの屋根の下で雨宿りをしていた鳩を見て、がっくり肩を落としながら、駅のトイレで頭を洗うハメになった。

そして、もちろん授業に遅刻した…


今日の一限に限って小教室のクラス単位の授業で、遅刻に厳しいと評判の教授の、しかも今年度最初の授業だった。

「遅れて申し訳ありません。」

頭を下げて教室に入ると、教授が教壇に立ち、すでに授業が始まっていた。

すっと自然に教授の頭に視線がいった……

「!?」

目が合った瞬間、なんで遅刻したのか聞かれて、『鳩にフンを落とされて頭が…』と言えず口籠もったら、教授の心証を悪くした。

いや、その後の言葉を言っていたら、余計心証を悪くしたかもしれない……あぁ…俺はバカだ…言い訳はいくらでも考えられただろう…体調悪かったとかさ…ありきたりだけどさ…馬鹿正直もいいところだ…ただの馬鹿じゃん…


単位もらえるだろうか……

授業が終わった後、去り際に冷たい一瞥をいただき、早くも心配になった。


でかい体を小さくして、これ以上目立たないように、なんとか一限を終え、一抹の不安を残しつつ次の授業の教室に向かう。

今日は散々だ。


気温は少しあたたかくて、トイレの冷たい水で頭を洗ったけど、風邪を引かないですみそうだ。

もう乾いている。


雨宿りの鳩さんよ!何も頭のてっぺんにフンを落とさなくても!!




大学3年の春。

授業が終わっても話しかける友人もいない。話しかけてくるクラスメートもいない。これからゼミが始まる。憂鬱でしかない

時々、全てが灰色で色がない世界が広がっていて、新聞紙の中を歩いているみたいな錯覚をすることがある。黒インクで印刷された、誰かが書いた世界、どこかで起きている何か、誰かの心の世界…白黒で色がない。誰かが発信する情報の中を、耳を傾けることなく道順通りにただ通り抜けるだけの存在…。


ふと、家に帰りたい、と思った。


でも、東京の大学に合格してあんなに喜んでくれて、沢山の協力のもと1人暮らしまでさせてもらっている。

お金がかかって大変なはずなのに、何も言わずに快く送り出してくれた。

学ぶためにここにいる。それを全力で応援してくれた。

そんな家族に、"東京と学校に馴染めないから帰る"とは、とうてい言えなかった。



行くとこないな…


なんか息苦しさを感じる。

なんで俺ここにいるんだっけ?

ふとそんなことを思いながら、雨が止んで傘をたたみ1人歩いている。

気づけば今日一日の授業を終え、またアパートのある最寄り駅に立っていた。

改札をでて、東口の階段を降りて、アパートへの道を歩き出した。



駅を出てすぐ、突然前を歩いていた女性が立ち止まった。

危ない!

ぶつかる寸前で立ち止まることができた。

気づいてよかった。

こんな小さな人にぶつかったら、跳ね飛ばしてしまうところだった。

そうならなかったことに、内心ほっとしていた。


さっきまで降っていた雨のせいで、道のところどころに水たまりができている。

どこから飛んできたのか、水たまりには桜の花びらが数枚浮かんでいた。

その女性は、はあ、とため息をつきながら、ふくらはぎにはねた水たまりの泥水のあとを、嫌そうに見ている。


さて、避けて帰るか。

と、歩き出そうとしたら、


「やだ、しっぱねちゃった…。」

あーあ、洗ってもなかなか落ちないんだよなーこのシミ。ぶつぶつと呟いてる。


頭が真っ白になった。

あ…今、なんて…?。

思わず、声を掛けていた。


「茨城のてぇ!?」


2026年1月21日内容少し変えました。さっぱりと短めにと思ったけど、本当はこうしたかった内容に変更。

最初に投稿した時より文章が長くなりましたが、ご容赦を。

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