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童女の嫁入り (2024/4/23〜同年6/11連載・完結)  作者: 真髪芹
第7章 約束と誓いを守る為に
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第95話 美しい少女(二)

「狭依! おい、狭依!!」


 懐かしい声だと、ぼんやり思った。

 名を呼ばれて、狭依はゆっくりと意識を取り戻した。


「……。大彦、くん……?」


 障子越しの暗さと明るさで分かる。夜明け頃だろうか。

「ど……して……?」


 こんな時間に。こんな場所に。

 と思ってから、気が付いた。大彦がこの狭依の自室に来たのは、小学校低学年の頃が最後だ。


「ど、どうして! 女の子の部屋に、勝手に入り込んでるのっ!?」

「いや、俺もよくわかんねえんだよ。急にとおりゃんせの歌が聞こえてきてさ、何か青とか緑色とかの、ぬるぬるした感触の奴らが来てさ、担がれてかっ(さら)われて、放り出されて今ここ」

「…………」


 狭依は、小首を傾げた。

「それ……、河童じゃない?」

「あ、そう言えば、手に水かきっぽいのあったわ」


 大彦はさらっと納得して、突然妖怪に攫われるという恐怖体験が、恐怖体験だということにすら気付いていないようだった。

 狭依は、思わずくすりと笑った。


「……大彦君らしいね」

「何が?」

「ふふっ、そういうところ」

「……?」


 大彦は、よく分からん、といういう顔をしたが、さっさと次の話題に移った。


「ちゃんと美少女じゃん」

「……………………」


 しばしの沈黙の後、狭依は真っ赤になった。

「何なの急に!」

「ほい」


 大彦は、スマホの画面を狭依に向って突き出した。

 そこには、ミラーで狭依の顔が映っていた。


 水疱も炎症もかさぶたも何も無い、(なめ)らかな白い肌をした美しい少女が、驚いた表情で目をぱちぱちと瞬いた。

 本当に、跡形も無く消えていた。体もスッキリと軽く、もう平熱だと体温を計らなくても分かった。


「どうして……?」


(選ばせてやろう)


 ふと、赤い鬼の言葉を思い出した。

 ――夢ではなかった。


「お、おい。治ったのに何で泣いてんだよ」

「あの子が、死んじゃう……!」


 狭依は、しゃくり上げた。

 醜い鬼の姿になっても、稔流に愛された少女は、恥じていなかった。


 理由は分からないが、彼女もまたお天王様に斬られ血を流した体で、残り少ない命の時間を使って、狭依の命を救いに来てくれた。


「大彦君……! あの子が……稔流君の大切なひとが、死んでしまうの。もう、長くないって……、助けてあげて、お願い……!」

「あの子って、すげえ美少女の鬼?」

「…………」


 狭依は、イラッとした。

 狭依を初めて美少女と言った舌の根も乾かぬうちに、稔流の恋人を「すげえ美少女」と言ってのけるとは。


 だが、今はそれどころではない。


「あの子が、言ってたの。もう……!」

「俺らは、何も出来ねえよ」

「…………」


 呆気ないくらい、すぐに大彦が否定したので、狭依は茫然とした。


「……っ、どうして簡単に言えるの!? 稔流君は、どうなるの? 大切なひとを、失ってしまったら……!」

「簡単じゃねえよ。鬼は、鬼神(きじん)っていうくらい、神様なんだよ。神様にもどうにも出来ないことを、人間がどうこう出来る訳がねえんだよ」

「…………」

「あの美少女を助けられるとしても、俺の役目でもお前の役目でもない。それは、稔流の役目だ。あの美少女を助ける神様になれるのは、稔流だけなんだ」


 狭依は、何も言い返せなかった。

 大彦は、正しい。どうしようもなく、正しい。


 もう、あのふたりは、人間の手の届かない所へ行ってしまう。

 その事実を、大彦は既に覚悟していて、受け容れているのだと、狭依は悟った。


 だが、狭依は言った。


「さっきから、美少女美少女って連呼してるのは、何かイラッとするけど」

「あ、それって、さくらにも言われたわ」

「……さくら?」


 その名は、『椿』と共に、この村では禁忌の名前なのに。

 でも、姫神と同じその名は、あの少女に似合うような気がした。


 あまりの美しさに、怖いとすら思って、でも魅入られて目を離せなかった、幼い日の記憶が呼び覚まされて。


「狭依」

「なぁに?」

「狭依って、見慣れ過ぎててよく分かんねえと思ってたけど、やっぱ美少女だよな?」

「だよな? って私に聞かれても!」

「じゃー、断言するわ、美少女。美少女美少女美少女美少女美少女美少女美s…何回言ったっけ」

「やめてよもう! 何なの!?」


 大彦は、いつもと変わらない口調で言った。

「さくらに言われたんだよ。さくらじゃなくって狭依に言えって。で、俺は『狭依が治って生きるのなら1万回言ってやる』って答えたからさ、治ってピンピンしてる狭依に、美少女って1万回言わなきゃなんねえんだよ。……えっと、うんとざっくり1年を400日ってことで割ると、1日25回だな。行けそうだわ」


「もーっ! 訳わかんない! 男子ってすぐからかうけど、女子はそういうの大嫌いなんだからね!!」

「からかってねーよ。……まあ、お前の中では、俺はそういうふざけたキャラなんだろ」

「…………」


 狭依は困った。

 姉弟のように育ったけれども――そうだと狭依は思い込んでいたけれども、周囲の女子が、大彦を弟にしたいタイプだとは、これっぽっちも思っていないことくらい、流石に狭依でも分かる。


 でも、幼い頃の大彦は無謀なくらいに活発で、しょっちゅう怪我をしていたし、好奇心で悪戯をしては大人に雷を落とされたり……というのを何度も見てきた狭依としては「私が傍にいてちゃんとしなきゃ」と思うしかなかったのだ。

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