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第95話 美しい少女(二)

「狭依! おい、狭依!!」


 (なつ)かしい声だと、ぼんやり思った。

 名を()ばれて、狭依はゆっくりと意識を取り戻した。


「……。大彦、くん……?」


 障子(しょうじ)()しの暗さと明るさで分かる。夜明け頃だろうか。

「ど……して……?」


 こんな時間に。こんな場所に。

 と思ってから、気が付いた。大彦がこの狭依の自室に来たのは、小学校低学年の頃が最後だ。


「ど、どうして! 女の子の部屋に勝手に入り込んでるのっ!?」

「いや、俺もよくわかんねえんだよ。急にとおりゃんせの歌が聞こえてきてさ、何か青とか緑色とかの、ぬるぬるした感触(かんしょく)(やつ)らが来てさ、(かつ)がれてかっ(さら)われて、放り出されて今ここ」

「…………」


 狭依は、小首(こくび)(かし)げた。

「それ……、河童かっぱじゃない?」

「あ、そう言えば、手に水かきっぽいのあったわ」


 大彦はさらっと納得(なっとく)して、突然(とつぜん)妖怪に(さら)われるという恐怖体験が、恐怖体験だということにすら気付いていないようだった。

 狭依は、思わずくすりと笑った。


「……大彦君らしいね」

「何が?」

「ふふっ、そういうところ」

「……?」


 大彦は、よく分からん、といういう顔をしたが、さっさと次の話題に移った。



「ちゃんと美少女じゃん」

「……………………」



 しばしの沈黙(ちんもく)の後、狭依は真っ赤になった。

「何なの急に!」

「ほい」


 大彦は、スマホの画面を狭依に向って()き出した。

 そこには、ミラーで狭依の顔が(うつ)っていた。


 水疱(すいほう)もかさぶたも何も無い、(なめ)らかな白い肌をした美しい少女が、驚いた表情で目をぱちぱちと(またた)いた。

 本当に、跡形(あとかた)も無く消えていた。体もスッキリと軽く、もう平熱だと体温を計らなくても分かった。


「どうして……?」


(選ばせてやろう)


 ふと、赤い鬼の言葉を思い出した。

 ――――夢ではなかった。


「お、おい。(なお)ったのに何で泣いてんだよ」

「あの子が、死んじゃう……!」


 狭依は、しゃくり上げた。

 (みにく)い鬼の姿になっても、稔流に愛された少女は、()じていなかった。


 理由は分からないが、お天王様に()られ血を流した体で、残り少ない命の時間を使って、狭依の命を(すく)いに来てくれた。


「大彦君……!あの子が……稔流君の大切なひとが、死んでしまうの。もう、長くないって……、助けてあげて、お願い……!」

「あの子って、すげえ美少女の鬼?」

「…………」


 狭依は、イラッとした。


 狭依を初めて美少女と言った舌の根も(かわ)かぬうちに、稔流の恋人を「すげえ美少女」と言ってのけるとは。

 だが、今はそれどころではない。


「あの子が、言ってたの。もう……!」

「俺らは、何も出来ねえよ」

「…………」


 呆気(あっけ)ないくらい、大彦が否定したので、狭依は茫然(ぼうぜん)とした。


「どうして、簡単に言えるの!?稔流君は、どうなるの?大切なひとを、失ってしまったら……!」

「簡単じゃねえよ。鬼は、鬼神(きじん)っていうくらい、神様なんだよ。神様にもどうにも出来ないことを、人間がどうこう出来る(わけ)がねえんだよ」

「……っ」

「あの美少女を助けられるとしても、俺の役目でもお前の役目でもない。それは、稔流の役目だ。あの美少女を助ける神様になれるのは、稔流だけなんだ」

「…………」


 狭依は、何も言い返せなかった。

 大彦は、正しい。どうしようもなく、正しい。


 もう、あのふたりは、人間の手の(とど)かない所へ行ってしまう。

 その事実を、大彦は(すで)覚悟(かくご)していて、()()れているのだと、狭依は(さと)った。


 だが、狭依は言った。


「さっきから、美少女美少女って連呼(れんこ)してるのは、何かイラッとするけど」

「あ、それって、さくらにも言われたわ」

「……さくら?」


 その名は、『椿(つばき)』と共に、この村では禁忌(きんき)の名前なのに。

 でも、姫神と同じその名は、あの少女に似合うような気がした。


 あまりの美しさに、怖いとすら思って、でも魅入(みい)られて目を離せなかった、幼い日の記憶(きおく)が呼び覚まされて。


「狭依」

「なぁに?」

「狭依って、見慣(みな)()ぎててよく分かんねえと思ってたけど、やっぱ美少女だよな?」

「だよな? って私に聞かれても!」

「じゃー、断言(だんげん)するわ、美少女。美少女美少女美少女美少女美少女美少女美s…何回言ったっけ」

「やめてよもう! 何なの!?」


 大彦は、いつもと変わらない口調で言った。

「さくらに言われたんだよ。さくらじゃなくって、狭依に言えって。で、俺は『狭依が治って生きるのなら1万回言ってやる』って答えたからさ、治ってピンピンしてる狭依に、美少女って1万回言わなきゃなんないんだよ。……えっと、うんとざっくり1年を400日ってことで割ると、1日25回だな。行けそうだわ」


「もーっ! 訳わかんない! 男子ってすぐからかうけど、女子はそういうの大嫌いなんだからね!!」

「からかってねーよ。……まあ、お前の中では、俺はそういうふざけたキャラなんだろ」

「…………」


 狭依は困った。

 姉弟(きょうだい)のように育ったけれども、周囲の女子が大彦を弟だなんてこれっぽっちも思っていないことくらい、流石(さすが)に狭依でも分かる。


 でも、幼い頃の大彦は無謀(むぼう)なくらいに活発(かっぱつ)で、しょっちゅう怪我(けが)をしていたし、好奇心(こうきしん)悪戯(いたずら)をしては大人に(かみなり)を落とされたり……というのを何度も見てきた狭依としては「私がちゃんとしなきゃ」と思うしかなかったのだ。

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