第9話 童女神 ――わらわめのかみ――(一)
その少女は、幼いのに夢まぼろしのように綺麗で、美しかった。
夢でも幻でもない、その黒い瞳が確かに稔流の姿を映して微笑んだ。
「もう大丈夫だよ。稔流は私が守る。私が母様と父様のところに帰してやるから、安心するといい」
そう優しく言ったのに、綺麗な女の子は立ち上がりぐるりと周囲を見渡して、打って変わって地を這うように低く重い声色で言った。
「お前達……よくも稔流を攫ったな。よくも、私から稔流を取り上げたな……?」
その瞬間、真っ黒な空を引き裂くように、雷光が走った。
ドォン、とすぐ近くで大きな音が響いて、緑の子供もお面の子供も悲鳴を上げて逃げた。――逃げようとした。
「逃げられると思ったのか? この私から!!」
再び、幾股の金の蛇のような光が闇夜を走ると同時に、激しい爆発のような落雷の音がした。
炎を上げて燃える大木が傾きズシンと地を震わせて倒れた。
「こんなに腹が立ったのは何年ぶりだろうな。……ふふ、百年思い返しても覚えがない。どうしてくれようか?」
少女は笑った。でも、稔流にはこの白く美しい少女が、言葉の通りにとても怒っているのだと伝わってきた。
――かみさま、みたいだ――
いつか、父が教えてくれたことがある。
神様は、心から祈れば人間を助けてくれたり、願いを聞いてくれたりする、不思議で大きな力を持っている。でも、大きな力を持っているから、怒った時の神様はとても恐ろしいのだと。
だから、人間は神様を大切にお祀りして、敬わなければならない。
うやまう、という言葉は幼い稔流にはわからなかったが、この時稔流は、敬わなくてはならない理由ならば、わかったと思った。
白い少女は、とても優しい声と目をしていて、とてもあたたかくて、稔流を迎えに来てくれた。
でも、今怒っている少女は、緑の子供やお面の子供が泣いて逃げ|惑うほどに恐ろしかった。
恐ろしいのに、凍てつくように冷たく清らかで、熱く激しく燃えさかる炎のように、目を離せないほど美しかった。
「火の結界を張った。破れるのは、姫神様か天神様くらいだろうよ。河童と狐ごときが、今更無事で逃げられると思うな。稔流を攫った罪、寄ってたかって泣かせた罪……覚悟は出来ていような!?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ、なし!」
緑の少年が慌てて叫んだ。
「みのるは、狐の子だけじゃねーんだぜ? 水の子だよ。オレ達と同じだから、オレ達だって気に入ってんだよ」
「……水の子?」
なし、と呼ばれた少女はビリビリとした圧倒的な空気を纏いながら、眉間に皺を寄せた。
「もう一回、言ってみろ」
「みのるって名前、稔だけじゃなくて、流って字なんだよ。狐の子だけど、河童と同じ水の子だから、遊びに連れて来たんだよ」
「ほう、真に受けて二度言うか。……忌まわしい妖が!!」
少女の怒りに呼応するように、幾股にも割れた光が天から地上を照らし、その光は轟音と共に周囲の木々に落ちて周囲を火の海にした。
「水の子だと……? 産声を上げることなく、流れた憐れな子を、人間は嘆き悼んで水子と呼ぶものを。私の稔流に、そのような惨い言霊を投げ付けるとは……! 河童の住処を、全て釜の湯の如く沸かしてやろうか? 二度と河童の川流れも出来ぬようにな!!」
「うわあぁぁん!」
稔流と同じくらいの背丈の、幼い青い子供が座り込んで泣きながら訴えた。
「みのるは、おなじっていったんだよ。おさらも、こうらもないっていったんだよ。あたしたちのかおも、あおくないし、あかくないし、くちばしもないんだよ」
狐面の男の子もべそをかいた。
「みのるには、おれたちが狐のお面をかぶった人間に見えてるんだよ。着物を着てて2本足だって言ったんだよ」
「そうだよ、狐は誰もみのるを化かしてないのに。河童もだましてないのに。だから、もっとあそびたかったんだよ」
「……は?」
白い髪の少女は、呆れたように苛々と言った。
「河童と狐が人の訳がなかろうが。人の姿を持っている私ですら、人にはなれぬというのに」
(人間じゃ、ない……?)
稔流には、思ってもみなかったことだった。
緑や青の髪色でも。白い狐面が、本当の顔のように喋ったり笑ったりしていても。
同じじゃないなんて、思わなかった。稔流だって、保育園の他の子供と違う金茶色の髪でも友達だったから。
稔流を助けにきてくれた、とても綺麗な女の子が、「敬わなければならない」小さな神様のように見えても。
――同じじゃない、人間じゃないなんて――
「稔流が咳き込んで、苦しがって、泣いているのを笑うのが、お前達の《遊び》なのか!? 稔流が息を出来なくなって、危うく死にかけていたのが、そんなに楽しいか!!」
ゴウと鳴る強い風に、少女の白い髪と赤い着物の袖が、鮮やかに翻る。
稔流は、自分の為にこんなにも怒ってくれるひとは、初めてだと思った。




