第10話 童女神 ――わらわめのかみ――(二)
激しく燃え盛る炎が、熱風に舞い上がる火の粉が、少女の怒りそのものだった。
美しく恐ろしい少女は、稔流ひとりの為に鉄槌を下す、裁きの神だった。
「黒焼きになるか、白い灰になるか、どちらかを選べ。望み通りにしてやる」
「わあぁぁん! やだよ! やだよ!」
「こわい、こわい、しにたくないよぉ!!」
河童、狐と呼ばれた子供達が泣き叫んだが、少女の視線は冷ややかで、その黒い瞳の奥には昏い炎が燃えていた。
「稔流も、お前達と同じように怖いと、死にたくないと思って泣いていたものを。見知らぬ場所で、たったひとりで……! 御託はよい。灰も残さず消してやる!!」
少女が片手を天に向かって振りかざした。
その小さな手が振り下ろされた時、最後の裁きの雷に打たれ、全てが終わる。
「やめて!」
稔流は、必死に背中から少女にしがみついた。
「ダメだよ! しぬなんて、だめだよ!!」
「何がいけない? 河童など、消しても新しいのが勝手に池か沼から湧いてくる。狐も山にいくらでもいるから、姫神様は困らぬ。……稔流は、この者らに『遊び』で殺される所だったと、わかっているのか?」
「……。うん……」
もう、知っている。悲しいくらいに。
稔流がコンコンと咳き込む様が、彼らには面白かった。泣いているのも、泣かせたままにして笑うのも、楽しかった。
あのまま、稔流の咳が止まり、呼吸が止まり、ひっそりと死んでしまっても、この子供達は壊れたオモチャを放り出すように、稔流に飽きて置き去りにしたのだろう。
(あーあ、しんじゃった)
(しんじゃった、つまんない)
(つまんない、つまんない)
(ちがうことしてあそぼ)
「でも……みんな、泣いてるよ。こわいって、泣いてるよ。ぼくが、こわかったみたいに。だから……もう、こわいことは、しないであげて」
「…………」
少女の手が、ゆっくりと、下ろされた。
「この者らは、妖怪だぞ? 自分が黒焼きになるのは怖がるくせに、稔流を殺そうとしたことは悪いと思っていない。人間ならばお天道様が見ていると思い留まる事でも、遊びでやってのける。妖怪の悪戯は、幼い人の子の可愛らしいものとは違う。人を殺すこともある。……死んだことがある。遙かな昔から、何人もな。それもわかっているのか?」
「……ごめんなさい」
稔流は、目がじんと熱を持って、涙が浮かぶのを感じた。
「わかって……ない。知らなかった。でも……」
「…………」
「でも、ぼくは、たすけてもらえたから……まもってもらえたから。こわかったけど、おこってないんだ。だから、ぼくのせいで、しんじゃうのは……イヤなんだ」
ふう、と少女の溜め息が聞こえた。
「今度は、私が泣かせたか」
「え? ちがうよ。ぼくがなきむしだからだよ」
「優しいな、稔流は。全部自分の所為にしたがるし、自分を殺しかけた者まで赦そうとする」
(稔流ちゃんは優しいねえ)
ふと、同じ感覚がした。自分は、優しいのだろうか?本当に?
稔流は、自分に関わった子供たちが業火の中で焼け死ぬのが、
――怖かった。
――見たくなかった。
赦すことも、赦さないことも、どちらも考えていなかった。ただ怖かったから、イヤだと言った。
そんな気持ちは、『優しい』のだろうか――?
「これ以上、醜いものを見せてはいけないのだろうな」
さあっと、夜の風が吹き抜けた。
もう、炎はなかった。燃えながら倒れたはずの木々も、何も無かったかのように、夜の闇の中でざわざわと風に揺れていた。
そこには、稔流と白い髪の少女と、めそめそ泣いているたくさんの子供達がいるだけだった。
「河童と狐。私は、稔流の望みを叶える。今回は、炭にも灰にもせずにいてやろう。だが、二度目は無い。有るようなら、この世から消え失せると思え」
有無も言わせぬ断言で、二度と覆されることはない宣言だった。
今この場で、小さな神である少女は、絶対の存在だった。
「黙るな。約束しろ。稔流には手を出さぬと。失えば稔流が悲しんで泣く人間も、決して奪わぬと誓え」
「《約束》する……」
答えたのは、稔流を連れてきた緑の少年だった。
「河童は、みのると宇賀田は、遊ばない。みのるのかぞくも、ともだちも、遊ばない」
狐面の少女が言った。
「宇迦の姫神様と、天神様に誓う。狐は、みのると、みのるの大事なものは、遊ばない。でも、狐は姫神様のお使いだから、みのると宇賀田を守りなさいっていわれたら、守る」
「ふん……」
白い髪の少女は、面倒くさそうに言った。
「さっさと去ね。目障りだ」
ふっと、子供達の姿が消えた。
誰もいない。稔流と白い髪の少女以外、誰も。




