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第8話 神隠し(二)

「おい、みのる、起きろ」

「う……、ん……」


 稔流は、いつの間にか草の上にころんと寝転がっていた。

 風に揺れる眩しい夏の木漏れ日が、きらきら綺麗だと思った。


「みのる! みのる!」

「みのる! おきてよー!」

「あそぼ! あそぼ!」


 何だか周囲が賑やかで、不思議に思って目を開けると、たくさんの子供が稔流の周りに群がっていた。

 稔流と同じくらいの背丈の子、もっと年上のお兄さんやお姉さんまで様々だ。


「だれ……?」

「オレ達は河童(かっぱ)様だよ」

 さっきの緑の少年の声だ。ちょっと偉そうだ。


「おれは狐!」

「あたしも狐だよ!」


 子供達がわいわいと河童、狐、と自己主張するので、稔流は小首を(かし)げた。


「かっぱごっこと、きつねごっこ?」

「………」

 わいわいが止んで、今度は皆ひそひそ声で何かを言い合い始めた。


「なあ、みのる。お前には、オレ達がどう見えてるんだ?」

 稔流は困惑した。どう見えるも何も、着物姿なのが昔話みたいだけれども、それ以外は保育園の子供達や近所の小学校のお兄さんやお姉さんと同じだと思う。


「えっと…、緑や青のかみのけで、かみのいろとおなじいろのきものをきてる。緑でも青でもないこは、白いお面をつけてる。お面はね、犬みたいなみみがあって、おひげが赤いせんでかいてあるどうぶつ。きものはいろいろだけど、ふさふさのしっぽつけてるよ」


 ひそひそが、ざわざわになった。

「へえ? みのるには、オレが緑や青の人間に見えるのか?」

「……?うん」


 今度はお面の子が言う。

「オレが2本足に見えてんのか?」

「足はだれでも2ほんだよ?」

「面白ぇな! 頭の皿とか背中の甲羅とか、(くちばし)とか水かきとか、見えてないのか?」

「おさら?……こうらって、カメみたいなもの?くちばし……鳥?みずかきって、カエルみたいなもの?」


 一度に色々言われたので稔流は慌てて色々考えて、そして目の前の少年を見た。


「みえないけど……どこにあるの?」

「なあなあ! 白いお面って狐の面か?」


 いつか読んだ絵本に、そんな感じの『狐のお面』が出てきたような気がする。狐のお面のはずなのに、何故かきつね色ではない白いお面。


「……そうかも」

 稔流の返事に、子供達はわっと()いた。皆面白がっていて、そしてとても喜んでいる様子だ。


「にんげん、にんげん!」

「オレたち人間!」

「狐も人間!」

「狐の子もにんげん!」

「いっしょ、いっしょ!」

「みのるといっしょ!」

「みーんなみんな、みのるといっしょ!」


 はしゃいで大騒ぎで、稔流はあっという間に人気者になった。稔流も見知らぬ子供達を怖いと思うことなく、色々な遊びをした。


 こんなにたくさん、長い時間遊んだのは初めてだった。かごめかごめ、とおりゃんせ、はないちもんめ、だるまさんがころんだ、かくれんぼ、鬼ごっこ。


 でも、5歳であっても3歳くらいの小さな体は、かくれんぼと鬼ごっこで一気に疲れた。

 河童や狐は軽々と木や岩に登るのに、そうは出来ない稔流はすぐ鬼になってしまう。足も遅いから、鬼ごっこでは真っ先に狙われる。


「もう、やだよ……」


 稔流は疲れ果てて、へたり込んだ。まるで、いじめられているみたいに感じた。

 実際、いじめられていたのだろう。


 いじめる方は、いつも笑っているのだから。

 いじめるのは、いじめる者にとっては、とても面白い遊びなのだから。|


 稔流がもう走れないのに、しゃくり上げて泣いてるのに、緑や青の子供も狐面の子供も笑いながら(はや)し立てる。


(あそぼ、あそぼ)

(もっとあそぼ)


(たのしい、たのしい)

(いっぱいあそぼ)


「やだ……、かえりたい、かえりたいよ……!」


(帰れないよ)

(みのるは、オレ達とおんなじなんだよ)

(みんな、おんなじ)

(おんな、おんなじ)


「おなじじゃないよ! ぼくだけあそびたくないんだから、ぼくだけたのしくないんだから、みんなとおなじじゃないよ!!」


 稔流が泣きながら叫んだ時、ふっと、空気が変わった。

 ――冷たい風。いつの間にか周囲は真っ暗で、見上げても黒い木々がザワザワ音を立てているだけで、眩しかったおひさまは見えなかった。


(もう夜だよ)

(夜だよ、夜だよ)


(みのるは帰れないよ)


(天神様の細道を)

(知らないから帰れないよ)


 ――てんじんさま、ほそみち。

 どこかで聞いた言葉だ。


(まっくら、まっくら)

(あかりをつけよう)


(きつねのあかり)

(いっぱいいっぱい、きつねのあかり)


 稔流の(のど)が、ひゅっと鳴った。

 周囲には、ゆらゆらと赤い明かりが揺れていた。まるで、怖いお話に出てくる人魂のように、それは辺り一面に揺れながら灯っていた。


「……たす、けて」

稔流は、耳を(ふさ)いでうずくまり、叫んだ。


「たすけて……たすけて! おかあさん……おとうさぁん!」


 泣きすぎて、苦しかった。呼吸が乱れて、上手く息が出来ない。

 喉の奥がひゅうひゅう鳴って、稔流は激しく()き込んだ。喘息(ぜんそく)の発作だ。


 ずっと走り回っていて、今まで発作を起こさなかったのが不思議だったくらいだ。稔流があまり長く外遊びをしないようにと、両親が保育園にお願いしていた程なのだから。


 でも、ここは保育園じゃない。

 誰も止めてくれなかったし、薬もない。コンコン、コンコンと咳き込む度に苦しくなってゆくのに、咳を止めたいのに、何も出来ない。


 以前一度だけ、咳が止まらなくて救急車に乗って運ばれたことを思い出した。


(こわい。くるしい)

(ぼく、しんじゃうの……?)


 苦しみながら、死というものを初めて近くに感じた。

 こわい、しにたくない、くるしい、しにたくないよ、たすけて――


(コンコン、コンコン)

(狐の子)

(コンコン、鳴くのは狐の子)


 ――どうして、みんなわらうの?


 ぼくは、くるしいのに。

 コンコンは、せきのおとなのに。

 ぼくは、きつねじゃないのに。

 たすけて、たすけて。


 ……おかあさん、おか……さ……



「すまぬな。母様(かかさま)ではなくて」


 優しい声がした。

 母親とは違う。でも優しくて、綺麗な声だった。


「これを飲め。楽になる。頑張れ」

 誰かの指が、稔流の口の中に甘くて丸いものを入れた。それはすぐにとろりと溶けて、稔流は咳で吐き出しそうになるのを懸命に(こら)えて飲み込んだ。


「よしよし、よく頑張ったな。今までよく耐えた。……迎えに来るのが遅れて、悪かった」


 抱き締めてくれた、あたたかい誰か。稔流は、今まで自分は寒かったのだと気が付いた。

 山村の夏は、夜になると一気に気温が下がる。半袖のTシャツにハーフパンツ姿だった稔流は、走り回った後の汗で服が濡れて、一層体が冷えていたのだった。


白狐殿(しろぎつねどの)、すまぬが平べったくなってくれないか?……稔流、これでも着ていろ。体を冷やすと咳が出やすいのだろう?」


 ふわっとした、白い袢纏(はんてん)を羽織らされた。夏に着るには暑いようなもふもふ感だが、今の稔流には丁度良くあたたかい。

 稔流は気温差に弱い。寒さで体が冷えてしまったり、冷たい空気を吸った時に咳が出やすい。でも、どうしてそれを、


 ――知っているの、と言いかけて、言葉を失った。


 稔流を迎えに来たと、遅れて悪かったと言ってくれた声の主は、

「どうした?豆鉄砲でも食らったか?」


 背丈は稔流と同じくらい――ならば、稔流は5歳でも保育園の年少さん並なので、その子は稔流より年下の3、4歳だろうか。


 深紅の着物に、ひらひらした白い兵児帯(へこおび)を結んでいる。

 暗闇のはずなのに、一輪の紅い花が飾られた髪は真っ白で、雪の結晶が(きら)めくような光を帯びて肩の上で風に揺れているのが見えた。


 髪も|睫毛も真っ白なのに、稔流を見つめるのは夜のように黒い瞳。

 微笑んだ唇は、花びらのように赤みを差して。


 ああ、とってもきれいな、女の子だ――

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