第35話 すねる座敷童(一)
興味はきつね色の転校生だから仕方が無いとして、一体何がそんなに羨ましいのだろうか?
ふと、稔流は『波多々狭依』の名前を聞いたのは、王の末裔・大彦からの忠告だったと思い出して、脳内リプレイした。
大彦曰く、
「学級委員ってさ、男女ひとりずつ居るんだよ。女子は波多々狭依。狭依はすげー世話好きだから、稔流は気を付けろよな。彼女持ちだろ」
「彼女持ち……」
……なのだろうか?
「俺のさくら」とか「私の稔流」とか言っている割に、さくらが稔流の『彼女』とか自分がさくらの『彼氏』とか、何かピンと来ない。
もう、一生を誓ったからなのか。でも、彼氏彼女ならば当然に交換する「好き」というシンプルなひと言だけは、まだどちらも口にしないままで……
稔流は、そこまで考えて我に返った。これ以上突き詰めると、頬が熱を持ってしまいそうだ。
「世話好きなら、学級委員には向いてるんじゃない?」
「その反応だと、マジで本人何も知らないのか」
大彦が呆れた口調で言った。
「稔流と狭依の間に、縁談が持ち上がってるんだけど?」
「…………」
稔流は、飲み込んだ唾が気管に入ってゲホゴホとむせた。
「喘息?」
「違う……」
取り敢えず、呼吸を整えてから、驚きのまま大声にならないように、淡々と返した。
「何それ。俺、その人の顔も知らないんだけど?」
稔流は全員に自己紹介したが、初日だから全然クラスメイトを把握していない。特に、女子とはひと言も会話をしていない。
「それが、会ったことあるんだよなあ。稔流は覚えてなさそうだけど。稔流がたまに村に来るとさ、稔流と俺と狭依、……アレ?ほかにもいたな。全部で5人だったっけ?6人だったっけ?まあいいや」
きっと、幻の4人目はさくらだ。5、6人目は誰なのかわからないが。
「狭依も波多々の本家だからさ、本家同士……寺の比良も合わせて四つだけど、時々寄合やるんだわ。そこで決まったことは、ほぼ村議会の全員一致で決まることになってんの」
「……選挙制度とは」
「村議会議員は、ゴミ出し場の掃除当番とあんま変わんねえから。任期が4年なだけで」
……深く考えるのは止めよう、と稔流は思った。
村人は《外》を異界だと思っているようだが、逆だ。この村が異界なのだ。
異界には異界のルールがあり、ルールを守れなければ村八分が待っている。
「で、稔流は覚えてなくても、大人が寄合やってる間、子供は暇だから遊んでるんだよ。ずっと村にいた俺と狭依は、なんか一緒に遊んだなーとか、今年は来ないのかなーとか思ったのを、ぼんやり覚えてる訳」
「それは解ったけど、何で縁談にかっ飛ぶの?」
「いい家はいい家から嫁を貰いたいし、嫁に出す側もいい家の男にやりたいんだよ。まあ、これやり過ぎると血が近くなり過ぎるから例外もあるけど、基本そんな感じ」
つまり、突然登場の《狐の子》と狭依は、申し分なく家格が釣り合うのだ。
「だったら、ずっと村にいてずっと一緒だった大彦君が波多々さんと結婚すればいいんじゃないの?」
「この村って名字が被りまくってるから、下の名前で呼ぶ癖付けといた方がいいぞ。……で、俺的には無理」
大彦は、面倒くさそうに続けた。
「俺の母ちゃんって、狭依の母ちゃんの妹でさ、俺と狭依は従姉弟なんだよ。上の代でも結構繋がってるし、日本の民法的にはアリでも、俺と狭依的にはナシなんだよ。誕生日も近くってさ、赤ん坊の頃に同じ座敷でハイハイしてた証拠写真が残ってんだぜ。身内感ありすぎなんだよ。狭依って、俺らと同い年の癖に、もう村一番の器量好しって言われてるけど、見慣れすぎててよく分かんねーよ。ちょっと前まで、ちっちゃい母ちゃんみたいに俺に構いたがってたしさ。ねーわ」
――――リプレイ終了。
つまり。大人達は、大彦と狭依は釣り合いの取れた組み合わせだと思っているが、本人達にその気がない。
それで丁度いいと、稔流の知らない所で狭依との縁談が持ち上がっていた。ということだ。
でも、唯一の跡取りだったはずの父を、都会に送り出した祖父母の性格を考えると、祖父母が稔流の意志に関係なく話を進めているとは考えづらい。多分、波多々本家の方が言い出したのだろう。
因みに、大彦言うところの『いい家』は、本家に加えて分家のナンバーでは三番まで。
ナンバリングのルールは天道村独自の掟によるが、例えて言うなら皇室と宮家に近い仕組みだ。
そして、天皇の直系男子と宮家の男子では格が違うように、『本家』は別格だ。
だから、別格の本家の娘で、齢十一にして村一番の器量好しである狭依は、まさに高嶺の花。条件に合う家が是非とも欲しいお嫁さんなのだ。
そして、大彦が言っていた『例外』で近親婚を避けた結婚もアリとなれば、『いい家』ではない家や男にとっては最高の逆玉だ。
稔流は、はぁと溜め息を吐いた。ひょっとして、稔流に突っかかってきた『二の分家』の拓は、実は狭依のことが好きで、新しい縁談の相手の稔流を蹴落としたかったのだろうか?
「ちょっとは自分の立場を理解したか?」
じろり、とさくらが稔流を睨む。
稔流だってその気はないのに、決死の思いで結婚を申し込んだ女の子が、機嫌を損ねているという理不尽。
(理解したけど……めんどくさい)
さっきの狭依の雰囲気では、狭依は拓が特別に好きで庇おうとしたのではなく、お姉さんっぽい学級委員らしく、事を荒立てないように稔流に頼もうとした感じだった。
(さっさと拓が狭依さんにプロポーズすればいいのに)
「無理だな。拓は、稔流が神隠しに遭ったのと同じ年に、狭依のスカートをめくってグーでぶっ飛ばされた残念な奴だ。あの頃から大して変わらん」
稔流は遠い目になった。スカートめくりって何?二十世紀の漫画か。
「……私は、狭依は嫌いだ」
(どうして?)
さくらは切れ味の良い話し方をするけれども、『嫌い』という語気の鋭い言い方をするのは珍しい。
思い出す。さくらは、雪や冬は「あまり好きではない」と言うに留めたのに。
(椿の花は、嫌いだ)
強い拒絶だった。どうして嫌いなのか、聞くことも出来なかったくらいに。
「とにかく、嫌いだ」
さくらはそう言うと、ムスッとして黙りこんでしまった。
そこにバスがやって来て、並んでいた順番に乗り込んでゆく。さくらも付いてきたので、座敷童でもバスに乗るのか……と思いつつ、とにかく狭依から離れて座らなければと思った。