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童女の嫁入り (2024/4/23〜同年6/11連載・完結)  作者: 真髪芹
第3章 学校に行く座敷童
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第36話 すねる座敷童(二)

「稔流君」


 二人掛けの椅子に座った狭依(さより)が、罪の無い笑顔でぽんぽんと椅子を叩いた。

「スクールバスって、誰がどこに座るか何となく決まってるの。私の隣は空いてるから、座っていいよ」

「…………」


 善意の(かたまり)だ。断りづらい。断ったりしたら、このバスに乗っている全員から白い目で見られるんじゃないか。


 仕方無く、稔流は狭依の隣に座った。

 さくらはさくらで、稔流の片膝(かたひざ)に|乗っかって通路側を向いて座っている。

 稔流に見えるのは、小さな背中と椿の花が揺れる白い髪が頬にかかる様子だけで、顔は見えないが不機嫌な顔をしているに違いない。


 もし、さくらを普通の女子の格好をして可視化すれば、美少女ふたりにヤンキーみたいな髪色の男子が(はさ)まれている、という小学生の謎の修羅場に見えるかもしれない。


 稔流は、バス停に到着するまで無言を貫きたかったが、大彦が言っていた通りに世話好きな狭依は、積極的に話題を振ってくる。

 内容は、クラスメイトの話や学校行事の話だったので、親切に教えてくれているのだろう。


 でも、担任の名字が郷里(ごうさと)なのだが字面(じづら)と見かけでゴリと呼ばれているとか、何もしなくても大彦が笑いながら言ってくれそうだし、特に狭依でなければいけない話題でもない。

 稔流は、何も返事をしないのはまずいと思って、適当に相槌(あいづち)を打って聞いているだけだ。


 それだけだ。ただそれだけだ。

 それ以外の何ものでもないので、さくらはこれ以上怒らないでほしい。


 稔流が、バスさっさ進め制限速度は10キロオーバーくらいなら警察は見逃してくれるんだからと祈っていると、やっとバス停に着いた。


(さくら!)


 稔流は、心の声で叫ぶと、さくらの手を引いて出口までダッシュしたが、背後から幼稚園の先生みたいな狭依の声がした。


「稔君、バスの中で走っちゃ危ないよ?」

「……はい」


 とにかくバスから降りることが出来た、が。

 今までの人生で、これほど気まずくこれほど緊迫感(あふ)れる場面があっただろうか? いやない反語。(中学か高校の古文の参考書をパラ見した時にあった気がする)


 バス停はちょうど波多々家の前で、稔流は少し引き返さなければいけない。


「……わ!?」

 稔流の手を引っ張って、さくらが走り出した。知ってはいるが、素晴らしい俊足だ。


「また明日ね~!」という狭依の声が、あっという間に遠ざかる。

「さくら! 速い! 転ぶ! |転ぶってば!!」


 本当に転ぶ、と思ったが、限界は別の所に来た。ヒュウ、と喉が鳴る。

 喘息の発作の前兆だ。


「稔流!?」

「さくら……」


 やっと、声で呼べる。

「やっと、俺を、見てくれた……」


 稔流は、(かす)れた声で言うと、膝を折って屈み込んだ。

 吸入薬はランドセルの中に入っている。


 体育の時間ならポケットの中に入れておくのに、急劇に咳き込んで息が苦しくて、体がうまく動かない。

 やっとランドセルのベルトから腕を抜いたけれども、ランドセルはごろんと転がって遠ざかり、錠前に手が届かない。


「稔流、これを飲め!」


 さくらが(たもと)から取り出したのは、淡い光を帯びた丸い飴玉(あめだま)のようなものだった。

 稔流が震える手で受け取る前に、さくらの指が稔流の唇に触れて、ころんと口の中に入れた。

 それは、すぐにとろりと口の中で溶けると、あたたかな甘みが口の中に広がった。


(これを飲め。楽になる。頑張れ)


 脳裏に、懐かしい声を聞いた。神隠しの時、泣いていた稔流を安心させようとしてくれた、優しく励ましてくれた声。

 

「稔流! 飲み込め! 頑張れ!」


 でも、今聞こえる声は必死で、泣きそうなのはさくらの方だった。

 こくん、と稔流はどうにか飲み込んだ。口の中から喉を通り(うるお)して、そのまま体全部があたたかくなる。


 まだ残暑の季節なのに、ただ稔流の体を労るようにあたたかくて、暑いとは感じなかった。

 こほ、こほ、と咳が静かになってゆき、すぅっと体が楽になった。もう、ヒュウヒュウという音はしない。


「稔流、ごめん。私の所為だ……」

 稔流は、ふと気が付いた。呼吸が整うまで、ずっとさくらに抱き締められていたということに。


「……っ!!」

 稔流は、ぐいっとさくらの肩を押して体を放した。

 今のは、近すぎた。というか距離がゼロだった。


「怒ってるのか?」

 さくらが、本当に泣きそうな顔をしていた。


「ちっ、違うよ! 全然!!」

 稔流は、絶対()(だこ)かトマトかスイカになっているのに、さくらは気付いていないらしい。


「そうじゃなくて……」

 嘘は、苦手だ。


「照れた……だけだよ」


 稔流は、格好悪いなぁ、と思いながら白状した。

 それでも、さくらを泣かせるよりもずっといい。さくらが笑顔になってくれるのなら、からかわれて笑われてもいい。

 さくらは、不思議そうな顔をした。


「今までも、私は稔流に結構くっついていたぞ?」

「今までも、俺は結構照れてたんだけど……」

 ああ、格好悪い。でも、照れてしまっても、さくらが自分を見てくれるだけで、嬉しかった。


「そうなのか?」

「そうだよ……トマトとスイカの次は、何言われるんだろうって思ってたよ」

「そう言えばそうだな」

 さくらは納得したようだった。


「リンゴの(しゅん)にはちょっとかかるな」

「その辺り来そうだと思ってたんだよ!」

「……あははっ」


 さくらは、笑った。

「秋が楽しみだ」

「……そうだね」


 さくらが、笑ってくれるなら、それでいい。

 稔流は立ち上がって、自分の膝とランドセルに付いた砂をパンパンと払うと、さくらに笑いかけた。


「帰ろう」

「うん」

 どちらともなく、手を繋いだ。


 一緒に帰ろう。一つ屋根の下へ。

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