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第30話 大人は何かを隠している

 そして、曾祖母が運んで来た朝食は、いつもの半分くらいに見えた。


「えっと、今日は、少なめなんだね」

「もっと欲しいなら多く()るよ」

「え?い、いいよ。このくらいで」


 稔流がこの家に来てから、ご飯を少ないと思ったことは一度もない。

 何故ならば、曾祖母は毎回「……これはふたり分くらいあるのでは?」という量を盛ってくるからだ。


 その毎回と今朝と、何が違っているかというと、『さくらがいない』、これだけだ。

 稔流は始め「多いなあ……残したら悪いなあ」と困っていたのだが、その日のうちに困る必要は無いことがわかった。


 いつも多く盛られてくる食事を全部平らげることが出来たのは、(となり)に座っているさくらが半分は(かす)め取っていたからだ。


 むすびは人間の食事に興味(きょうみ)はないのだろうか?と思ったが、むすびは稔流の首元に巻き付たままのんびりした様子で、特に食べたい訳ではないようだ。


「学校でも、友達が出来るといいねえ」

「うん…」

 稔流は無難(ぶなん)に答えたが、何故学校で『も』なのだろうか?


「でも、お嫁さんはひとりしか選べないから、女の子と仲良くなる時には気を付けた方がいいねえ」

「…………」


 稔流は、ゲホゴホとむせた。

「稔流ちゃん、大丈夫かい?」

「大、丈夫……ご飯(つぶ)が、変なとこに入っただけ…」


 そう言えば、あやめを見送りに行く時、稔流は「将来結婚する人」という爆弾発言をしたことがあったが、曾祖母はちゃんと覚えていたらしい。


 余裕(よゆう)を持って起きたので、ゆっくりお茶を飲んでいると、祖父が土間に入ってきた。


「稔流、学校に行く準備は出来たか?」

「うん。おじいちゃん、おはよう」

稔流が(さわ)やかな感じに言ったので、祖父は返って困った顔をした。


「豊と真苗さんは、9月から病院を開くんで、もう準備に行っててなぁ……」


 稔流は、にっこりと笑った。

「ふぅん、まだ朝の8時前なのに?随分(ずいぶん)忙しいんだね」


訳:登校初日は保護者同伴(どうはん)って知ってる(くせ)に、朝っぱらから息子をおじいちゃんに丸投げして逃げたんだね。


「えぇと、豊から診断書(しんだんしょ)(あず)かってるよ。学校には、稔流に無理をさせんように、言っとかなきゃならんから」

「そう。おじいちゃんごめんね。お父さんとお母さんが迷惑(めいわく)()けて」

「いやいや、迷惑じゃないよ。稔流はじいちゃんの孫だからね」

「ありがとう。おじいちゃんは優しいね」(略:俺の親とは違って。)

「…………」


 このくらいにしておくか、おじいちゃん挙動不審(きょどうふしん)になってるし……と思いながら、稔流はランドセルを背負った。

 ……ああ、でも丁度(ちょうど)良く祖父がいるのだから、証人になってもらおう。


「ねえ、ひいおばあちゃん。俺っていつまでならこっちの家にいていいの?俺が来る前は、ひとり分の食事を用意するのが手間だからって、母屋(おもや)の方に行ってたんでしょ?」


 曾祖母も、にっこりと笑った。

「ご飯なら、稔流ちゃんがいてくれれば作るのも楽しいよ。稔流ちゃんはいっぱい食べてくれるし、作り甲斐(がい)があるよ」

「…………」


 本当は稔流が食いしん坊ではないことに曾祖母は気付いていたから、今日の朝食の量が半分になっていたと思うのだが……?


「稔流ちゃんが居たいだけ居ればいいよ。母屋の方に行きたくなったら行けばいい。母屋で寝泊(ねと)まりするようになっても、稔流ちゃんがまたこっちに来たくなったらいつでもおいで。どこでも(かぎ)は開いてるからね」

「…………」


 鍵が開いている場所が多いとは思っていたけれども、全部開いているとまでは思っていなかった。


「うん。ありがとう、ひいおばあちゃん。これからもお世話になります」

 稔流は、ぺこっとお辞儀(じぎ)をすると、祖父に付いて外に出た。


 祖父の隣に来てチラリと見ると、祖父は何とも言えない微妙な顔をしている。

 多分、稔流が戻ってくるように説得して欲しい、とでも両親に頼まれていたのだろう。


「おじいちゃん」

「何だ?」

「俺の事なら心配しないで。ひいおばあちゃんの家にいるのって、俺は楽しいから。でも、おじいちゃんが、ひいおばあちゃんはもう年を取っていて、ひ孫の面倒をみるのは大変だ、って思っているなら仕方無いけど」

「……いや、ひいばあちゃんは喜んでるからなぁ……」

「俺もそう思うよ。あと、おじいちゃんは全然悪くないよ」

「……そうか」


 祖父は苦笑した。

「稔流は、ずいぶん大人になったなあ」

「ありがとう。まだ()()()()だけどね」


 稔流は、軽い気持ちで言ったのに。

 祖父の顔色が変わった。


「稔流、学校で《神隠し》について聞かれたら、何も知らない、何も覚えていないと言うんだよ。わかったね?」

「え……?」


 どうして、ここで《神隠し》が出てくるのだろう?

 稔流が『神隠しを思い出した』ことを知っているのは、稔流自身とさくらだけのはずだ。


 両親の口からは、稔流が『行方不明』になったことがある、という(ほの)めかしすら聞いたことはない。

 なのに、どうして祖父はこんなにも真剣な目をして、《神隠し》という言葉を稔流から遠ざけようとしているのだろう?


「言われなくても、神隠しなんて、知らないんだけど……」

 (うそ)は苦手だけれども、『知らないことになっている設定』なら承知している。


 でも、知りたい。祖父が何を(かく)しているのか。


「神隠しって何?俺は聞く権利があるよ。おじいちゃんが隠しているのは、俺自身の事なんだから」


 (ゆず)れない。譲らない。

 自分以外の人間だけが全てを知っていて、子供だからと隠されたままなのは、もう嫌だ。


「教えてよ。天道村の人たちは《神隠し》をどういうものだと思っているの?《神隠し》から帰って来た子供のことを、どう思っているの?」


 ここで、稔流は年相応(としそうおう)に我が侭を言った。


「教えてくれないなら、俺は学校に行かない!教えてくれるまで不登校になってやる!!」

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