↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/102

第31話 狐の子(一)

 天道小学校の児童の登下校は三種類。徒歩、スクールバス、自家用車等の送迎(そうげい)だ。

 稔流はスクールバスを利用することになっていたが、初日なので祖父の軽トラックに乗って登校した。


「天道小学校にようこそ!宇賀田稔流君だね!」


 担任は、長身と言うよりも大柄という印象で、新興宗教の勧誘みたいに胡散臭い感じだなあ……と思った。

 そして、祖父も気付いていないようだったが、この教師も稔流の首に『細長い狐みたいな何か』がくっ付いているのは見えていないようだ。


「はじめまして。よろしくお願いします」

 稔流はおっとりと挨拶(あいさつ)をした。前の学校では素でこんな感じだったのだが、今は何だか処世術の演技みたいな気分だ。


「先生、こちらが先日稔流の父がお話ししました診断書です。稔流は喘息の発作を起こすことがありますので、無理のないようにお願いします」


 祖父は丁寧に頭を下げたが、教師は診断書の封筒を受け取ると、中身を確認することもなく少し散らかっている雰囲気の机の上に置いた。……後で見る気はあるのかな? と稔流はチラリと視線をやった。


「まあまあ、この村は自然に恵まれていて空気も綺麗ですからね、すぐに治りますよ!」

 心配顔の祖父に、教師は豪快(ごうかい)に笑って言った。


 ……すぐに? と稔流は不信感を覚えた。

 医者である稔流の父ですら、治る「かも」しれないとしか言っていないのに、軽はずみだ。

 楽天的な性格で、励ましてくれているのだろうか? それとも、ただの脳筋なのだろうか?


「少しは運動した方がいいぞ! これから一緒に頑張ろうな、稔流!」

 体育会系のノリで背中をバンバンされた。その勢いで小柄な稔流は前のめりにすっ転んで、丸くなってくれたむすびをうつ伏せ用|枕にしながら思った。


 脳筋だ……担任ガチャ外した……



「よーし、みんな元気に全員揃(そろ)ったな! 今日は転入生を紹介するぞ」


 担任が黒板にでかでかと稔流の名前を書いている間に、稔流はざっと教室を確認した。むすびはランドセルに入れてあるので、誰にも見えない。


 秘境の村なら、全校全学年合わせて子供の数が一桁(ひとけた)でもおかしくないのに、この学校は1学年3クラスあるという。

 稔流も驚いたのだが、天道村は秘境であっても過疎(かそ)は問題になっていないのだ。


 この村は、陸の孤島であるが故に、自給自足の歴史が長い。不景気で世の中が沈んでも、この村にいれば住むのにも食べるのに困ることはないので、《外》に出て行っても戻ってくる者は珍しくないそうだ。


 今、稔流の視界には女子14人、男子16人が座っているのだから、思っていたよりも多い。

 稔流が転入してきたので、男子は17人になり、クラス全員を合わせると31名だ。


 うわぁ、と稔流は頭の中で独りごちた。

 男子だけでもクラス全員でも、どっちも素数じゃん。これ「2人組作ってー」とかいう時、絶対余(あま)るやつ。


(出来るだけ偉(えら)そうな自己紹介でもしてやれ)


 稔流は、さくらの声を思い出した。だから、偉そうな感じに自己紹介をした。


「宇賀田稔流です。村長の鳥海さんから頼まれて、父が天道村のお医者さんになったので一緒に帰ってきました。村の人なら知ってると思うけど、髪の毛は地毛です。目もカラコンじゃありません。よろしくお願いします」


 稔流は、短い自己紹介の中に、代々村の長(おさ)だという『鳥海本家の当主に招かれた』父は『この村唯一の医師』で、稔流は一緒に『帰って来た』。

 そして『宇賀田本家』の血を色濃く示すきつね色という、合わせて四つの上級村民キーワードを入れた。


 村の情報網は速い。

 稔流のルーツは天道村の名家の直系だが、都会から来た客人(まれびと)でもある、という微妙な立場の転校生が来ることは、この場にいる全員の子供は知っている。


 だが、客人は帰(・)っ(・)て(・)来(・)た(・)と(・)は(・)決(・)し(・)て(・)言(・)わ(・)な(・)い(・)のだ。


 普通の判断力を持っていれば、この四つのキーワードを持つ稔流に、わざわざ意地悪を仕掛けてくる子供はいないはずだ。……が、


「しつもーん!」

 ひとりの男子が手を挙げた。


「神隠しって、どんな感じですかー?」


 一瞬、クラスが声もなくざわめいたような気配がした。

 緊張と、隠せない興味。祖父が言っていた通りだ。


 仕掛けてくる者がいるとすれば――稔流がまだ新入りのうちに、《客人》のレッテルを貼り、クラスの下位カーストに突き落としたい奴だ。


「知りません」


 そう言えと、祖父が言った通りに答えた。

 《神隠し》に遭(あ)った子供の殆(ほとん)どは戻って来ない。何故なら、本当は何らかの事故で死んでしまったと考えるのが妥当だからだ。


 でも、本(・)当(・)に(・)《神隠し》なのであれば、その子供は神様に気に入られて《神様の子》になったか、妖怪の悪戯(いたずら)で攫(さら)われたまま『こちら側』に帰って来られなくなったか、どちらかだと。


 稔流は、実際に後者になりかけた。でも、さくらという小さな神様が助けにきてくれたから、戻ってくることが出来た。

 稔流のように帰って来ることが出来た子供は、長い歴史を持つ村の伝承でも手の指の数で足りるという。


 そして、ごく稀に神隠しから戻ってくることが出来た子供については、二種類の極端な立場に立たされる。


 一 神様が再び村の為に帰した『幸いを呼ぶ子供』

 二 神か妖怪に祟られた『災いを呼ぶ子供』


 神隠しのことを持ち出したのなら、相手は稔流を『災いを呼ぶ子供』にしたいのだろう。


「でもさー、行方不明になったよな? 大人がみんなして騒いでさ、山とか川とか探しに行ってさあ」

「以前、《僕》が天道村に来たのは5歳の時で、すぐに帰ったらしくて、何も覚えていません」

「えー? 1週間くらい帰れなかっただろ? そういうのって《神隠し》って言うんだよ」

「…………」


(舐(な)められるな。本家として人の上に立つ義務を果たせ)

(心優しい貴種は潰(つぶ)される)


 ……ごめんね、さくら。

 俺は元々、心優しくなんかないんだ――


「神隠しって何だ? 稔流は小さい時に行方不明になったのか?」

 担任は、この場の緊迫感に気付いていないらしい。


 稔流は、にこりと笑って担任に言った。

「先生。これは村の人だけの話です。《外》に帰る人は、知らない方がいいですよ」


 そして、神隠しの質問をした男子を見て、稔流はきょとんとして小首を傾げた。


「名前、教えてくれる?」

「え? 宇賀田拓(たく)だけど……」

「そう。拓君も宇賀田なんだね」


 稔流は、拓という少年の目を見て、――笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。