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童女の嫁入り (2024/4/23〜同年6/11連載・完結)  作者: 真髪芹
第2章 ひとつ屋根の下の座敷童
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第18話 狐の縁結び(一)

 誘われるまま山道に入り、木漏れ日の世界に変わった。誰が使うのか何処へ向うのか、よく分からない細道だ。


(くだ)、出て来い」


 さくらが言うと、草むらからしゅるりと何かが飛び出してきて、稔流の首にぐるんと巻き付いた。


「うわっ!?」

 細長いのに短い四本の足がついていて、きつね色のふさふさした毛並みがいいかんじの、何か。


「やはり、稔流に懐いているな。一度は河童を止めようとしただけのことはあるか」

「え…?」


 ふさふさと、目が合った。見覚えがあるような気がする、愛嬌のある……多分、狐。


「そいつに、稔流に何かあるようなら私に伝えるように言っておいた」

 白い指が、細長い狐の頭を撫でると、ちょっと得意そうにコンと一声鳴いた。

「あ、それで……」


 さくらが突然墓地に現れたのは、この狐が、稔流の心の危機だと判断したからなのだろう。


「5年前、稔流が帰って来られなくなったと、私に教えてきたのもこの管だ」

「そっか……、助けてくれたんだね」

「そうとも言い切れないがな」


 さくらが言うには、この『管』と呼ばれる狐型の妖怪は、天道村にはありふれた存在で、『主人(あるじ)持ち』は主人の家来とペットを兼ねたようなものなのだそうだ。

 さくらは、稔流の首元にくっついている管をじろりと横目で見た。


「あの河童が稔流を攫った時、こいつは河童を止めるつもりで割って入ったんだよ。でも、河童に一緒に遊ぼうと誘われて、浮かれて他の狐も呼んで大騒ぎだ。日が暮れなのに誰も稔流を帰そうとしないものだから、流石に困って私を呼びに来たポンコツだ」


 さくらの声は不機嫌で、狐はしょぼくれたような顔で「きゅぅ」と小さく鳴いた。

「いいよ、さくら。5年も前のことで叱らなくても」

 稔流を帰した後で、この管という狐はさくらにガッチリ(しぼ)られたのに違いない。


「私の役に立たぬどころか、稔流を《神隠し》にするところだった。雑巾(ぞうきん)みたいに絞りついでに、引き千切ってやろうかと思ったものだよ」


 稔流は、一瞬血が引くような感覚がした。

 ……そうだ。さくらは子供の姿をしていても、座敷童を名乗っていても、本気で怒れば雷と炎で全てを焼き尽くす、荒ぶる女神でもあるのだ。


「でも、稔流ならきっと止めるだろうと思って、雑巾みたいにぎゅうぎゅう絞るところでやめておいた」

「ぎゅうぎゅう絞ったら、骨が折れちゃうんじゃ……?」

「折れる骨など無いよ。そいつは『狐の形をしているだけ』の(あやかし)だ。動きがぬるぬるぐにゃぐにゃしているだろう?試しにそいつの体を()んでみろ」


 稔流は、おそるおそる、管の細い胴体握って揉んでみた。

 ……もみもみ、もにもに。むにむにむに。


「なかなか良い揉み心地だろう」

「何か、癖になりそうな感じ……」

「そいつも弄られるのが好きなんだよ。いい顔をしているだろう?」


 よく見ると、管狐は肩揉みでもされているような顔で、目を閉じてのんびりしている。

 稔流はほっとした。この、何だか憎めない狐が、どうやら今も元気でいてくれて。


「……先程、これを引き千切るような者なのだと、稔流は私を恐ろしいと思っただろう?」

「うん……」


 さくらが、意外そうな顔をした。

「ちょっとは悩むか迷うかすると思ったが、案外あっさり答えるのだな」

「悩まないし、迷わないよ。さくらが誤解だって言っても、俺はさくらを優しいと思ってる。……でも、河童や狐の子供が泣きながら、死にたくないって言うくらいに――あの時殺そうと思えば殺せた、さくらはそういう……」


人、と言いかけて、稔流は言葉を繋げた。


「神様なんだってことも、知ってるから」


 知っているし、もう、気付いている。

 さくらもまた、人間である稔流の前では、人間と同じ命と心を持てないことを、引け目に観じていることを。


「優しい時も怖い時も、一番綺麗なのはさくらなんだ。俺には、それだけでいいんだ」

「……………………」


 さくらが、こんなにはっきりと頬を赤らめるのを、初めて見たと稔流は思った。


「相変わらず、子供のくせに殺し文句が得意だな!」

「え……?本当のことしか言ってないよ」

「天然か。思わせ()りめ」


 さくらは、ぷいとそっぽを向いた。

「……でも、稔流のそういう所は、嫌いじゃないぞ」

「うん…」


 想っているのに、結婚の約束もしているのに、どちらも「好き」と言えずにいる、思わせ振り。


「管」

さくらが、どこからか竹筒(たけづつ)を取り出した。稔流の首に巻き付いていた狐が、しゅるんとその中に収まった。ひょこんと首だけ出すと、元々小さかった管狐が、


「何だか、小さくなったような?」

「このように、管に入れて持ち歩くから管狐というのだが、ちょっとくらい小さくなって収まってくれないと使い勝手が悪い」


「管狐……」

 ふと、稔流は思った。


「じゃあ『くだ』っていうのは、この狐だけの名前じゃないの?」

「管は管だよ。私もいくつか飼っているけれども、全部見分けが付くから不自由しない」


(名は無いよ)


「どうかしたか?」

「……この狐に、名前を付けてもいい?」

 さくらは不思議そうな顔をしたが、納得したようだった。


「稔流は、名前を付けるのが好きなのだな」

「そういう訳でもないんだけど……」

でも、さくらと巡り会えたのは、この狐のお陰だと思うから。


「むすび、っていうの、ダメかな」


 さくらが、不思議そうを通り越して、驚きと呆れを隠さない顔で言った。


「おい……稔流。それはかなり上位の神の名だぞ? 特に、高御産巣日神(たかみむすびのかみ)神産巣日神(かみむすびのかみ)といった原初の神は、私のような者では永遠にお目にかかることもないだろうよ」

「えっ? そんなに偉い神様の名前なの!?」

「むすびはとは、()()なのだよ。神が生じる様を表す言葉だが『神を産む神』の名でもある。……まあ、人間はわかりやすいものを好むだ。縁結びの神だと思って拝んでいる者も多いし、そのようなご利益(りやく)で有名なお(やしろ)もあるらしいな」

「だったら、わかりやすいそれで合ってるよ」


 稔流は笑顔を返した。

「さくらはきっと、俺が知らない所でもずっと俺を見守ってくれていたんだよね? でも、神隠しに()わなければ、さくらは俺の前に姿を見せに来てくれなかったかもしれない。だから、その管狐が俺とさくらの縁結びをしてくれたんだなあって思ったんだ」

「ふむ……そういう(とら)え方もあるか。稔流らしいな」


 さくらは、竹筒から顔を出している管狐の頭をちょんちょんとつついた。

「管、今日からお前の名前は《むすび》だ。名前負けするなよ」


 狐の妖怪でも、嬉しそうに目がきらきらするんだなあ、と稔流は思った。散歩に連れていかれる犬みたいだ。


「むすび、しばらく好きに遊んできていいぞ」

 むすびは、コンと一声鳴いて、またしゅるっと稔流に巻き付いた。


「えっと、俺と遊びたいの?」

「名を付けて貰ったのが、よほど嬉しいらしい。良い名前を付けて貰というのは、大きな喜びなんだよ。名付けて貰って、その名を誰かに呼ばれる度に、自分は自分で、他の何ものとも違う、唯一の特別な存在なのだと実感してゆける。……私もそうだったよ」

「…………」


 どちらが先なのだろう?

 名を持つと特別になるのか。特別だから名を付けるのか。

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