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童女の嫁入り (2024/4/23〜同年6/11連載・完結)  作者: 真髪芹
第2章 ひとつ屋根の下の座敷童
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第16話 秘密と罪

 稔流の心臓は、ドクンドクンと重苦しく、音が聞こえそうな錯覚がするほど大きく脈打った。

 母に気付かれないように、少しの音も立てないように、自室へと逃げ戻った。


 どうして、そんなにも後ろめたい思いをしなければならなかったのだろう?

 稔流自身もわからなかったけれども、自分が信じていた世界が、薄い氷のように、音も無く壊れたようなような気がした。


 父よりも強くて格好いいと思っていた母は、あの夜とても弱く見えた。

 温和で優しいけれどもちょっと抜けていると思っていた父は、どんな時でも笑顔でいられる強さと嘘を持っていた。

 

 稔流は、封じ込めていた秘密と不安を、誰にも打ち明けることも相談することもなく、1年近く口にしなかった。

 ただ、次の誕生日が来る前に、やっと休みが取れた父とふたりきりになる機会があったから、尋ねた。



「みのりは、どうして死んだの?」



 父は言葉に詰まり、(わず)かな動揺が稔流にも見て取れた。しかし、いつまでも隠しておけることではないと思ったのだろうか、冷静に話してくれた。


「……稔流もみのりも、とても小さく産まれたんだ」

 発育良好な赤ん坊は、2500グラムから4000グラムくらいの体重で生まれてくる。だが、稔流と実梨という双子は、千グラムを下回る超低出生体重児だった。


「双子がお腹にいる妊婦さんは、本当に体調に気を(つか)うものなんだよ。赤ちゃんが育つ子宮っていう場所は、赤ちゃんひとりを育てるように出来ているから、双子を産むのは大変なことなんだ。……本当に、お母さんは頑張っていたんだよ。稔流もみのりも、元気に生まれて来てくれるように」


 それでも、早産となった。

 妊娠経過は順調だったのに、ある日突然、実梨だけ血流が悪くなっていると言われ、緊急手術となった。


「稔流の方が少し大きくてね……、どうにか産声を上げることが出来たんだ」


 でも、小さい稔流よりももっと小さかった《みのり》は、そうではなかった。

 産声を上げることなく、止まっていた心臓が再び動き出すこともなかった。


 産まれてきたのに、《みのり》は生きていなかった。


「お母さんが悪い訳じゃないんだよ。お医者さんの力不足でもない。誰も悪くなくても、悲しくて(つら)い出来事に出会ってしまう……そういうことも、あるんだよ」


 もうすぐ7歳になる子供に語って聞かせるには、難しい話だったのかもしれない。

 でも、小さく産まれて小さく育った稔流は、賢く察しのいい子供に育っていた。


 母の所為ではない。そんなことは、看護師である母は当然わかっていたはずだ。

 それでも、何の罪もない小さな、あまりにも小さな我が子がが死んでしまったのに、誰も何も悪くないだなんて、そんな残酷に母は耐えられなかった。

 

 母は、理由を必要としていたのだ。だから、自分の娘の死産という事実と悲しみを、他の誰でもなく、母親である自分自身の所為にした。

 

「妊娠がわかった時にね、お父さんもお母さんも、大喜びで名前を考えたんだよ」


 男の子なら「みのる」。女の子なら「みのり」。

 父の名前が「(ゆたか)」で母の名前が「真苗(まなえ)」なので、輝くように実る稲穂をイメージした。


 双子で、性別も男の子と女の子だと判明して、どちらも採用するつもりで漢字は「稔」と「実」にした。

 「稔」も「実」も、一文字だけではどちらも「みのる」だと思われてしまいそうなので、送り仮名の漢字を「()」と「()」にして区別した。


「でも、お母さんは『梨』の字を考えた自分の所為だと思ってしまったんだ」


 「(みの)る」の送り仮名に「()」を選んだのは父で、「(みの)り」の送り仮名に「()」を選んだのは母だった。

 「梨」は果物の「なし」だ。「梨」を「り」と読む名前の人はきっとたくさんいるのに、母は後から知ってしまった。


 葦を「アシ=悪し」と読むのは縁起が悪いから「ヨシ」と呼ぶように、梨は「無し」に(つな)がるからその音を避けて「ありの実」と呼ぶのだと。


 遙かな昔から、日本人はこういう言葉遊びのような縁起担(えんぎかつ)ぎをして来たのだから、名前に「なし」が入っていたからと言って、命が無くなることと結びつけるのはこじつけでしかない。それでも。


(なし、なんて、もう付けない――――)


「お父さんは、どうして(なが)れるの『()』にしたの?」

「長いの『なが』という日本語の語源……元になっているのは、流れるの『なが』なんだよ」


 長く(みの)り続けるような人生を……と。

 それならば、「梨」だって、金色に似た大きくて甘い果実のように実りますように、という願いが込められていたはずなのに。


「そうなんだ。……ありがとう、お父さん」


 そう言って、稔流はこの話を終わらせた。小学1年生の子供が、こんなそつのない態度を取るのは不自然なことなのだと、当時の稔流は気付いていなかった。

 いつ、誰に言われたのだろうか。


 ――この子は物わかりが良すぎる。苦労をするよ――


 もっと、色々なことを聞けばよかったのだろうか。

 稔流しか生き残らなかった、稔流だけを育てるしかなかった7年間を、父と母はどんな気持ちで生きてきたのか。


 でも、聞いても大人である父は、子供である稔流が傷付かないような言葉だけ選んで、嘘を()いてでも稔流を安心させようとする、そんな気がしたから。

 自ら話を終わらせた稔流は、誰にも何も言えなくなった。


 父は言っていた。元々母親の子宮はひとりの子供が育つように出来ている、と。それならは、


 ――ぼくは、みのりの分の命まで、(ひと)()めにして、生まれて来てしまったんだろうか――


 そんなことはないと、分かっている。知っている。

 でも、母が理屈では割り切れずに自分を責めていたように、本当は隠れて泣きながら《みのり》を想っていたのに、稔流の前では誕生日を笑って過ごしていたように。


 稔流もまた『双子の妹を殺した』という罪を、小さな体と幼い心に、ひっそりと背負(せお)った。

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