表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/102

第13話 狐の嫁入り

 だんだん明るくなってゆく、晴れた空。なのに、ぱらぱらと大きな雨粒が風に乗って飛んでくる。


「お天気雨だよ」

さくらは言った。


「狐の嫁入り、とも言う」

「あ……」

 遠くから、しゃらん、しゃらん、とたくさんの鈴の音が聞こえる。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 木立の向こうから、誰かがやってくる。ひたひたと、足音は静かに。


 着物を着た人々の行列だ。かった。

 稔流は言葉は知らなかったけれども、日常()ではなく、(ハレ)の日の装い。


「見えるだろう?狐も河童も人間も、同じように見えた稔流の目なら」


 ゆっくりと進んでゆく行列の人々は、皆白い狐の面をつけていた。

 そして、その中でも特別だとわかるのが、大きな傘をさしかけられて純白の着物を(まと)っているのひと。

 頭部をすっぽりと覆う帽子のようなものを被っているから、そのひとも狐の顔なのかどうかはわからなかったけれども。


「着物は白無垢(しろむく)。被っているのは綿帽子(わたぼうし)だ」

「はなよめさん?」

「そうだよ。隣が花婿だ」


 花婿は……狐なのだろうか?よく見えない。何も被っていないのはわかるのに、どうしてか霞んでよく見えない。


「ふふ、花婿は誰なのであろうな」

「さくらも、しらないの?」

此処(ここ)は、天道村であって天道村ではない場所だ。私もこの村の全てを知っている訳ではないよ。でも、きっと……」


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


「幸せなのだと思うよ。……ほら」

「わぁ……!」

 ぱらぱら降り続ける雨に朝の光が差し込んで、空に七色の橋が架かる。


「これが、いいもの?」

「稔流がそう思うのなら、そうなのだろうな」

「うん、すごくきれい!」


 夜明けの花嫁行列。幸せそうな花嫁と花婿が結婚する日。

 祝福するように空を彩る虹。幻想的な光景は、とても美しくて。


「いいな……」


 聞こえるか聞こえないか、そんな微かな呟きだった。

 祝福して微笑んでいるのに、さくらの横顔が寂しげに見えた。


 どうしたの、と言いかけて、稔流は聞けなかった。


 「いいな」という小さな声は、今まで大人びて見えたさくらの言葉とは、少し違うような気がして。

 本当に幼い女の子が、七夕の短冊(たんざく)に願いを書いたのに、笹に(つる)さずにこっそり捨ててしまったような、悲しさを感じて。


 でも、さくらは隣の稔流に気付いて、稔流の疑問に答えるように言った。


「私は、あのような花嫁にはなれない。大人になることが出来ないから。私が『なし』でも困らなかったのは、特別な家……宇賀田の本家の座敷童だからだ」


 稔流は、はっと思い出した。曾祖母は、あの古い家に独りで住んでいる訳ではないと言っていた。


「ひい婆様から聞いたことがあるだろう?稔流のひい爺様の太一は、子供の間は時々私の姿が見えていた。お嫁に来た喜代は、私の姿は見えなくても声や物音は聞こえている……今でも」


 時々食べに来ると言って、曾祖母にスイカを載せたお皿を置いていたのは――――


「私は、稔流のひい婆様が住んでいる古い家に居着いている座敷童だよ。……太一が産まれる前から、あの家にいる」


 稔流は、驚いて言葉を失った。

 さくらは、子供だ。子供の姿をしていて、さくら自身も大人にはなれないと言っているのだから、子供なのだ。


 でも、既に故人である曾祖父が生まれる前から、さくらはあの古い家に住んでいる。そうであるならば、さくらの本当の年齢は、何歳なのだろう?


「本当の歳はいくつか、などと聞くなよ?」

「…………」

「私も、知らないから」

 さくらは、花嫁行列を見送りながら言った。


「座敷童には、居なくなっても心配して捜したり名前を呼んだりする親は居ない。大人になれないから、迎えに来る花婿もいない。昔は座敷童はたくさんいて、区別する為に好きに名乗ったり、()()()()()()()の名前を覚えている者もいた。……みな、成長して私よりも先に消えていった。今では居心地の良い古い家が減って、座敷童の数も少なくなったし、名前も無いままでいいと思っていた」

「…………」

「でも、もう違うよ。誰も私を捜さなくても、迎えに来なくても。稔流が私を《さくら》にしてくれたから。稔流も成長して大人になって、いつか私の姿は見えなくなる。それでも、名前を貰った私は、ずっと《さくら》でいられる。……いつまでも」


 ――――泣いては、いけない。

 だって、泣くのは、男らしくないから。


「ぼくじゃ、だめ?」

「何のことだ?」


 男じゃないと、こんなことは言えないのから。


「さくらをむかえにいくの……さくらのはなむこさんになるの、ぼくじゃ、だめ?」


 さくらは、驚いた様子で稔流を見た。そして、少し困ったように言った。


「子供のままの花嫁などいないぞ。座敷童の(わらし)も、河童(かっぱ)(わっぱ)も、子供という意味だ。成長して大人になったなら、それは(こども)とは呼べない。大人になるなら、それと引き替えに消えてしまうか、《子供ではない何か》になって、遠い遠いどこかへ行かなければならない」

「そんなのイヤだ!きえないで、きえちゃいやだよ。いなくなっちゃダメだよ。おねがい、さくら……!」

「消えないし、いなくならないよ。私は、()った時からこの姿のままだ。ほかの座敷童と違って、成長したことがない。成長しなければ、大人になることもない。稔流が大人になって、私の姿が見えなくなってしまう方が先だ。……それでいいんだよ。稔流」


 稔流は、ぎゅっと目を(つむ)って強く左右に首を振った。涙の(しずく)が散った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ