第13話 狐の嫁入り
だんだん明るくなってゆく、晴れた空。なのに、ぱらぱらと大きな雨粒が風に乗って飛んでくる。
「お天気雨だよ」
さくらは言った。
「狐の嫁入り、とも言う」
「あ……」
遠くから、しゃらん、しゃらん、とたくさんの鈴の音が聞こえる。
しゃらん、しゃらん、しゃらん……
しゃらん、しゃらん、しゃららん……
木立の向こうから、誰かがやってくる。ひたひたと、足音は静かに。
着物を着た人々の行列だ。かった。
稔流は言葉は知らなかったけれども、日常ではなく、晴の日の装い。
「見えるだろう?狐も河童も人間も、同じように見えた稔流の目なら」
ゆっくりと進んでゆく行列の人々は、皆白い狐の面をつけていた。
そして、その中でも特別だとわかるのが、大きな傘をさしかけられて純白の着物を纏っているのひと。
頭部をすっぽりと覆う帽子のようなものを被っているから、そのひとも狐の顔なのかどうかはわからなかったけれども。
「着物は白無垢。被っているのは綿帽子だ」
「はなよめさん?」
「そうだよ。隣が花婿だ」
花婿は……狐なのだろうか?よく見えない。何も被っていないのはわかるのに、どうしてか霞んでよく見えない。
「ふふ、花婿は誰なのであろうな」
「さくらも、しらないの?」
「此処は、天道村であって天道村ではない場所だ。私もこの村の全てを知っている訳ではないよ。でも、きっと……」
しゃらん、しゃらん、しゃらん……
しゃらん、しゃらん、しゃららん……
「幸せなのだと思うよ。……ほら」
「わぁ……!」
ぱらぱら降り続ける雨に朝の光が差し込んで、空に七色の橋が架かる。
「これが、いいもの?」
「稔流がそう思うのなら、そうなのだろうな」
「うん、すごくきれい!」
夜明けの花嫁行列。幸せそうな花嫁と花婿が結婚する日。
祝福するように空を彩る虹。幻想的な光景は、とても美しくて。
「いいな……」
聞こえるか聞こえないか、そんな微かな呟きだった。
祝福して微笑んでいるのに、さくらの横顔が寂しげに見えた。
どうしたの、と言いかけて、稔流は聞けなかった。
「いいな」という小さな声は、今まで大人びて見えたさくらの言葉とは、少し違うような気がして。
本当に幼い女の子が、七夕の短冊に願いを書いたのに、笹に吊さずにこっそり捨ててしまったような、悲しさを感じて。
でも、さくらは隣の稔流に気付いて、稔流の疑問に答えるように言った。
「私は、あのような花嫁にはなれない。大人になることが出来ないから。私が『なし』でも困らなかったのは、特別な家……宇賀田の本家の座敷童だからだ」
稔流は、はっと思い出した。曾祖母は、あの古い家に独りで住んでいる訳ではないと言っていた。
「ひい婆様から聞いたことがあるだろう?稔流のひい爺様の太一は、子供の間は時々私の姿が見えていた。お嫁に来た喜代は、私の姿は見えなくても声や物音は聞こえている……今でも」
時々食べに来ると言って、曾祖母にスイカを載せたお皿を置いていたのは――――
「私は、稔流のひい婆様が住んでいる古い家に居着いている座敷童だよ。……太一が産まれる前から、あの家にいる」
稔流は、驚いて言葉を失った。
さくらは、子供だ。子供の姿をしていて、さくら自身も大人にはなれないと言っているのだから、子供なのだ。
でも、既に故人である曾祖父が生まれる前から、さくらはあの古い家に住んでいる。そうであるならば、さくらの本当の年齢は、何歳なのだろう?
「本当の歳はいくつか、などと聞くなよ?」
「…………」
「私も、知らないから」
さくらは、花嫁行列を見送りながら言った。
「座敷童には、居なくなっても心配して捜したり名前を呼んだりする親は居ない。大人になれないから、迎えに来る花婿もいない。昔は座敷童はたくさんいて、区別する為に好きに名乗ったり、座敷童になる前の名前を覚えている者もいた。……みな、成長して私よりも先に消えていった。今では居心地の良い古い家が減って、座敷童の数も少なくなったし、名前も無いままでいいと思っていた」
「…………」
「でも、もう違うよ。誰も私を捜さなくても、迎えに来なくても。稔流が私を《さくら》にしてくれたから。稔流も成長して大人になって、いつか私の姿は見えなくなる。それでも、名前を貰った私は、ずっと《さくら》でいられる。……いつまでも」
――――泣いては、いけない。
だって、泣くのは、男らしくないから。
「ぼくじゃ、だめ?」
「何のことだ?」
男じゃないと、こんなことは言えないのから。
「さくらをむかえにいくの……さくらのはなむこさんになるの、ぼくじゃ、だめ?」
さくらは、驚いた様子で稔流を見た。そして、少し困ったように言った。
「子供のままの花嫁などいないぞ。座敷童の童も、河童の童も、子供という意味だ。成長して大人になったなら、それは童とは呼べない。大人になるなら、それと引き替えに消えてしまうか、《子供ではない何か》になって、遠い遠いどこかへ行かなければならない」
「そんなのイヤだ!きえないで、きえちゃいやだよ。いなくなっちゃダメだよ。おねがい、さくら……!」
「消えないし、いなくならないよ。私は、生った時からこの姿のままだ。ほかの座敷童と違って、成長したことがない。成長しなければ、大人になることもない。稔流が大人になって、私の姿が見えなくなってしまう方が先だ。……それでいいんだよ。稔流」
稔流は、ぎゅっと目を瞑って強く左右に首を振った。涙の雫が散った。