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最終話 遠くへ

 実梨は、所謂(いわゆる)《宇賀田の狐の子》だ。幼少時から不思議な力があり、狐とも河童とも猫又とも親しいので、その子が人間ではないことはすぐに分かった。


 座敷童は、波多々本家のあやめと三太しか会ったことはないが、この子も座敷童なのだろうか?


 でも、どこか座敷童とは違うような気がするのだ。

 白地の着物は流水文様(りゅうすいもんよう)と桜の花の(がら)で、赤い兵児帯(へこおび)を結んでいる。


 その装いはその子によく似合っていたけれども、実梨が驚いたのはその子供の髪の毛と瞳の色だ。


「しろじゃないよ?」

とその子は言った。さらさら()れるおかっぱの髪の毛の事だ。


 おひさまの光が反射して、雪のような白かと思ったが、よく見るとピンクがかっている。

 でも、その(あわ)く美しい色は、ピンクと言うよりも、


「桜色……」


 実梨の唇は、(こぼ)れるようにその言葉を(つむ)いでいた。


 そして、その子供の瞳は金色だった。

 実梨の目も髪色も《狐の子》の特徴である金色がかった明るい茶色だが、この子は()き通ったビー玉のような金の瞳だ。


「そうだよ! さくらいろなんだよ!」


 幼い女の子はあどけなく、嬉しそうに笑った。

 いくつくらいなのだろう?


「なんさいでもないよ」


 まだ実梨は何も尋ねていないのに、その子は言った。


「だって、わたしはまだ、おかあさんからうまれてないもの」

「え……?」


 んー、と言って、その子は言葉を探した。


「しんだことがない、ゆうれい? わたしは、こころだけだから」

「…………………………」

「あのね、お父さんとお母さんのこころがむすばれたとき、わたしはちっちゃい光のつぶみたいにうまれていたの。ずっと宇迦の姫神様に育ててもらって()()()()()()()()()()()()()()()けど、まだ本当の体がないし、なまえもまだないんだよ」


 不思議な説明に実梨が困惑(こんわく)していると、桜色の髪に金色の目の子供の顔が、ぱぁっと輝いた。


「むすび! むかえにきてくれたの?」


 その子は走り出し、そして一度だけ実梨を振り返った。


「もういかなきゃ。こんどはお母さんから体をもらってうまれて、お父さんにお花のなまえをつけてもらうの。じゃあね、みのりちゃん!」


「……待って!」


 実梨は、駆け出していったその子供を追いかけた。

 どうして、あの子は実梨という名前を、実梨が実梨だということを、知っているのだろう?


 先導(せんどう)して獣道(けものみち)を走っているのは、管狐だろうか?

 それにしても、小さな子供とは思えない俊足しゅんそくで、見失った実梨は気付いた。


 いつの間にか、知らない場所に……違う、()()()()()()に、入り込んでいた。


 天道村では、早咲きから遅咲きまで様々な桜が咲くが、ここは至る所に満開の桜の花が美しく咲き(ほこ)っている。


 まるで、春のまま時を止めたように。

 永遠に、春だけを()り返しているかのように。


「あ、お天気雨……」

 よく晴れているのに、上空の風が強いのだろうか。パラパラと雨が降ってくる。そして、それは、


――狐の嫁入り、ともいう――



 遠くから、しゃらん、しゃらん、とたくさんの鈴の音が聞こえる。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 木立(こだち)の向こうから、誰かがやってくる。

 ひたひたと、足音は静かに。

 礼装の着物を着た人々の行列だ。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 ゆっくりと進んでゆく行列の人々は、白い狐の面をつけていた。

 そして、大きな(かさ)をさしかけられて、白無垢(しろむく)綿帽子(わたぼうし)姿の花嫁が歩いてゆく。


 花嫁行列だ。なのに、花嫁の(となり)には誰もいない――――


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん…


 鈴の音が止まった。

 行列の人々も、また。



(待たせてしまってごめんね)


 花嫁行列が向う先には、学生服姿の少年がいた。

 実梨と同じ年頃に見える――――その少年も、金色に似た明るい髪色で、実梨よりも明るい、金色の光を宿した瞳の、


「狐の子……?」


 宇賀田の一族に、実梨以外の狐の子がいるとは、聞いたことは無い。

 でも、実梨はその少年が宇賀田の狐の子なのだはっきり感じるし、誰かに似ているような気がするのだ。


 その少年へと、()け寄る花嫁の綿帽子が、ふわりと風に(さら)われた。

 現れたのは、真っ白な雪のような髪の毛を結い上げた、桜の女神のように美しい、まだ少女の年頃の花嫁の顔だった。


 少年も駆け出して、花嫁をしっかりと抱き締めた。


(むか)えに来たよ、さくら。会いたかった…ずっと(さが)していたんだ)


(稔流……ずいぶん、背が()びた)


 花嫁は、泣き笑いした。


(私も、会いたかった。必ず迎えに来てくれるって、信じてた。稔流は、必ず《約束》を守ってくれるって……)


 少年は、微笑みを返した。


(うん……もう一度《誓う》よ。俺は、二度とさくらを(ひと)りにしない。ずっと……いつまでも、さくらの(そば)にいるよ)


(私も……《誓う》。二度と、稔流を置いて行かない。二度と、稔流から(はな)れない……!)


 それは、長い、とても長い間、引き離されていた恋人たちの再会だった。

 再会であり、やっとふたりが結ばれる婚礼(こんれい)だった。


 ふわりと光と風が通り過ぎ、少年の(あかし)の学生服が、紋付袴(もんつきはかま)の花婿の礼装に変わった。



(さくら、一緒に行こう。……遠くへ)



 花婿が手を差し伸べ、花嫁がそっと花婿の(てのひら)に白い手を置いて、ゆっくりと歩き出した。

 実梨は、ふたりの姿を見守りながら、立ち尽くしていた。


「みのる……」


 美しい花嫁は、花婿のことを、そう呼んだ。

 そうだ――――誰かに似ている、そう思ったのは…


 実梨の、父に似ているから。

 実梨の、母に似ているから。

 そして双子の妹の――――


 実梨は、叫んだ。


「みのる……稔流!」


 兄の名前は、無くなっていなかった。兄の存在は、消えてはいなかった。

 きっと、ずっと、あの花嫁が稔流の名前を呼び続けてくれていたから。


 実梨も、稔流を覚えていた。これからも、忘れないから、叫ぶ。


「稔流……お兄ちゃん、幸せになって!」


 ふと、花婿が実梨の方を見て微笑した。


(ありがとう。実梨も、幸せにね)


 涙が、(あふ)れた。

 やっと、出会えた。初めて会えて、これが最後だった。


 花嫁と花婿は、()()いながら遠くへ去って行く。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 花嫁を送り届けた狐面の人々もまた、来た方角へと去って行く。


 しゃらん、しゃらん、しゃらん……

 しゃらん、しゃらん、しゃららん……


 鈴の音が、遠ざかってゆく。

 桜の花が咲き誇る空に、ぱらぱら降り続ける雨に光が差す。


 大きな七色の橋がかかり、こちら側とあちら側の世界を、(つか)()(つな)いでくれる。

 全てが、花嫁と花婿の旅立ちを祝福するように。


「おめでとう。……お兄ちゃん」


 実梨は、その姿が見えなくなるまで見送った。

 そして、目元の涙を拭いて、(きびす)を返して来た道を()け出した。


 待ってくれている人が、いるから。

 勇気を出して、伝えたい言葉があるから。


 桜の花が咲き続ける世界の向こうへ。


 これから実梨が生きてゆく、四季が(めぐ)る世界へ。





 了

最後まで読んで下さってありがとうございました。

読者様に心からの感謝を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者様の神話などへの造詣の深さ、キャラクターたちへの愛が伝わる素晴らしい作品でした [一言] 美しくも読み応えのある作品でした、完結おめでとうございます‼︎ 「そう来たか」とうなってしまう…
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