98.カニ.食べ行こう~
朝の日差しのまぶしさに目が覚めあたりを見渡せば、ヴァネッサがいた。カーテンを開けたのはヴァネッサか。
「ショウ様、おはようございます。もうデーメーテーの正刻でございます。今日はアンジェリータ様がいらっしゃいます。お迎えの準備をしなければなりません。いつまでもベッドでお休みになっていては困ります。」
なんか、アドリアーヌが言ってたな。そうか、今日か・・・・・ 腹減った。昨日は何してたっけ・・・・・ ああ、そうか、海から帰ってくる途中に寝てしまったのか。夕食にありついてないのか。
「アンジェリータ様はいつ来るんだって?」
「アトゥムリオスの正刻と伺っております。」
正午か、時間の余裕はあるな。腹減ってるし、まずは朝飯だ。
「それじゃあ、食堂へ朝ご飯を食べに行こう。」
「いえ、まずは朝の身だしなみからでございます。」
身だしなみなんて、洗浄魔法でスッキリすればいいや。【洗浄】の魔法円を展開、発動、まわりを水が渦巻く。身体の汚れどころか、衣類の汚れまで根こそぎ取って消えていく。口を開けておけば、歯の汚れも綺麗に無くなるから虫歯にならないんだ。
「身だしなみはこれでいい?」
「え・・・・・ ええ、けっ、結構でございます。」
「じゃあ、ご飯だ。マーシェリン、行こう。」
食堂に向かいながら、ヴァネッサにノーラとラナはどうしてるのか聞いてみた。
「まだ、なんの教育もされておりませんので、侍女としてショウ様に付かせるわけにはまいりません。」
「どこで寝てるの。」
「侍女用の二人用の部屋を当てがっております。」
「ちゃんと寝る場所があって、ご飯が食べられればそれでいいや。」
「教育係がエリーに決まったようですが、何故私ではなかったのでしょう。」
「エリーに付いていれば、必然的にアルテミスの世話をするだろ。そのままアルテミスに付くようになってくれれば、それがいちばんいいかなと思って。」
「ショウ様が侍女にと連れてこられたのではないのですか。」
「自分の事は、何でも自分でやろうと思ってるし、侍女は必要ないと思ってる。」
テーブルに食事を運ばれてマーシェリンと食事なんだけど、ヴァネッサが後ろに立ってなんやかやと世話を焼こうとする。こういうときに侍女の存在がうざい。
「ヴァネッサは食事は?」
「朝食はもう頂きました。」
「じゃあ、ここへ座ってお茶でも飲めば。」
「私はショウ様のお世話をするためにここにいます。お茶など飲んではいられません。」
「何でもかんでもお世話するんじゃなくて、自分で出来るようなことは、温かく見守るようにしなかったら、何も出来ない大人になるよ。ここに座ってお茶を飲むか、部屋で俺の帰りを待つかどっちかにしてよ。」
「・・・・・お茶を頂きます。」
「ずっと横に立っていられると落ち着かないしね。」
「でも、今日はアンジェリータ様とのご会食です。そのような場所には給仕の者が何人もついて回りますが、ショウ様はそのような状況に慣れて頂かないといけません。」
「そうなんだよね~。そんな面倒な事にかかわりたくないんだけどね。会食って、赤ん坊にやらせるような事じゃないよね。大人と同じ物が食べられないのにさ。」
本当に困ったことを言う大人達だよ。今日出されるメニューも、どうせ俺だけは離乳食みたいな物しか出てこないんだろうね。
何か美味しい物が出ないかな。料理人達が作ってくれる離乳食は美味しいよ。決してケチを付けたいわけじゃないんだよ。
だけどね、美味しそうなソースをかけたステーキとか、魚ならサーモンのマリネとか、エビもいいな、ロブスターやオマールエビとか、貝類なら アワビ、カキ、サザエとか、そんなのを食いたいわけだ。でも・・・・・ それを噛むための歯が無い。ウニとかだったら食えるかもな。でもこの世界にウニがいたとしても、漁師はウニを食材とは見ないんだろうね。
あっ、カニっ!! タコっ!! たっぷり捕ったよね。タコは噛めないと食べれないけど、茹でたカニの身をほぐしてもらえば、歯がなくても食べれるんじゃないか?
よし、今からカニを茹でよう。
食事が終わり、椅子から降ろしてもらった俺が向かう先は、厨房だ。ヴァネッサが慌てて追いかけてくる。
「お待ちください、ショウ様、そちらは厨房です。料理人達の邪魔になります。」
「料理長に用があるんだ。」
「これはショウ様、今日はショウ様のお誕生日パーティで国王様がいらっしゃるとのことです。申し訳ありませんが、今は忙しくてお相手することが出来ません。」
「邪魔しに来たわけじゃないんだ。大鍋あったら貸して欲しい。竈は・・・・・ 空いていそうにないね。鍋と・・・ トレーと皿を貸して。」
「今日は大鍋は使っておりませんからお貸しできますが、鍋だけで何をされるおつもりですか。」
「今日の会食に、俺が食べれそうなものを1品増やそうと思ってね。」
「ほう、一体何を作られますかな。」
「それは出来てからのお楽しみ。後で試食はさせてあげるよ。」
厨房内は料理人達が所狭しと立ち働いて、俺が割り込んでいけるような雰囲気ではない。厨房内での作業は諦め、マーシェリンに鍋を食堂へ運んでもらう。
幸い働いていた文官達や子供部屋で勉学に勤しんでいた子供達は休みに入って帰省しているようで、城内は閑散として食堂にも人影はなかった。
厨房の料理人達は、今日の誕生日パーティのためにお休み返上か。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
貸してくれたのは、俺の身長を超える大きなずんどう鍋だ。その横にカニを大量に詰め込んだ桶を異空間収納から出す。ずんどう鍋より大きな桶だ。その中でカニがワサワサ動く音がする。鍋も桶も中身が見えない。マーシェリンに椅子の上に乗せてもらって中を覗けるようになった。
カニはガサガサと動いて元気だ。マーシェリンに鍋に移すようにお願いしよう物なら、絶対に爪で挟まれるだろうね。カニって、鋏の届かないところを持たないと、指を挟まれて痛い思いをするんだ。
鍋に移すのは俺がやろう。魔力の触手でカニを掴んでホイホイと大鍋に放りこむ。大鍋に半分ぐらいのカニが入ったところで、カニを洗浄魔法で洗浄。
後は沸騰したお湯に放り込んで20分ぐらい茹でるんだけど、食堂で火にかけるわけにも行かない。
で、考えたのが、『沖之浮島』で塩を作る時に考えた魔法円、水の沸騰温度、373.15K。
もう【沸騰373.15K】と名付けていいね。
それを、鍋の中に水を入れて沸騰させるのでは無く、指定範囲をいきなり100℃に変化させる。鍋の内部を範囲指定して一気に水の沸騰温度に達する。カニも外側から徐々に熱されるのではなく、内部の細胞まで全てが沸騰温度になれば、茹で上がりの時間が極端に短縮できるんではないだろうか。
俺のやっていることが気になるようで、さっきから料理長が熱い視線を厨房から送ってくる。そんなに気になるなら近くで見ればいいのに。
また覗き込んできたから、手招きしたら、厨房から出ていそいそと近づいてくる。呼ばれたことが嬉しかったのか、満面の笑みだ。犬が飼い主に向かって尻尾を振って跳んで来るようなものかな。
「ショウ様、何かご用でございましょうか。入り用な物があったら何でもおっしゃってください。」
「視線が不気味だよ。気になるんなら、ここで見ててもいいよ。」
「そっ、そんなっ、気になりましたかっ!! 申し訳ありませんっ。」
「もう、そんなにかしこまらなくてもいいよ。ここで見ててよ。」
「はいっ、ありがとうございます。拝見させて頂きます。」
それじゃ気を取り直して、【沸騰373.15K】展開、範囲指定 鍋内部、発動。
鍋の中からカニの茹だる香りが立ち上る。カニの甲殻の内部でカニの身その物が沸騰し、甲羅が赤く変わる。この時点でもう茹で上がってるよね。
魔法円を解除して、鍋の中から湯気の上がるカニをトレーの上に乗せ、4人分の皿の上にカニを一杯ずつ乗せる。
ああっ、カニを食べるなら、カニスプーンだっ!! 片側がカニの身をほじくるフォーク、反対側がカニ味噌を掬うスプーンになっている、あのカニを食べる時の定番、カニスプーンが無ければ始まらない・・・・・ しょうがない創るか。
魔力形成、カニスプーン×50、【魔力固定】、ちょっと多めに創っといた。20本はいつでも使えるように収納しておこう。ついでだ、トングも創ってしまっておこう。
「じゃあ、皆さん、頂きましょう。」
「ショウ様、お待ちください。こんな物が食べれるのですか。」
突然、ヴァネッサの否定的な意見。その意見も納得はできるよ。カニの形状はあまりにも不気味で、これを喰おうと思った最初の人を尊敬したい。
しかーしっ、この茹でたカニの香りっ、既に口の端からヨダレが垂れるほどだっ。料理長も口の端を手の甲でこすり上げつつ・・・・・ 垂らしたのかっ。
「料理人として意見を言わせて頂くのなら、この香りは素晴らしい香りですよ。ヴァネッサ様も食べてみたいと思われるでしょう。私は是非食してみたいです。」
「でも、こんな堅そうな物をどのように食べるのでしょう。」
「みんな、まずは椅子に座って。俺がやるのを見ていて。」
俺がやるって言っても、赤ん坊の手でカニの甲羅を剥いたりしたら、手が血まみれになっちゃうよね。やっぱりここは魔力の触手を操ってカニを堪能しよう。
まずはカニの甲羅を下に向け、フンドシを起こし、そこから胴体を足ごとガポンと上に外す。フンドシは食えないからゴミとして撤去だね。そして甲羅の中には・・・・・ ミソだ―――っ!! ミソをカニスプーンですくい口に運ぶ。いや、待て、焦るなっ。まだ熱々だ。ふーっ、ふーっ、ふーっ。少しは冷めただろうか。恐る恐る口に含む。
「うめ―――っ!!」
なんの味付けもしていないのに、カニミソ独自の芳醇な味わい。この世界で食べてきた食事は、決してまずくはなかったよ。でも赤ん坊用の薄味で、ごちそうと言うにはほど遠かったんだ。
美味しくてほっぺたが落ちる、なんて言い回しは子供の時にしか味わえない感覚だ。大人になるといろいろな美味しい経験をするおかげで、そんな感覚を感じる事は無くなるんだよね。
このカニミソを口に入れた瞬間、ほっぺたが落ちる感覚を思い出した。美味しくてほっぺたに痛みが走るんだ。そして、おいしさに感動して涙がこぼれ落ちる。
それほどまでに美味しかった。
同じようにカニミソをすくって口に含んでいる大人達。ヴァネッサとマーシェリンは、目を瞑りうっとりとして、逆に料理長は目を見張っていた。
「これほどとはっ!! 香りからは想像はしておりましたがっ・・・・・ ショウ様、私の目で見ていても、魔法で温めただけのように見えましたがっ。魔法に秘密があるのですかっ。」
「魔法? あぁ~、魔法か~。そうかもしれないね。カニを茹でる方法とは違った茹で方をやってるしね。後で教えてあげるよ。まずはカニを味わおうよ。今すくって食べたのがカニミソなんだけど、カニの身もうまいよ。甲羅から外した胴体の上に付いてるエラは食べれないから綺麗に取ってね。そしたら両側の足を持って半分に割ると、ほらっ、この中に白い身が見えるでしょ。これもうまいんだよ。」
カニスプーンのフォーク部分を使って、カニの身を取りだし口に入れれば、カニの身の濃厚な味が口いっぱいに広がり、かおりが鼻に抜ける。うまいっ!!
後はもう誰も声も出さず、黙々とカニを解体し、ほじりだした身を食べる。カニを食い始めると会話がなくなるって、どこの世界も一緒か。
さすがに朝食を摂った後のカニ1杯は、赤ん坊の胃には収まりきれず半分以上を残した。
料理長に茹で方を教えておかないといけないかな。
「普通にカニを茹でる時は、大きめの鍋にたっぷりのお湯、沸騰しているところへカニを放り込んで・・・・・ そうだな、厨房に砂時計があったよね。中の砂時計が2回落ちる間茹でる。」
厨房には、大中小の砂時計が置いてあった。大がおおよそ30分、中が10分、小が5分ぐらいだった。カニの茹で時間は、沸騰した中に放り込んで20分ぐらいだったから、中2回分でいいだろう。
「し、しかし、ショウ様はここで茹でられていませんでした。茹でてこの味が出るものでしょうか。」
「多分出ないね。さっきやった魔法は、鍋の内部に水を入れずに水の沸騰温度まで一気に上げたからね。お湯にカニの旨みが流れ出さなかった分、濃厚な味が残ったんだと思うよ。」
「そ、それでは、我々料理人がどんなにあがいても、あの味を出せないのですか。」
「焼きガニなら似た感じになるかもね。でも、今料理した鍋に魔石を仕込んで、同じように料理できるようにしてやれば、誰でも出来そうだな。」
「出来るのですかっ!! お願いしますっ。是非その鍋を厨房に用意してくださいっ。」
しょうがない、これからも美味しい食事をお願いするためだ。一肌脱ごう。
魔石を2個、異空間収納から取りだし、【沸騰373.15K】を焼き付ける。カニを茹でた鍋ともう一個出してきた鍋、二つに魔石を取り付ける。魔法を発動するための魔石は厨房内に用意されていると言ってた。料理人達のほとんどは魔法を発動させるための魔力は無いそうだ。
せっかく鍋に魔石を仕込んで魔道具としたんだから、試しに使ってみよう。片方にはカニを入れて同じように茹でた。うん、うまくいった。料理人達がやってもこれなら問題はないだろう。
もう一つの鍋はタコを茹でてみよう。タコを出したら料理長とヴァネッサが驚いていた。食材として見れないようだ。マーシェリンはタコシャブ食べたから何も気にならないみたいだけどね。
料理長に聞いたら、厨房に粗塩はあると言ってたので用意してもらった。
タコを5杯出して、まだたくさんタコが入っている桶を収納する。
出したタコを、頭をグリン。やはりみんな引いてる。でもこれをしなきゃ内臓が取れない。ひっくり返した頭の裏側に付いている内臓類をちぎり取り、タコを鍋の中に入れ粗塩をドサッと放り込む。
鍋の中に【回転】の魔法円を発動させて、タコと粗塩を回転させておく。
まんべんなく塩もみされた状態になったのを確認して、次は鍋の中に【洗浄】の魔法円を発動、タコの表面のヌメリが綺麗に取れた。今回は粗塩使ってるからね。洗い流せば簡単にヌルが取れちゃうんだよね。【洗浄】のおかげで鍋内部の汚れも綺麗に取れている。
そして【沸騰373.15K】発動。見事に赤く染まり8本の足がクルンと巻き上がる。お湯を使わない茹でダコの完成だ。
「この足を薄くスライスして、何かソースでもかければ美味しくなるよ。足の付け根にくちばしあるから、それは取ってね。カニは身を皿に盛ってカニミソを上から和えてくれると美味しいと思うよ。他には何かしら適当にアレンジしてみてよ。」
「はい、本日の会食までには何品か間に合わせます。」




