89.テルヴェリカ観光 海
アドリアーヌは執務室にいなかった。子供部屋で子供達のお勉強会かな。
子供部屋を覗いたら、アドリアーヌと護衛達が机の間を歩き回る。子供達だけではなくいつも教える側の先生達までが、机に向かって・・・・・ そろばんですかっ!!
「ショウ様、あれは何をしているのですかっ。」
「そろばんといって、計算をする時に使うものなんだ。」
アドリアーヌが俺達に気付いて、歩いてきた。
「あら、アルディーネ様、戻られたのですね。ショウの創ったお城はいかがでしたか。」
「とても美しいお城でした。感激いたしました。それよりも、今皆さんがされているものが計算をするものだと聞きましたが、初めて見る物です。誰にでもできるのでしょうか。」
お城の感激よりも、目の前のそろばんに興味が移ってしまったようだ。お付きの者も興味津々で、玉をはじく子供達を観察してる。
「ええ、どなたでもできますよ。アルディーネ様にもお教えしましょうか。」
「是非、お願いします。」
「まず、玉の動かし方を覚えることからですね。一から一つずつ数を足していくことを覚えましょう。五の玉がこれです。九までいったら桁が繰り上がります。」
そろばんを普及させるつもりのようだ。俺が作ったものより多くのそろばんがある。全員に行き渡ってるようだし、あのあとすぐに生産を始めたのか。
「そろばん塾ですかっ!!」
「ええ、ここからテルヴェリカ領に広げていこうと思っているのよ。次の領主会議では、他領にも売り込むつもりよ。売り上げの一部は、ショウの貯蓄に回してあげるわ。」
「そんなに貯蓄、貯蓄って、俺はあまり期待してないから、アドリアーヌが好きに使っていいよ。」
「そんなことはしませんよ。ちゃんと金庫室にショウ専用スペースをとって金貨を積み上げていますよ。」
その積み上げた金額があまりにも大きくなると、その金を出したくなくなるのも人の世の常で・・・・・ アドリアーヌが出さないと言うわけじゃないよ。アドリアーヌ以外にも財政管理をしている者達がいるだろうし、そいつらが全員首を縦に振らなきゃ出金は難しいんじゃないか?
まあ、そんな俺の手元に届くかどうかも分からない金の心配なんかしていたってしょうがない。それよりも、明日のことを相談しておこう。
「アルディーネが海を見たいといっているんだ。明日は海を見に出掛けようと思うんだけど。」
「あら、いいじゃない。ここでの学習も明日からお休みに入りますし、ウルカヌスとアルテミスも一緒に出掛けましょう。」
「誰が面倒を見るんだよっ。」
「私も付いて行くから、大丈夫でしょう。」
それって、どんだけの人数になるんだ? アドリアーヌと護衛で5人、ウルカヌスとアルテミスと護衛と侍女で8人、アルディーネと護衛と侍女で6人、俺とマーシェリン・・・・・ あ、アシルも すっごくたくさんの大所帯だ。お昼のお弁当の準備を今からたのんでおかなきゃ間に合わないだろ。
それ以前に、このメンバーで夜明け前からの行動は無理だろうな。お魚釣りは夜明け前行動と決まっているのに。せっかく海へ行くのにお魚釣りをしたかったな。って、ほとんど女の子だしお魚釣りなんかしてたら顰蹙買いそうだ。
女の子のお出掛けの準備というものは往々にして時間がかかるものだ。集合時刻はちょっと遅めにしておくか。
「じゃあ、ウルカンドラの始刻に中庭集合ね。遅れたら置いていくって、みんなには伝えておいて。準備は俺がしておくよ。」
厨房では、夕食の準備の真っ最中だろう。こんな時にお願い事をしにいったら煙たがるかな。
厨房で今日のお昼に使った食器類、鍋、バスケットを返却、そのついでに料理長を呼んでもらった。
「明日もお弁当をお願いしたいんだけど、頼めるかな。」
「はい、承ります。今日と同じ人数分のご用意でよろしいでしょうか。」
「明日は人数が多いんだよ。25・・・・・ いや、35人分で頼みたい。」
人数が増えていたりすると困るし、足らないよりは余る方がいいな。余ったら異空間収納の中に入れておけば時間経過もないし。
「かしこまりました。明日の朝食の時までに用意できていればよろしいでしょうか。」
「うん、それで頼むよ。」
あとは何か用意するものはあったかな。城で使ったテーブルや椅子は回収してきたし。椅子は人数分はないけど、レジャーシートみたいなものとかあれば・・・・・ 魔力でフライングカーペットを創って敷いとけばいいか。
マーシェリンを起こして朝食に向かえば、料理人達がバスケットや食器類を用意していた。
「お待ちしておりました。スープの鍋は今温めていますが、こちらのテーブルにお持ちしましょうか。」
「厨房へ取りに行くよ。」
厨房で火にかけてある鍋をそのまま収納し、食堂のお弁当、食器類、お茶セットも全て収納する。
これで落ち着いて朝食を頂けるね。
「今日は海に行くって言ってたけど、何するのさ。」
「海を見に行くだけだよ。俺も海に行ったことなかったからさ。アシルは海へ行ったことある?」
「テルヴェリカ領に来てからあちこち見て回ったよ。海も見に行ったね。」
「へー、何か面白いものでもあった?」
「お魚、捕ってたよ。あれってハンターなのかな。」
「漁師でしょ。」
漁師ギルドみたいなものもあるのかな。あっても単なる漁師組合とか漁協みたいなものだろうけど。
よし、今日は漁の見学にしよう。
中庭に向かえば、途中で王女様ご一行に出会った。
「ショウ様、おはようございます。今日はとても楽しみですわ。初めての海なんですもの。」
「俺も初めてなんだ。漁師が漁をしているらしいから、その見学でもしようかと思ってるんだ。」
「お魚を捕っているんですか? 見てみたいです。」
集合場所にはみんな集まっていたようだ。俺達が最期かよ。でも約束の時間には遅れてないけどね。みんな置いて行かれちゃいけないと、早めに行動したんだろうね。
あれ?、アステリオスがいる。アステリオスも行きたかったのかな?
「ショウ、海へ行く話を今聞いたのだが、まさか海へ出たりはしないだろうな。」
「せっかく海へ行くんだから、船で出るでしょ。」
「いかんっ。数日前からフィッシャーマンギルドから、海底に魔獣が潜んでいるとの報告が上がっている。今朝も『明日之城』に詰めていた隊を海へ飛ばしたところだ。」
海中に魔獣って、魔魚ではないのか? 哺乳類が泳いでいたりもするし、ひとくくりで魔獣ということでいいのかな。
よし、今日はお魚釣りじゃなく、魔獣釣りにしようか。でも、そんなのに王女様を連れて行けないよね。みんなはトラネコバスからの見学だね。
「そういう状況らしいので、今日はトラネコバスからの魔獣釣りの見学になります。アドリアーヌはそれでいい?」
「それなら安全でしょうけれど、魔獣釣りってショウが何かするつもりじゃないでしょうね。」
「え? 海へ行くんだからお魚釣りでしょう。」
「海へ出てはいかんといっておるだろう。アドリアーヌとともに上空から見ているだけにしなさい。では私は海へ向かった隊と合流しなければならないので、先に行く。」
アステリオスのケルベロスが飛び去っていった。
アドリアーヌがトラネコバスを準備している。今日は人数が多いけど、乗れるんだろうか。その場には俺が思ったとおり、お付きの者どもを含めてぞろぞろとたくさんの人数が集まっていた。
一体どれだけの人数になったんだ?・・・・・ 全部で22人か。
「この人数は、大丈夫なの?」
「重くなるからスピードは遅くなるけど、問題は無いわね。」
全員が乗り込んだトラネコバスは地を蹴り宙へ跳び上がる。脚が空を蹴って進む動きが鈍重に感じられる。
「これって俺の魔力で補助とかできるの?」
「やってみたことはないけど、もしできるとしたらトラネコバスを形成させているこの魔石に魔力を送ってみて。」
アドリアーヌが指し示した腕輪の魔石を確認して、そこへ魔力を注ぐ。
一気にスピ-ドが上がる。そんなに大きな魔力を送ったわけでもなかったのに、こんなに速くなるの?
「ちょっとーっ、どれだけ注いでるのよっ。速すぎよっ。」
「あ、ごめん。」
送る魔力を絞り速度を落とす。それでもいつものトラネコバスの速度を上回っているけどね。
すぐに前方に海が見えてきた。入り江を利用した船着き場に小舟がつながれている。
ずいぶんと人がいるけど、ほとんど騎士団の騎士達のようだ。3隊ほど集まってるのかな。
トラネコバスがその人だかりに向かって降りていく。
全員がトラネコバスから降りるのを待っていると、近くにいた騎士が近寄ってきた。
「アドリアーヌ様、先ほど団長が到着したばかりですが、呼んできましょうか。」
「いえ、私がそちらへ向かいます。」
俺が先にアステリオスのところへ歩き出す。どうせ赤ん坊がヨチヨチ歩いてるんだから、アドリアーヌもすぐ追いつくだろう。




