68.口を開けてガン見
「ショウ様、おはようございます。」
・・・・・・・ヴァネッサだ。
俺、寝てたんですけどっ!! 寝てるところを起こされるのってすっごく気分悪いよねっ!!
「寝ていらっしゃっていても起こして構わないと、アドリアーヌ様から言付かっております。」
この物言いにイラッときた。
「立場が上の者からの命令ならしょうがないと、それを実行するのはどうなのっ!? 俺寝てたよねっ!!
そもそも赤ん坊が寝てるのをたたき起こすことに罪悪感とかは無いのっ!!
赤ん坊は育つために、運動したい時に疲れ切るまで運動して寝たい時に寝るんだよっ!!
それを寝る時間を削ってまで何を覚えさせようって!?
成長のための睡眠を奪い取ってまで必要な事ってなんなのっ!?
俺は成長しなくてもいいからアドリアーヌの思うとおりに学習しろって事なの?
ヴァネッサにだって子供いるよねっ!! その子供に成長より学習です、って寝る間を惜しんで勉強させたわけ?! 孫ができたらその孫も寝かせずに学習させるのっ!?
そんな育て方をされてもその子供は、普通に素直な子供に成長していくだなんて甘い考え持っていないよねっ!!
そんなふうに育った子供は、にこやかな顔を向けながら陰では大人に対して恨みつらみや呪いの言葉を吐きまくってるんだよっ!! まわりの全てを恨んで成長して、親を殴り、妻を殴り、子を殴り、負の連鎖が続くんだよっ!!
子供はもっと伸び伸び育てなきゃいけないよねっ!! そうでなきゃ、おおらかな心を持った大人になんてなれないよっ!!
そもそも赤ん坊をたたき起こそうだなんて、世間の常識から逸脱したような奴が、一体どれだけの高尚な事を指導してくれるって言うんだよっ!! ほんの僅かなミスでも絶対見逃さずに、徹底的に突っ込むよっ!!」
途中から涙をこぼしながら『申し訳ございません、申し訳ございません。』とつぶやいていたヴァネッサが、俺の言葉が途切れた途端に、泣きながら走り去っていった。
あ・・・・・・・ マーシェリンが口元をおさえて俺を見つめてる。
「・・・・・ショウ様、今のは酷すぎます。」
「ヴァネッサってそんなに打たれ弱かったの? 俺はこれからの学習の中でちょっと優位に立ちたかっただけなんだよ。」
「ヴァネッサ様はとても傷ついたと思います。謝罪をするべきだと思います。」
「・・・ そ、そうだね。うん、謝るよ。寝てるところを起こされて気分が悪かったとはいえ、言い過ぎだったかな?」
「絶対に言い過ぎです。あれだけ立て続けに責められたら、誰も耐えられません。」
「ヴァネッサはまた来てくれるかな。いや、その前にアドリアーヌが鬼の形相で跳んでくる未来が垣間見えるよ・・・・・ そうだ、先手を打ってアドリアーヌに会いに行こう。」
着替えて出掛ける準備をしてる俺に、マーシェリンが声を掛ける。
「私がショウ様をお運び致しましょうか。」
「え? ああ、その方がいいね。頼むよ。」
マーシェリンに抱かれてアドリアーヌの執務室まで走ってもらった。早い早い、身体能力強化の魔法を使っていないのに、廊下の景色の流れ去るスピード・・・・・ これって人の出せる速度じゃないだろ。以前、治癒魔法に身体強化系のイメージを乗せたのが、ここまで効果が出るなんて思ってもいなかったな。他ではそんなイメージはしないようにしよう。
あっという間に、アドリアーヌの執務室の前だ。マーシェリンが扉をノックする。
「マーシェリンです。アドリアーヌ様はいらっしゃいますか。」
「入りなさい。」
アドリアーヌの机の前では、ヴァネッサが立っていてハンカチで目元を拭っている。アドリアーヌがギロッとにらみつけてくる。
「ショウッ!! ヴァネッサに何を言ったのっ!!」
「お待ちください。アドリアーヌ様、ショウ様がお休みの所を起こしてしまった私がいけなかったのです。」
「それは、私がそのように指示しましたからね。」
「そうそう、悪いのはアドリアーヌだからね、ヴァネッサが気に病むことは無いよ。」
「人ごとみたいに言わないのっ!! ヴァネッサも今来たところでまだ説明も聞いていないんですけどねっ。」
「人ごとみたいって言うけどね、一歳にもならない赤ん坊をたたき起こして何をやらせようって? ウルカヌスやアルテミスもそんなふうに教育してきたの?」
「そ、そうね、ごめんなさい。無理矢理起こさせるのはやり過ぎだったわね。」
「そうだよ。子供は寝て育つんだよ。その睡眠を邪魔されたら機嫌も悪くなるよね。」
「でも、ヴァネッサに何か酷いことを言ったの。ヴァネッサが涙をこぼすなんて。」
「アドリアーヌ様、私のことはいいのです。ショウ様に指摘された事は、何も間違っておりません。私の行動を反省するばかりです。このような私がショウ様の教育係など務まりません。辞退をさせていただくために参りました。」
ヴァネッサをそこまで追い込んでいたとは思わなかった。あの程度、突っ込まれたぐらいならクールに受け流して、『さっさと起きなさい。』ぐらい言える人だと思ってた。これは謝っておかねば。
「ごめんなさいっ!! 起きがけで機嫌が悪かったとはいえ、言い過ぎでした。ごめんなさい。」
アドリアーヌが目を見開いて俺を見てるけど、俺だってちゃんと謝れる子なんだよっ。そんな意外そうな目で見てるんじゃないよ。
「・・・・・・・ ショウもこう言ってることだし、教育係をお願い出来るかしら。」 「アドリアーヌ様、私が何をお教えしたらよろしいのでしょう。」
「最初から言っている通りに、貴族らしい所作、礼儀、特に言葉使いをしっかり教え込みたいのよ。」
そのくらいは、やろうと思えばいくらでもできるんだけどね。今までのまわりの人がやってる事を真似すればいいだけなんだ。でも、今更お母様も照れくさいな。
「母上、言葉使いを教えこむとおっしゃいましても、私にはそれほど必要な事だとは思えないのです。所作にしても、この小さな体ではきびきびとは動けませんし優雅さもありませんが、それなりに覚えております。」
腰を折り45度の礼、頭と背筋はまっすぐ一直線に。さすがに片膝をついての礼はここではふさわしくはないだろう。
アドリアーヌが口を開けたままガン見してる。
「母上、貴族らしからぬお顔ですよ。いかがなさいましたか?」
「・・・・・ え、・・・ ええ、そうね。いえ・・・・・ そうですね・・・・」
「アドリアーヌ様、私の教えられる事はほとんど無いのではないでしょうか。」
「そのような会話がいつでもできるのでしたら、ヴァネッサに毎日は見てもらわなくてもいいかもしれませんね。でも、週に一度はヴァネッサと会話をするようにしてください。その上で教育が必要か不要かの判断を致しましょう。ショウ、よろしいですね。」
「かしこまりました。それ以外にも母上や、ウルカヌス兄上とも会話ををする努力を致しましょう。」
「あら、アルテミスとも話してあげてくださいね。アルテミスはショウにとても会いたがっていますよ。」
「承知いたしました。」
よっしゃっ――――!! これで毎日のお勉強時間が無くなったぞっ。
そのまま執務室から下がり自室に戻る。
アシルが飛んできた。
「ちょ―――――っと―――っ!! どこいってたのさっ。今日はお勉強じゃなかったのっ。」
「その予定だったよ。でも予定が変わった。この後の予定が空いたから、また土木工事にでも行こうかと思ってるんだ。アシルも行く?」
「行く行く―っ!! 部屋にいなかったから、置いてかれたかと思ったよー。」
「その前に朝ご飯だよね。おなか減ったよ。マーシェリン、食堂に行こう。」
朝食の時間には遅かったおかげで、食堂には誰もいなかった。アシルもそのまま一緒に食事をしたけど、まあ問題は無いでしょう。
食べてる間にお弁当も作ってもらって、マーシェリンに持ってきてもらう。それを俺の異空間収納に収めれば、お昼にできたての温かい食事を食べれるぞ。これで出掛ける準備はできた? マーシェリンの着替えだ。いつものハンター装備にしてもらおう。
もう一度部屋に戻って、マーシェリンの着替えを待つ。
「よし、準備はいい?」
転移円を展開、転移先は切った木を積み上げた広場だ。




