64.カミングアウトねっ
ショウがあのアニメ映画をあんなに詳しく観てたなんて、意外だったわ。でもあの木の枝って本当にあの位置から上がらないのかしら。大きな木だとわかりにくいから、お城の中庭に若木を植えて実験してみようかしら。枝から縄でもぶら下げて、地面についた縄が宙に浮くようなら枝は上に上がってるのよね。そうしたらショウの間違いを指摘できるわ。
護衛達が昼食の準備をしてくれている。この異空間収納は凄いわね。物を運ぶのは私のトラネコバスがあるからそんなに苦にはならなかったんだけど、ここまで便利に運べるなんて、もう手放せないわね。ショウには他人には知られないように、なんて忠告しておいて私がこんなに便利に使っているなんて、なんて言い訳しましょう。
テーブル、椅子が並べられ、昼食がテーブルにのせられていく。ショウの前には軟らかいご飯が置かれる。でも今日のお昼はおにぎりよ。ショウはきっと懐かしがって欲しがるんじゃないかしら。そしたら、少しだけよって口に入れてあげるのもいいわね。
「今日のお昼はきっとショウも懐かしがるわよ。やっぱり外でのお弁当はこれよね。でもショウにはまだこれは早いから、そのご飯ね。」
この蓋を開けたらどんな顔をするかしら。きっと驚いて、食べさせろって主張するんでしょうね。
あら? 反応がない? だけどしっかりおにぎりは確認したわよね。どういうことかしら。まさか、この国民食とも言えるおにぎりを嫌いとか?
あ、突然泣き始めたわ。きっと感動してるんじゃないかしら。
「どうしたのよ。涙なんか流して。そんなに食べたかったの? このおにぎり。」
何の返事もなく、声をかみ殺して涙を流し続ける。ちょっと、反応がおかしいわ。
どこかで何かを間違えてる? 何を? ここで判断を間違えたらショウを失う?
マーシェリンがショウを覗き込む。
「ショウ様、どうされました。どこか痛いところでも、」
マーシェリンの胸に抱かれて、ショウの嗚咽が聞こえてくる。こんな時はマーシェリンがありがたい。私は養母のはずだけど、ショウは私の胸であんな風に泣くことはないでしょうね。
「ショウ様、大丈夫です。もう何も怖いことはありません。ずっと私がおそばについています。
アドリア―ヌ様、申し訳ありません。ショウ様が落ち着くまで二人で離れます。」
「ええ、その方がいいわね。マーシェリン、お願いするわ。」
少し離れたところに移動してショウをあやしてるマーシェリン。出産経験もないのにお母さんの経験値だけが上がってるわね。
「あたしもショウのとこ、行ってこようかな。」
「マーシェリンにまかせておきましょう。アシル様はこちらでお食事をいかがですか。」
「うん、ありがと。いただきまーす。」
護衛達も心配そうな顔をショウとマーシェリンに向けている。
「アドリア―ヌ様、ショウ様は一体どうされたのでしょう。」
「分からないわ。落ち着いたら聞こうと思うんだけど、あの子は話してくれるかしら。皆さん、先に食事を頂きましょう。」
きっかけは多分、このおにぎりよね。大好きで食べたかったという反応とは全く違ってたわよね。
私はおにぎりが懐かしくて食べたくて、お米を探し回ったわ。そのお米を炊いておにぎりを握った時は感動の涙に打ち震えたものよ。
でも、懐かしがる人ばかりじゃないって事でしょうけど、あの反応は極端すぎるわ。おにぎりに関してのトラウマになるようなことでもあったのかしら。おにぎりが喉に詰まったとか? そんなわけ無いか。
突然、ショウの『ラフター』・・・ でしたっけ? 塵になって崩れ去った。魔力供給が止まったみたい。きっと泣き疲れて寝入ってしまったのね。寝入るまでこんな大きなものに魔力供給を続けてたって事が驚きだけど。
「お休みになりました。」
「ありがとう、お疲れ様、マーシェリン。食事をどうぞ。」
「はい、ありがとうございます。城へお帰りになる時にショウ様をお願い出来ますでしょうか。私のペガサスでは風を受けてしまいます。」
「ええ、マーシェリンも一緒にね。」
「いえ、そんな恐れ多い事は。私はペガサスで帰りますので。」
「こちらの皆も乗ってきてるんだから、構わないわよ。」
「いえ、でも、」
護衛騎士が領主の従魔で運んでもらうことに抵抗があるみたいね。
「マーシェリンはショウの『ラフター』に乗ってたじゃない。」
「そ、そうですね。ではお言葉に甘えます。」
城に帰り着いてもショウは目を覚まさなかった。ずっとショウを抱いたままのマーシェリンに、後でショウの部屋に行くと伝えておいた。
その前に子供部屋ね。午前中も行ってたんだけど、たまには子供達の勉学を見ておかないとね。
子供部屋に入れば、アルテミスが走ってくる。
「おかあさま、ショウにあってきましたか。」
「ええ、合ってきましたよ。」
「わたくしもショウにあいたいです。えほんをよんであげたいです。ショウはここでおべんきょうはしないのですか。」
ショウをここで勉強させたらまずいわよね。でもアルテミスにも会わせてあげたいんだけど・・・・・ もういっそ、ショウは普通にしゃべれます。って宣言しましょうか。
難しい問題だわ。悩むわね。
「ショウがここでお勉強するのは、まだ早いと思うのよ。もう少し大きくなってからね。」
近くの本棚の前にいた男の子が、振り返って話しかけてきた。
「そんなことはありませんよ。突然失礼を致しました。アドリア―ヌ様。バーミリオン・ギリストスと申します。」
「あら、イブリーナの弟のバーミリオンね。」
「はい、姉がお世話になっております。以前ショウ様と一度会話をさせて頂いたのですが、とても聡明な方であると感じました。知識も考え方も学問を習熟された大人の方達のようでした。」
あの子はー、あちこちでペラペラしゃべってるのかしら。秘密にしておきなさいって言ったのにー。
「おかあさま、ショウのことはわたしたちのひみつだったのでは?」
「え? 秘密だったのですか? 話しかけてしまった私は咎められるのでしょうか。」 「秘密のつもりでしたけど、そのことで罰はありませんよ。この後秘密にしてもらえるならね。」
「・・・・・も、申し訳ありません。私の親しい友人には話してしまいました。彼らもショウ様と会話をしたいと、申しております。」
もう人から人へとかなり多くの人に広まっているわね。神の眷属にもなり得る魔力量なんだから、多少の危険があっても本人がはねのけられるでしょう。私一人で悩んでるのも馬鹿らしいわ。こうなったらカミングアウトねっ!!
「分かりました。ショウのことは私から皆さんに説明しましょう。」
子供達は座学の合間の休憩のようで、机に向かっている子は少なく、思い思いに本棚の本を取り出していたり会話をしたりしている。
「皆さん、休憩時間のようですが、席について下さい。お知らせがあります。」
皆が注目して即座に席に向かう。いい子達ばかりだわ。
「皆さんの中で知っている方々もいるようですが、今からお知らせするのは私の息子のショウの事です。ここへも何度か連れてこられているので知らない子はいないと思いますが、まだ一歳になる前の赤ちゃんです。でも、普通の赤ちゃんではありません。大人の方達と同じような考え方をし大人並みにしゃべります。」
子供達がざわつき始める。知っている子と知らない子の反応が分かれているみたい。知らない子が隣の子に話しかけてるみたいね。
「そのことは秘密にしていたのですが、知っている人が増えてきて、これ以上秘密を保つことが出来ないと判断しました。普通にしゃべれるのにしゃべらせないと言うのも、ショウに気疲れを与えてしまうと思います。これからは普通に話しかけてあげて下さい。」
部屋の中が静まりかえった中で、年長らしい女の子が声を発する。
「アドリア―ヌ様、お伺いしてもよろしいでしょうか。」
「どうぞ、他の方々も質問があれば伺います。話してもよいことには答えますが、あなた方には話せないこともあります。」
「大人の方と同じとおっしゃっていましたが、私達よりも優秀なのでしょうか。」
「そのように考えて下さい。」
「待って下さいっ。私達はそんな優秀な子に何を教えればいいのですか。」
あら、子供達からじゃなくて、教師達からの質問ね。
「ショウは赤ちゃんです。人と接する機会がほとんどない中、知識だけが大人並みになっています。そのおかげで、言葉遣いが悪いのです。会話をする機会があったら言葉遣いを指導してあげて下さい。他に質問はありますか?」
「あの、何故秘密にされていたのでしょう。」
「ショウの優秀さが理由です。悪意ある者がその優秀な人材を欲した時、誘拐を企む輩が出てきたりするかもしれません。そのような危険から遠ざけておきたかったのです。」
「それでは、もう危険はないのですか。」
「護衛騎士達が守っていますし、危険に遭遇したとしてもそれをはねのける力を持ち合わせています。」
またざわついてる。今のは言わない方が良かったかしら。
「私は騎士様に剣術の指導を受けています。私が斬りかかっても返り討ちにあうのでしょうか。」
「それはやめておいた方がいいですね。返り討ちにあうかどうかではなく、笑顔の赤ちゃんにあなたは斬りかかる事ができるか、ですよ。もしできるとしたら、あなたは心が病んでますよ。」
「あ、申し訳ありません。できません。」
「アドリア―ヌ様のお子様なのに、黒髪黒瞳なのは何故でしょう。」
「ショウは養子として私が育てています。血の繋がりはありません。」
「珍しい色なのですが、どちらのお子様なのでしょうか。」
「秘密です。」
秘密に触れてしまったということで、その場の空気が突然冷え込んだように、シンと静まりかえった。これは退出の絶好の機会ね。さっさと退出しましょう。
「まだ聞きたい事はあるかもしれませんが、今日はここまでとします。」
扉に向かって歩き始めた私を追ってきたのは、ウルカヌス。
「お母様、待って下さい。他の方々が話してたのを聞いていて、冗談だと思っていたのですが、本当なのですか。」
「ええ、本当ですよ。ウルカヌス、あなたも普通にショウに話しかけてあげてね。」
嬉しそうな顔じゃないわね。なんだか奥歯を噛みしめたような悔しそうな表情だわ。
「ショウが・・・・・ 次期領主なのですか。」
後ろからエリーに見守られたアルテミスがヨチヨチと歩いてくる。まだ距離があるから今のウルカヌスの言葉は聞こえていないわね。
「エリー、アルテミスをお願い。ウルカヌスと二人だけで話したいの。」
アルテミスはエリーに抱えられて来た方へ戻されていく。ウルカヌスの手を取り部屋の隅へ。しゃがみ込んでウルカヌスの顔を真正面から見つめる。こういうときは立った状態で上からしゃべっては駄目よね、目線をそろえないと気持ちが伝わらないわ。
「ウルカヌス、ショウを次期領主にするつもりはないわ。本人も嫌がるでしょうしね。ウルカヌスの補佐をしてこのテルヴェリカ領を守って欲しいとも思ったんだけど、それを強要すれば逃げ出すのが目に見えているわ。」
「では、私が次期」
「いえ、領主の子供だからといって何の努力もしない人間は、私が次期領主と認めません。私だけに認めさせるのではなく、貴族達や民衆達に領主として認められるように努力して下さい。」
「私は今まで努力してきました。でもこれからも、もっともっっと努力します。」
「ええ、その努力はいつも見てますよ。頑張って下さい。でも気を抜くことも必要ですからね。気の抜き方はショウに聞くといいかもしれないわ。兄弟同士でじっくり話し合ってみるのもいいかもしれないわね。その時はアルテミスも入れてあげてね。」
「はい、ありがとうございます。お母様。」
ふー、良かったわ。ウルカヌスの本心が見えて。知らずに放置してたら、兄弟間でドロドロの骨肉の争いに・・・・・ ならないわよね。きっとショウがうまいこと修正してくれそうな気がするんだけど。
次はショウの部屋へ向かっているんだけど、こっちはこっちでなんだか問題を抱えているような? 今日のお昼のあの反応、口にも出せない辛い思いを抱えているんでしょうね。簡単には話してくれないかな。




