54.【空間】
身動きもとれないような酷い筋肉痛になって、這ってる時と歩く時は使う筋肉が違うんだと学習をした。
それほど鍛えられていなかっただけかもしれないけど、歩く筋肉を鍛えるのだっ!! という強い意志で、毎日城内を歩き回った。動けなくなるまで歩いては、マーシェリンやグレーメリーザに抱かれてベッドに運ばれた。ベッドの上では魔力カプセルで回復だ。
1週間もしたら、随分と歩ける距離がのびてきた。普通に考えて1週間そこそこで、そこまでの体力向上などあり得ない、と思うが、そこは、魔力カプセルすっげーっ!! ってことかな? 酸素カプセルもこのくらい効果あったのかなぁ。酸素カプセルが設置されてる所を横目に見ながら、あんなものに自分の肉体の管理をまかせるのは、なんか違う、という拒否感から、一切使用したことは無かった。単なる食わず嫌いなんだけどね。自分の食指が動かなければ見向きもしなかった。でも今なら思うよ。一度くらい経験しておけばよかったなぁ。
王宮から戻って、歩いて体力向上に努めたり、マーシェリンと魔獣狩りに行ったり・・・・・ ついでにアシルが付いてきたけど、デブリコンを見てびっくりしてたね。アシルの前では初めての変身だったからね。
アシルももっと大きくなりたいって言ってたけど、魔力カプセルで大きくなったアシルはいつの間にか元のサイズに戻ってたから、大きくなってもすぐ戻っちゃうんだよね。体内に吸収された俺の魔力は消費されてしまうんじゃないかな。
随分と日数が過ぎた。天空の魔法円や王宮図書館で消費した魔力量は、だいぶ回復してきているようだ。そろそろ大きな魔力消費をしても大丈夫かな。
そして、深夜・・・・・ 俺が起きるとアシルがすぐそばにいるんだよね。どうしよう。アシルは付いて行くって言うんだろうね。
「俺は出掛けるけど、アシルはどうする?」
「当然、行くに決まってるじゃ無い。」
「アシルにはあまりいい思い出の場所じゃ無いよ。」
「まさか、あの書庫へ行くって言うの?」
「あそこで試してみたいことがあるんだ。」
うーん、と考え込むアシル。
「無理に付いてこなくていよ。一人でも大丈夫だし。」
「行くっ。ショウに付いてく。でも書庫に置き去りにしないよね。」
「しないけど、心配ならお留守番だ。他の誰かに言わないようにね。」
「行くよ。心配なんかしてないよ。」
ずーっと閉じ込められていた所だけど、行きたいらしい。俺が何をするのかが気になるんだろうね。面白い事をしに行くわけじゃ無いんだけどね。
お出掛けにあたっては、ポットの入った時間凍結袋を持っていかないとね。おなかがへっても何も口にするものが無いのは非常に困る。
転移円を展開して魔力を込める。精神体を跳ばす時に気がついた。アシルは精神生命体だ。一緒に跳んでいけるんじゃないか?
俺の精神体がアシルをつかんで、王宮図書館の地下へ跳んだらちゃんとアシルが一緒に付いてきた。そこで転移円を展開して、俺の肉体の位置とリンクさせ、魔力を込めて、転移。
「ちょっとーっ。突然何するのさっ。」
「いや、アシルって精神生命体だろ? あの移動の仕方が出来るかな、と思った。」
「出来るか出来ないかじゃないよっ。先に言ってよっ!! 準備ってもんがあるでしょっ!!」
「悪かったよ。でも、これで俺がいなくても、アシルは好きなところへ跳んでいけるんじゃないか?」
「あとでやってみるけど、でも、出来てもあたしはショウに付いていくからねっ。」
「アシルはもう自由なんだよ。俺に付いてこなくても一人でどこへでも行けるんだ。」
「ショウは一緒にいるだけでワクワクするんだよ。まだ赤ちゃんだけど、大きくなったらもっと、もーっと、いろんな世界を見せてくれるんじゃないかなって。」
「閉鎖空間に長い間閉じ込められて、そこから連れ出した俺に懐くのはどうかと思うぞ。そもそもそれは、卵から生まれたばかりのひよこが、最初に見たものを親と認識するインプリンティングというものだ。」
「違うわよっ!! あんたを親だなんて思ってないわよっ!! あたしはどんだけの年数、存在してきたと思ってるのっ!! ショウは生まれたばかりの赤ちゃんのくせにっ!!」
「はいはい。」
そんなこと思ってるんなら、俺にこだわらずに一人で好きなところへ行けばいいのに。
「ご、ごめんなさい。あたし、我が儘なこと言ってるよね。でも、ショウに付いて行きたいっていうのは、あたしの・・・・・ 本当に正直な気持ちなんだよっ!!」
「あ、ああそう、うん、いいんじゃないかな。アシルの期待に添えるように頑張るよ。」
突然の直球勝負にドギマギしちゃったよ。このちびっ娘、こんな攻撃が出来るんだ。いや、そんなことにかかずり合ってる場合じゃ無い。さっさと隠し書庫へ行こう。
ここの床の魔法円を他の場所で展開して魔力を通してみたけど、反応しなかった。この魔法円はこの場所でないと発動しないみたいだ。
さすが、原初の女神。原初の女神の元へ跳ぶ転移トラップも、他所では発動できないようになっている。
床の魔法円に魔力を通し隠し書庫へ転移。
「ショウは、ここで何か読みたい本でもあったの?」
「いや、本を読みたかったんじゃない。ここは俺たちが生活している世界とは別の異次元空間だと思うんだ。ここでなら誰にも気付かれずに、大きな魔力を動かせるんじゃないかと思ってね。」
「どこでやっても、おんなじじゃないの?」
「大きく魔力を動かすたびに騒ぎになるから、気を遣うんだよ。」
脳内図書館から【空間】の魔法円を呼び出して、目の前に展開する。さて、この魔法円をどうしよう。さすがに床に焼き付けたらまずいよね。何か写せるものを持ってこればよかったな。時間凍結の革袋があったけど、裏側に写せばいいか。リバーシブル革袋だね。
時間凍結の革袋をひっくり返すと、収納袋~。こっ、これは結構な便利袋じゃないか? きっとアドリア―ヌも欲しがるぞ。余裕があったら、護衛達みんなの分も作ってあげよう。
革袋からポットを取り出して革紐を抜いてしまえば、元の一枚革にもどる。時間凍結の魔法円を裏にして何も無い面を上にして、ここに【空間】を『焼き付ける』。
ゴオォッ とでも音がしたような感じ、いや、全く音など出ていないが、それほどの勢いで俺の魔力が魔法円に向かって吸い出されていく。一瞬にして革が粉々にちぎれ吹き飛ぶが、魔力を吸い出す威力は全く衰えない。
どういうことだっ。何か手順を間違えたか? 魔法円を焼き付けただけだ。発動させた訳じゃない。勝手に発動して魔力を吸い上げられてる? しかも、革がちぎれ飛んだおかげで、時間凍結の魔法円と絡み合ってしまった? 何を間違えた?
まだ今のところは考えるくらいの余裕は残っている。原初の女神が組み上げた魔法円、天地創造の魔法円であると思われる【世界の運営】、そこに組み込まれた【空間】の魔法円。次元の狭間に空間を創る魔法円だ。空間だけがあれば便利に収納空間として使えると、甘っちょろい考えで手を出したのが間違いかっ。【世界の運営】ほど様々な魔法が絡み合ってる訳ではなかったから、甘く考えてしまった・・・・・・・ ん?・・・・・ サイズ?・・・ サイズの指定しなかった・・・・・ 【世界の運営】に使われてる【空間】と同じサイズだとしたら、直径2,000km 上空は10,000m 地下はどのくらいあるんだろう、1,000mぐらいか? もしかして今、俺が作ってる空間がそのサイズなのかっ。そんな巨大な空間を維持するための魔力量ってどんだけっ!! 維持できなかったら、この異次元空間は廃棄処分だな。
止まることなく強制的に吸い上げられる魔力。止めようにも止まらない。このままでは圧縮してため込んでいる魔力だけでは足らなくなるだろう。俺の魔石の魔力発生量をMaxまで上げて、魔法円に流し込む。
突然の大きな魔力の動きに、あわてて離れたところに避難して、驚いた顔でこちらを伺っているアシル。心配そうな顔にも見えるけど、アシルには何も出来ることは無いだろう。へたに近づかれて、この魔力の流れに飲み込まれたら、アシルは消えちゃうんじゃないか?アシルを巻き込まなくてよかった。
突然、魔力吸引が止まった。止まる時はあっけないものだった。今までは大量の魔力消費の後、ほとんどが意識を失っていたけど、今回はそこまでではなかったようだ。いや、結構危なかったんだけどね。今の自分の体調を考えると、とんでもなく消耗しているようだ。疲れた。これで、自分の部屋まで帰れる魔力量は残っているのか。すでに動く気力もない。大の字にひっくり返った状態だ。ちょっとだけ寝ようかな。目をつぶればすぐにでも深い眠りに落ちそうだ。
「アシル、少し寝るから一刻ぐらいしたら起こして・・・・・ 」
「ちょっとー、ショウ・・・・・」
アシルが何か言ってる・・・・・ 意識が薄れて・・・・・・・
「・・・・・ショウっ、ショウったら、もう起きてよ。」
揺り動かされてる。そうだ、寝てしまったんだ。疲労感はまだ抜けていないが、だいぶ回復しているようだ。どのくらい寝ていたんだろう。
「ああ、アシル。もう一刻ぐらい経った?」
「お日様も見えないのに、分かんないわよ。でもあたしの勘では一刻ぐらいね。」
「そうか、日が昇る前に帰ろう。」
最初に来た時と同じように、アシルを魔力に包み込み俺の体内に納め、王宮図書館の地下に転移。そこでアシルを解放して、王宮図書館から自室へ転移。
夜が明けている。でもまだ、マーシェリンが俺の部屋を確認には来ていないようだ。俺の不在を知られなくて助かった。
まだ、体は疲れ切ったままだ。もう一度寝よう。でも腹減ったな。ポットは・・・・・? 忘れてきた。そうだ、書庫で革袋から出して放置したままだ。しょうがない。また後で取りに行こう。今は、体力、魔力回復だ。
「アシル、また寝るけど、出掛けていたことは内緒だよ。お休み。」
「うん、お休み。」




